「いい? さっきの人を見張るのよ?」
『トリニク……、トリニク……』
『俺を見てよだれを垂らすんじゃねえ!!』
「もう! 喧嘩しないの!」
情報屋からの指令を受けた翌朝、私はさっそく動物たちを招集してみた。といっても、まだお試し段階ではあるのだけど……。
今目の前に居る動物は、ヴァイスの提案にあった連絡係の灰色の鳩と、潜入係の黒猫だ。
そして黒猫の方はさっきソーセージを食べさせて、つまり餌付けね。その上で指示を理解させたはずなのに、目の前の羽をばたつかせ威嚇する鳩が美味しそうなお肉に見えているらしい。
「まだ食べ足りないのかしら……。でも、満腹だと猫ってお昼寝始めちゃうしなぁ……」
『へへへ……。嬢ちゃん、仕事が終わったらコイツを料理してくれねぇか?』
『テメェ! そのでっぷり太った腹を俺のクチバシで引き裂いてやろうか!?』
『あん!? あっしの腹のどこがでっぷりしてんだって!?』
「喧嘩しないでよぉ……」
適当に声を掛けたのは間違いだったらしい。
パン屋のお手伝いに入る前に、早めに来て探し回ってやっと見つけた野良猫と鳩だったのだけど、どうやらこの二人、じゃなく二匹、でもなく一匹と一羽は、相当気の荒い中年のオスだったようで……。
『嬢ちゃん、あっしは交わした契りは裏切らねえ。だが、コイツとはケリ付けねぇと仕事にならんぜよ』
『空も飛べねえ、だるんだるんのだらしねえ四足動物風情がイキってんじゃねぇ!』
「もう、ホント口が悪いんだから……」
いまにも取っ組み合いを始めそうなちっちゃい頭を、ぎゅっと両手で抑えて引き離せば、バタバタと抵抗を見せている。
この裏の世界で生きていそうな言葉遣いをしている当人は、その口調とは裏腹に、人間にとってはかわいい小動物でしかないわけよ。
そんな見た目に騙されて、小さな子でさえ「にゃんにゃん! にゃんにゃんいるよ!」なんて無邪気に駆け寄ってくるわけで……。
それがこんなシブい言い回しで、動物たちの世界では幅を利かせているとは絶対思わないよね。
「ホント、口だけが不釣り合いなのよねぇ……」
『にゃぁ!? お嬢ちゃん、あっしが口だけのオトコだって言うんですかい?』
「えっ? そういう意味じゃ……」
『はっはっは! 地面を這いずるしかできねえ無能なんざ、そうにきまってんだろ!』
『あぁ!? 聞き捨てならねえな!! このまま引きさがっちゃあボス猫の名が廃る!
キッチリ仕事させてもらいますんで、よおく見といてくださいやせぇ!』
「ボス猫だったんだ……」
『へっ! どうせ口だけだろうがよ! ま、せいぜい頑張るんだな!
俺はハイハイするお前を高みの見物させてもらうぜ。文字通りの意味でな!』
「まあ、仲良くできなくても手伝ってくれるならいいか……」
小さくためいきをつきながらも、なんだかんだ成り行きでこの場をいさめられたので、ほっと一安心だ。
けれど一羽と一匹は、行動を開始することなく私を見つめ、何か言いたげだった。
「えっと、まだ何かあるの? あ、ごはんが欲しいとか?」
『そうじゃありませんぜ。ご指示の内容を、もう一度お聞かせ願えますかね?』
『ああ、俺も確認したいことがあるな』
「え? もう一回? いいけど……」
もしかして、動物たちって記憶力があまりよくないのかもと心配しつつ、言われるがままもう一度仕事内容を伝えた。
といっても、鉄の死神がどうとかいう話はしてもしかたないので、どの建物にいる、どの人を見張るかというだけの話だ。これは猫の仕事。
そしてその人がどこに居るか、もし事件があったらすぐ猫から情報を聞いて、私に伝えること。これが鳩の仕事。
これだけの仕事ではあるんだけど、やっぱり動物にさせるにはちょっと難しいのかな、なんて考えは、めちゃくちゃ失礼な話だったらしい。
「どう? できそうかな?」
『ええ、問題ありませんぜ。しかし、このトリニクに伝えるってのが問題でごぜえましょう』
「ちょっと、喧嘩はやめ……」
『そうじゃないぜ。コイツが言いたいのは、俺が他の鳩と区別つかねえってことだろ?』
『その通り。あっしら猫同士の顔は見分けられても、鳥はただの獲物でしかありやせん』
『俺もどの猫とやりあうのか分からないとなりゃ、危なっかしくてやってられねえな』
「あぁ、そっか……。ん-、それじゃあ見分けられるようにしないとね。ちょっと待っててね」
私はカノさんのパン屋へと入り、店にある水色のリボンを二本もらってくる。
すでに仕込みを終え、あとは開店を待つだけといった様子のカノさんは、いつもより早く来て何してんだと言いたげだったけど、口に出さずにいてくれていた。何してると思われてたんだろうな……。
そしてそのリボンを首輪代わりに結びつけると、妙に凛とした姿勢の猫はこちらを見つめ口を開く。
『この蒼き契りの証、一章大切にさせていただきやす』
「そ、そんな重大なものでは……」
『俺にぴったりの勲章だな! 気に入ったぜ』
「それはよかった……」
『して、目印の次にいただきたいものが』
「まだあるんだ……。今度こそごはん?」
『それは仕事を終えてからいただきやしょう。真に欲しいもの、それは名前でごぜぇます』
『あ、俺も俺も! なんかカッコイイやつな! なんたって潜入捜査を実行するスパイなんだからよ!』
「えぇ……」
『さあ、どうかお嬢の特別である証として、名を頂戴いただけましょうか』
『頼むぜ嬢ちゃんよ!』
「ああ、えっと……。うん、わかった。ちょっと考えさせて……」
ってー! ちょとまって、いきなりそんなこと言われても!!
いやでも、いつまでも猫と鳩と呼ぶわけにもいかないし、名前はあったほうがいいんだけど……。
しかもかっこいいやつ? いやいや、野良猫に名前つけてるのはいいとして、かっこいい名前っておかしいでしょ!?
そんなの人前で呼んだら、絶対周りの人から色々拗らせた人だと思われちゃうじゃん!
あーでも、こういうのはちゃんとつけてあげないとモチベーションに関わりそうだし……。
「あーっと、うーんと……」
一羽と一匹の視線が痛い! めちゃくちゃ期待してるってのが、言葉じゃなくオーラで伝わってくる!
こういうとき、どう誤魔化すか……。そう! どうとでも言い訳が効く感じにするのよ!
「そっ、それじゃあ、エージェントニャンとエージェントポッポ!」
『…………。お嬢、エージェントというのはかっこいいでしょうが……』
『ネーミングセンスェ……』
「略して、エージェントNアンド、エージェントPよ!」
『!!』
『!?』
「…………。やっぱダメ?」
見つめあう一羽と一匹。やっぱ「ニャンちゃん」「ポッポちゃん」と呼べるようにという誤魔化しは通じなかったか……。
と新たな名前を考え出したその時、二人の声がそろった。
『『めちゃくちゃいい!!』』
「いいんだ……」
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