悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

03流れた月日

公開日時: 2021年9月1日(水) 21:05
文字数:2,038

 夏休みとはいいものだ。

多少の夜更かしと、朝寝坊が許容される。それだけで自由を感じられるのだから。

けれどその日は、学園に向かう日と変わらぬ時間に起こされた。



「お嬢様、お時間にございます」


「あら……? エイダ、今日は早いじゃないの……。

 もう少し寝かせて欲しいのだけど……」


「お忘れですか? 本日はオズナ王子の、帰国の日でございますよ。

 準備もございますので、ご起床ください」


「あぁ……。完全に忘れてましたわ……。

 はぁ……。欠席するというわけには……」



 ちらりと見たエイダは、困った表情をしながら、小さなため息を漏らした。

ま、そりゃそうよね。相手は王子だし、なにより今は許嫁だ。

そんな相手の帰国に際し、出迎えに行かないなど、許すはずがない。主に母が。



「うっかりしていましたわ。

 それでしたら、もっと早くに床についたというのに……」


「ご就寝前に、わたくしは本日の予定をお伝えしたはずですが……」


「熱中してたもの、頭から抜け落ちてしまっていましたの」


「左様にございますか」



 頑として根を張るように重い身体を起こし、鏡の前の椅子へと腰掛ける。

うつらうつらとしていれば、いつの間にやら髪はとかれ、ぼんやりとした頭で立ち上がれば、薄く肌触りのよい、白の服を着せられた。

夏の日差しの下へと赴くのだから、暑さでやられないようにとの選択だろう。


 身なりを整え終えれば、朝食へと向かう。

長い螺旋階段を降り、長い廊下を歩くのは、毎日のことで慣れてきたとはいえ、軽い運動だとつくづく思う。

それだけ離れているからこそ、螺旋階段の真ん中に鎮座する柱の中身と、地下の空間を好き勝手しても気付かれていないのだけどね。


 広間に続く扉を開ければ、すでに父と母は席に着いて待っていた。



「おはようございます。お母様、お父様」


「おはよう。よく眠れたかい?」


「遅いですよ。待たせるとは何事ですか」



 ほがらかな笑顔の父と、ご機嫌ななめに見える母。つまり、いつも通りだ。

父はいつだって私に甘いし、母はいつだって厳しい。

それは、この家の力関係を如実に表していると言える。


 現国王の妹である母の方が、この家の発展を第一に考えているので、いつでも厳しいのだ。

対する父は、元々下級貴族であるが、仕事ぶりを買われて出世した官僚である。

そんな父にとっては、家の発展などさほど興味なく、仕事も家庭も、そこそこそれなりにうまく回ってくれれば、それでいいというスタンスなのだ。


 よって今日は、王子を迎えるというコネ作りの指導に当たるのは、当然ながら母だ。

それもあって、いつも通りながらも少し気が立っているかもしれない。

少しばかり、ご機嫌取りも必要だろう。



「お待たせして申し訳ありません」


「まあまあ、いいじゃないか。いつもより少し早起きだったのだから、起きにくかったのだろう?」


「そうやって甘やかすべきではありません。なにより、今日はオズナ王子の帰国の日です。

 相手方を待たせるような、気の緩んだ状態は、ラマウィ家の評判に関わります」


「申し訳ありません。王子と久しぶりにお会いできるかと思うと、少々眠れませんでした」


「ははは、10年ぶりになるのだからな。楽しみにしても仕方ないだろう」


「だからといって、子犬のようにはしゃいだりしないように。

 王子もあの頃のように、もう子どもではありません。

 当然こちらも、レディーとしての嗜みをですね……」


「っと、そう長く話していると、それこそ時間が来てしまうよ?

 手早く朝食を済ませ、王宮へと向かった方が良いのではないかな?」


「まったく……。座りなさい。朝食にいたしましょう」



 くどくどと長いお説教のようなお小言は、父の言葉によって切り上げられた。

いつも通りのパターン化した会話であり、やり手官僚の父らしい、機転の効いたお小言回避術だ。


 もしくは、このようにうまい身の振り方ができる父だからこそ、お小言マシーンの母ともそれなりにうまくやれているのかもしれない。

二人の相性など考えない政略結婚のはずが、意外と噛み合ってしまった、稀有な例だろう。


 そのような考えは口にするはずもなく、席へと座れば朝食が運ばれてくる。

執事によって銀色のドームが取り払らわれると、中には鳥の巣のような飴細工が施され、小さく丸い卵を模したオムレツが姿を表す。

共にミニトマトやリーフレタスも添えられいろどりもよく、まさに今ひなが生まれそうなほどの、活きいきとした盛り付けがなされていた。



「まあ、きれいね」


「うむ、シェフたちにはいつも感心させられるな。

 そういえば、彼らはちょうど王子が出国されてすぐくらいにやって来たのだったな。

 となれば彼らももう、10年ほどとなるのか。いやはや、時がたつのは早いものだ」



 少々気難しい母とは違い、父はそのように笑いながら食事を続ける。

王子が留学して10年。その月日は、あらゆることを変えてしまうには十分な時間だった。

きっと、王子は今でも昔と変わらないだろう。けれど、彼の記憶にある私と今の私……。

その二人は、おそらく似ても似つかわしくないだろう。

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