悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

21綿菓子

公開日時: 2021年10月13日(水) 21:05
文字数:2,130

 取り出された透明な材料。

そこへ青い液を、ほんの爪の先ほどの小さな一滴垂らし、ゆるく混ぜる。

すると透明だった材料は、まだらな薄青色へと変化した。



「あら、今度のはハサミを使わないのかしら?」


「いろんなやり方があるんでな。まあ、楽しみにしてくれよ」



 声をかけられても平然と答えながら、男は作業の手を止めない。

慣れた手つきで材料を小さく切り分け、そして指で平らに均す。

小さな、小さな平たいかけらを作りあげ、そしてやっと先ほどの白鳥と同じように、持ち手になる棒を取り出した。



「エイダ、火を頼む」


「はい」



 店主の隣で立っていた少女は、その言葉に小さな火球を浮かべた。

その熱に当てるよう材料を近付け、ゆるく溶かしてから棒へと小さな球になるよう整え取り付ける。


 その後も時折火球を当てながら、その玉状の芯へと、先ほど作った青いかけらを貼り付けてゆく。

ただの破片だったそれらは、組み上がってゆき、完成系へと徐々にその姿を変えていった。

キラキラと光りながら、その姿を変えてゆく透き通る青い姿は、完成に至らなくとも目を奪われるに十分な美しさだった。



「そろそろ何ができるかわかったかな?」


「ええ。お花かしら?」


「正解。花びらの最後の一枚を付けて、完成。

 はいどうぞ、青い薔薇の飴だよ」


「まあ、素敵……。私、ガラス細工を作る様子なんて、初めて見ましたわ」


「ははは。今回は練ってないから、ガラスのように見えるかもだけどね、これは飴だよ。

 置いておくと溶けるから、気を付けてね」


「これが、飴……? 丸い姿しか見たことありませんわ」


「この辺りじゃ珍しいだろうね。娘のエイダが綿菓子を作れるから、ぜひそっちもよろしく頼むよ」


「綿菓子……?」


「ああ。きっと気に入ってくれるはずさ。

 さ、お代はエイダの方へ頼むよ。次のお客さんが待っているからね」


「はい。とっても素敵な作品、ありがとうございます」



 小さくお辞儀をすれば、男は笑顔で応えてくれた。

そして隣のエイダと呼ばれた少女へお金を渡し、先ほど話に出ていた綿菓子というものがどんなものなのか聞く。

それが、今ではメイドをしているエイダとの初めての会話だった。



「あなたも、お父様のように綺麗な飴を作れますの?」


「いえ、わたしはあんなに難しいものは作れません。

 代わりに、魔法で飴を溶かすお手伝いと、綿菓子作りをしているんです」


「その綿菓子とは、いったいどのようなものかしら?」


「ええと……。説明はむずかしいのですが……」


「ではせっかくですし、おひとついただけますかしら?」


「はい。今から用意しますね」



 落ち着いた返事と共に、エイダは丸い枠と、小さな金属の筒の置かれた道具の前へと進む。

筒に砂糖を入れれば、先ほどの薔薇の飴に使ったのと同じ棒を取り出し、じっと筒を見つめだした。



「…………? いったい、何をしていますの?」


「すみません、少々集中しますので……。火加減の調整が難しいんです……」


「火加減?」



 よくわからないものの、そのまま見ていれば、真ん中に置かれてた筒がふわりと浮かび上がり、その下には小さな火球が現れた。

そして筒が回転しはじめ、だんだんその速度を上げていくとともに、周囲の丸い枠には、白いもやのようなものが現れ始めたのだ。



「まあ! 綿菓子というのは、魔法で作るものなのね!」


「…………」



 集中しているのか、エイダの反応はなかった。

そしてそのまま、棒をくるくると筒のまわりを周回させて、そのもやのようなものを拾い集めてゆく。

ぐるぐると棒を視線でおいかけ回すうちに、あっという間に、甘い香りを放つ白いふわふわは、夏の高い雲に棒を刺したような姿へと変貌を遂げた。



「お待たせしました、こちらが綿菓子です。甘くて、とってもおいしいですよ」


「ありがとう。では、さっそく一口……」



 かぷっとかじりついた瞬間、口の中でふわふわはシュワっと溶け、軽い甘さだけを残す。

初めての食感に、驚きを通り越して唖然としたのは、言うまでもないだろう。

まさか、貴族である私が食べたことがないものが存在するなど、その時の私でさえ想像だにしていなかったのだ。



「すごい……。とってもおいしいですわ! こんなの初めて食べました!」


「喜んでもらえたようで、嬉しいです」


「はあ……。私も魔法が使えれば、このようなお菓子を作ることができるのですね……」


「あっ、いえ、これは魔法でしか作れないわけではないんですけど……。

 道具を使わなくても、火と風の魔法で作ることができるので、魔法の得意な私が担当しているんです」


「そうでしたの。あっ、そうだ! ヴァイスにもおすそわけ……」



 ふとヴァイスのことを思い出し、振り返る。

けれど、視線の先の人混みの中に彼の姿はなかった。



「え、嘘……」


「どうしたんですか?」


「あの、私、お友達と来たんですけれど……。彼が、いなくなって……」


「えっ? はぐれてしまったんですか?」


「どうしましょう、私が綿菓子に夢中になっている間に……」



 突然一人になってしまったことに、不安と寂しさがこみ上げる。

このままヴァイスも、オズナ王子と同じようにずっと会えなくなってしまったら……。

そんなことを考えてしまうと、こらえようとしても涙が止まらなかった。

ぽたりと落ちた雫は、柔らかな白い綿をゆっくりと溶かし、穴をあけた。

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