悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

02迷う者

公開日時: 2021年12月15日(水) 21:05
文字数:2,085

 登校中、馬車の中での執事の小言にも似た言葉の数々を聞き流し、学園へ到着する。

腹に一物抱えた従者など、隣に連れて歩く趣味はない。そんな私の内心など、彼が知るはずもなかった。

だから馬車に閉じ込めてやったのだ。これが私にとって、一番良い選択だ。

そして王子の最期を見届けなくて済むのだから、彼にとっても一番良い選択だ。



「お嬢様、良い一日を」


「ええ、あなたもね」



 よい一日、か……。今日これから起こる事を知る私にとって、最も遠い言葉だ。

御者は小さく会釈し発車する。見送る馬車の中では、閉じ込められた執事がいまだに扉を叩く音がした。

そこへ、いつもの気配が背後に迫る。



「よー、エリーちゃん。朝からご機嫌ナナメだねぇ?」



 いつもの声、いつもの調子。けれどその声を聞いたのは、久々だった。

いったい夏休みの間、何をして……。いえ、何をしでかしたのかしらね。



「そんな相手に遠慮なく声を掛けるなんて、とばっちりを受けたいのかしら?」


「いんや、そうじゃねえさ。ただ、いつものメイドも居ないようだし? 俺がボディーガードしてやろうかなってね」



 エイダが居ないことに気付くのは当然として、この男のことだ、この機に乗じて何をしでかそうというのか……。

もしくは、エイダが夏休みを取ることになったのも、この男の差し金か……。

いえ、さすがに考えすぎね。色々なことが重なって、少し気が立っているのが自分でも分かってしまう。



「お気遣いありがとう。けれど、学園内は王宮の次に安全な場所よ」


「今のところは、そうかもしれねえな」



 今のところは、という言葉には同意見だ。今日、必ず事件は起こるもの。

けれどどうしてヴァイスがそれを知っているのか。もしくは、別の事件を起こすつもり?

まさか、王子を狙う犯人がヴァイス? いえ、ありえないわね。この男、自分の手は汚さない主義だもの。

彼に何か吹き込まれた人が、口車に乗せられて凶行に及ぶというのはありうる話だけど……。


 余計なことを考えたくないのに、全てに疑心暗鬼になってしまう。

なにを聞いても、何を見ても、全てが悪い方へ流れているように感じてしまう。

そんな思考の渦の中、ねちっこく、何かを企む声が耳に届いた。



「ん-? あれって……。お前さんの王子様じゃねえの?

 んで、隣に居るのは……。おっと、これは見てはいけないモノだったかな?」



 その先に見えた二人組の後姿は、私の良く知る人物たち。

一人は許嫁であるオズナ王子。そしてその隣には、ピンク色の髪の女。

二人が並んで歩いていた。とても仲が良さそうで、王子は笑顔で話しかけているのだ。

その様子は、平民が王子に取り入っているというよりは、逆に王子が彼女に言い寄っているようで……。



「平民が王子と同伴登校とは、いったいどんな手を使ったんだ?」


「…………」



 白々しいヴァイスの言葉に、私は答えない。なぜなら、全てを知っているから。

二人が知り合ったのは、この男の差し金。そしてそれもまた、この世界ゲームの道筋通りの展開。

その先にあるのは、セイラが身を挺して王子を守るという未来。けれどそれだけが変わるのだ。



『オズナ王子には消えてもらう』



 暗号文の内容は、それぞれの思惑が、それぞれに絡み合った結果。

その中には、当然私の思惑もまた含まれていた。これは、私が招いた結果でもあるのだ。



「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。宮廷の次に安全な場所で、暴行事件とかやめてくれよ?

 んなもん、この国の安全性が疑われかねないからな!」


「そうね。そんなことする気も、必要もないもの」


「そそ、前に言ってたもんな? 学園内での流血沙汰は許さないとかなんとか」


「…………」



 そんなことを言ったような記憶がおぼろげにある。

いえ、この男が言うのなら、この男の記憶力と、嘘をつかない性質からして、私は確実にそう言ったのだろう。



「おいおい忘れたのか? 借金取りに追われてた先輩と会った時の話だぞ?

 それとも、俺がやるのはダメでお前自身ならいいみたいな? 二枚舌かよ」


「勝手に話を進めないでいただけます?」



何の気なしに発した言葉。けれどそれを今思い出すのは、心苦しかった。

今日この日、どこかの時点で確実にそのような事態が起こることを、私は知っているのだから。



「ま、どっちにしろ好きにすりゃいいさ。お前さんの人生、お前さんの好きにすりゃいい。

 誰かの言いなりなんざ、つまんねえだろ?」


「…………。そうね、私は私の思うように、正しいと思う行動をするわ」



 そうだ、なににも縛られる必要はない。お母様の意向でさえ、身をひるがえしかわしてきた。

ならばこの世界の運命というものにもまた、抗ってみようじゃない。そう、王子が凶弾に倒れるという運命に。



「ありがとう、ふっきれたわ」


「えっ……。お前が俺に礼を言うなんて、今日は鉄の雨でも降るのか?」


「そうね、そうかもしれないわ。だからどうしたというの? 鉄の雨が降るのなら、防げばいいだけよ」


「は? おまえ、気でも狂ったのか!?」



 いつもならありえない発現に、ヴァイスは混乱している。けれど私は、それどころではない。

いつ、どのタイミングで本物の「鉄の死神」が狙ってくるかを考えなければならないのだから。

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