はしごを降り、たどり着いた先、そこは洞窟のようで、地下室というには粗末な場所だった。
「とりあえず通路を繋げるのに精一杯で、今はこれだけしかできていないでござる」
「一日仕事なら、十分な出来じゃないかしら?」
「秘密基地は、ちょっとづつ作り上げていくのが面白いでござるからな。
希望があれば、お好みの部屋を作るでござるよ」
「別に希望はないわ。例の部屋があればね」
「部屋はまだないので、今日のところはここでやるでござるよ」
そう言いながら、彼は壁に手を触れる。
その瞬間、ゴツゴツとした岩が剥き出しだった壁は、整然と並ぶ石レンガの壁へと変わる。
壁には、丸い的となる円が描かれていた。
「悪役令嬢をしてもらおうお礼は、射撃場でござったな。
さて、どの程度の距離を取るのがいいか……」
「弓なら20メートルほどかしら?
私はあまり力が強くないから、飛距離が短いのよ」
「ふむ……。しかし、用意するのは弓ではないでござるよ」
「あら? またあのオモチャですの?」
「いやいや、もっと面白いものでござる」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、彼は道中に置いてあったカバンの元へと駆ける。
そして、私の元へと持ってきて、その中身を差し出した。
それは黒い筒が、L字型になったようなものだった。
「なにかしら?」
「試しにやってみるでござる」
L字の筒の短い方を握り、彼は的へと向けた。
そして角の部分にある引き金を引くと、パンっという耳をつく音が発せられる。
「びっ……、びっくりするじゃありませんの!!」
「おっと、これは失礼致した。しかし、これはモデルガン。
ホンモノは、もっとすごい音がするでござるよ?」
「何かよくわからないけれど、そんなものを使わせようというの!?」
「まま、そう言わずこれを見てほしいでござる」
そう言って、壁の方へと私を招き入れる。
近づき、指さされた先を見れば、青い塗料のようなものが、そこには付着していた。
「これはなんですの?」
「弾をカラー弾にしておいたでござる。これで、着弾地点がわかるんでござるよ」
「へぇ……。ええと、的の中心からは、随分と離れているようですけれど……」
「拙者、ノーコンでござるがゆえ……」
ぽりぽりと頬をかきながら、少し恥ずかしげに言う。
ノーコンとう言葉の意味はわからないけれど、下手なのは分かった。
そういえば学園での的当ても、的に当てられずにいたわね……。
「それにしても、弦を弾くことなく矢を放てるのね」
「これは銃と言って、弓とは違う原理で弾を飛ばす武器にござる。
といっても、今はまだホンモノではなく、モデルガンしか創っていないでござるがな」
「へぇ……。これも元いた世界のものなの?」
「そうでござる。そしてこれは、弦を引かなくていいものにござる。
それゆえ、力がなくても十分な飛距離と、威力が期待できるでござる。
なにせ必中のスキルは、当てるしかできないのだから、その分威力を道具でサポートするわけですぞ」
「なるほどね。確かに、弓の稽古の時は、毎日腕が痛くて大変でしたの。
これなら、疲れることなく撃ち続けることができるんですのね?」
返答は、コクコクといううなずきだけだった。
場所の提供だけでなく、道具の提供までするなんて、なかなか気の利いた人ね。
これは交換条件である悪役令嬢というものを、ちゃんと演じなければならないわね。
しかし、それはそれとしてひとつ気になることがあった。
「ところで、どうしてこんな武器を造ったのかしら?
私へのサービスにしては、少々気が利きすぎていると思うのだけど?」
「拙者、元々こういうのが好きなんでござるよ。
それが高じて、自衛隊……。こちらでいう軍隊に志願するほどに。
まあ、志半ばで諦めざるをえなくなり申したがな。
なぜ、そんなことを聞くでござる?」
「いえ、好きだからというなら、それでいいのよ。
ただ、ちょっと心配になっただけ。
もしこんなものが悪用されたならなんて、考えすぎだったようね」
「…………」
私の言葉に、彼は黙り込んだ。
そして、逃げるように目をそらし、その視線は地面へと吸い込まれる。
「それが……、その……」
「何かあるのね」
「必要ならば、この武器を人に対して使うつもりにござる」
「人に対して……、ねぇ……」
彼は明確に、これは武器だと言った。
つまり、弓と同じく人に対して使うとは、命を奪うということだ。
けれど、だからといって頭ごなしに否定するつもりはない。
普通の平民であるなら、咎めた上で牢獄に送ってもいいのかもしれないけれど、彼は違うのだから。
「まさかとは思うけど、あなたの知る未来では、戦争でも起こるのかしら?」
「そうではなく……。この国の未来のために……」
「この国の未来のため? 詳しく聞かせてもらえますわよね?」
「…………」
その先、彼から聞かされた話は、ただの公爵令嬢であれば決して知ることのなかった現実。
平民の財産も、人生も、命も……。それら全てをモノとして扱い、自身の所有物であるように振る舞う者たちの悪行。
平民にとってこの国は、檻の中同然だった。
それなのに私は何も知らず、この世界は素晴らしいものなのだと信じ切っていた。
そんな過去を、何より私の無知を、私は恥じたのだ。
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