取り出された透明な材料。
そこへ青い液を、ほんの爪の先ほどの小さな一滴垂らし、ゆるく混ぜる。
すると透明だった材料は、まだらな薄青色へと変化した。
「あら、今度のはハサミを使わないのかしら?」
「いろんなやり方があるんでな。まあ、楽しみにしてくれよ」
声をかけられても平然と答えながら、男は作業の手を止めない。
慣れた手つきで材料を小さく切り分け、そして指で平らに均す。
小さな、小さな平たいかけらを作りあげ、そしてやっと先ほどの白鳥と同じように、持ち手になる棒を取り出した。
「エイダ、火を頼む」
「はい」
店主の隣で立っていた少女は、その言葉に小さな火球を浮かべた。
その熱に当てるよう材料を近付け、ゆるく溶かしてから棒へと小さな球になるよう整え取り付ける。
その後も時折火球を当てながら、その玉状の芯へと、先ほど作った青いかけらを貼り付けてゆく。
ただの破片だったそれらは、組み上がってゆき、完成系へと徐々にその姿を変えていった。
キラキラと光りながら、その姿を変えてゆく透き通る青い姿は、完成に至らなくとも目を奪われるに十分な美しさだった。
「そろそろ何ができるかわかったかな?」
「ええ。お花かしら?」
「正解。花びらの最後の一枚を付けて、完成。
はいどうぞ、青い薔薇の飴だよ」
「まあ、素敵……。私、ガラス細工を作る様子なんて、初めて見ましたわ」
「ははは。今回は練ってないから、ガラスのように見えるかもだけどね、これは飴だよ。
置いておくと溶けるから、気を付けてね」
「これが、飴……? 丸い姿しか見たことありませんわ」
「この辺りじゃ珍しいだろうね。娘のエイダが綿菓子を作れるから、ぜひそっちもよろしく頼むよ」
「綿菓子……?」
「ああ。きっと気に入ってくれるはずさ。
さ、お代はエイダの方へ頼むよ。次のお客さんが待っているからね」
「はい。とっても素敵な作品、ありがとうございます」
小さくお辞儀をすれば、男は笑顔で応えてくれた。
そして隣のエイダと呼ばれた少女へお金を渡し、先ほど話に出ていた綿菓子というものがどんなものなのか聞く。
それが、今ではメイドをしているエイダとの初めての会話だった。
「あなたも、お父様のように綺麗な飴を作れますの?」
「いえ、わたしはあんなに難しいものは作れません。
代わりに、魔法で飴を溶かすお手伝いと、綿菓子作りをしているんです」
「その綿菓子とは、いったいどのようなものかしら?」
「ええと……。説明はむずかしいのですが……」
「ではせっかくですし、おひとついただけますかしら?」
「はい。今から用意しますね」
落ち着いた返事と共に、エイダは丸い枠と、小さな金属の筒の置かれた道具の前へと進む。
筒に砂糖を入れれば、先ほどの薔薇の飴に使ったのと同じ棒を取り出し、じっと筒を見つめだした。
「…………? いったい、何をしていますの?」
「すみません、少々集中しますので……。火加減の調整が難しいんです……」
「火加減?」
よくわからないものの、そのまま見ていれば、真ん中に置かれてた筒がふわりと浮かび上がり、その下には小さな火球が現れた。
そして筒が回転しはじめ、だんだんその速度を上げていくとともに、周囲の丸い枠には、白いもやのようなものが現れ始めたのだ。
「まあ! 綿菓子というのは、魔法で作るものなのね!」
「…………」
集中しているのか、エイダの反応はなかった。
そしてそのまま、棒をくるくると筒のまわりを周回させて、そのもやのようなものを拾い集めてゆく。
ぐるぐると棒を視線でおいかけ回すうちに、あっという間に、甘い香りを放つ白いふわふわは、夏の高い雲に棒を刺したような姿へと変貌を遂げた。
「お待たせしました、こちらが綿菓子です。甘くて、とってもおいしいですよ」
「ありがとう。では、さっそく一口……」
かぷっとかじりついた瞬間、口の中でふわふわはシュワっと溶け、軽い甘さだけを残す。
初めての食感に、驚きを通り越して唖然としたのは、言うまでもないだろう。
まさか、貴族である私が食べたことがないものが存在するなど、その時の私でさえ想像だにしていなかったのだ。
「すごい……。とってもおいしいですわ! こんなの初めて食べました!」
「喜んでもらえたようで、嬉しいです」
「はあ……。私も魔法が使えれば、このようなお菓子を作ることができるのですね……」
「あっ、いえ、これは魔法でしか作れないわけではないんですけど……。
道具を使わなくても、火と風の魔法で作ることができるので、魔法の得意な私が担当しているんです」
「そうでしたの。あっ、そうだ! ヴァイスにもおすそわけ……」
ふとヴァイスのことを思い出し、振り返る。
けれど、視線の先の人混みの中に彼の姿はなかった。
「え、嘘……」
「どうしたんですか?」
「あの、私、お友達と来たんですけれど……。彼が、いなくなって……」
「えっ? はぐれてしまったんですか?」
「どうしましょう、私が綿菓子に夢中になっている間に……」
突然一人になってしまったことに、不安と寂しさがこみ上げる。
このままヴァイスも、オズナ王子と同じようにずっと会えなくなってしまったら……。
そんなことを考えてしまうと、こらえようとしても涙が止まらなかった。
ぽたりと落ちた雫は、柔らかな白い綿をゆっくりと溶かし、穴をあけた。
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