秘密の地下室。そこへエリヌスは一仕事終え、戻ってきたところだった。
今回は前回のガスマスクに続き、新たな装備の試験も兼ねると、暗殺は昼に決行された。
それが万一の事態の時に、サポートに回れるようにとの正良の配慮であることは、エリヌスも分かっていた。
しかしそのために仮病を使い、エイダに協力させ、誰にも自室へと入らせないという工作を行うのは、少々気掛かりでもあった。
これは自身がやると決めたこと。それをエイダの負担を増やすことになるなど、彼女の潔癖なまでの真面目さでは許せなかったのだ。
そのような考えを持ちながらも、仕事のあとは道具の手入れを欠かさない。
その華奢な身体に似合わない、いかつい仕事道具の汚れを落としていれば、見知った顔が部屋へとやってくる。
「ドゥフフ……。お疲れ様でござる」
「はぁ……。いつもながら辛気臭い声ね。どこから出してるのやら」
「フヒッ! それは企業秘密でござるよ」
「別にそんな秘密が知りたいわけじゃありませんわ」
「して、パワードスーツはいかがでしたかな?」
「そうね……。違和感はあるけれど、非力な私には必須かもしれないわね。
このライフルも、背負って歩くだけでかなり疲れますもの」
「成果としては上々、ということでござるな?」
「ええ。けれど、やはり昼に仕事をするのは問題ですわね」
「おっと、早く戻らねば、屋敷の方に怪しまれますな」
「それもそうだけど、別の問題よ」
「別の問題?」
一体何があったのかと心配するような口調であるが、セイラの表情は変わらず、小さく小首をかしげるだけだった。
その様子に少々の不気味さを感じながら、エリヌスは続ける。
「前回ヴァイスに追いかけられたと言ったでしょう?
今回も、面倒な相手に追いかけられましたのよ」
「ほう……。もしや、ヴァイス殿が我らの動きに気付き、憲兵にでも通報したと?」
「いえ、それはないわ。というより、アイツが通報であっても、タダで他人に情報を渡すとは思えないもの」
「ある種の、絶対的信頼感でござるな。では一体、誰に追いかけられたというので?」
「ミー先輩よ」
「これはこれは……」
表情を作る能力が欠如した顔は、困った風なジェスチャーをしながらも、それを動かすことはない。
そんな彼をいつものように気味が悪いと感じながらも、エリヌスはその先の一手を提示されることを期待していた。
「まあ……。問題ないでござろう」
「はい? なんとおっしゃいまして?」
「別に問題にするほどでもないと」
「なにをおっしゃいますの!? 相手はあのミー先輩ですのよ!?
万一感づかれでもしたら、すぐに裏が取れてしまう相手ですのよ!?」
「捕まらなければなんとでもない。そうでござろう?
それとも、相手が気づいた素振りでも見せたでござるか?」
「それは……、分からないわ。むしろあなたの方が、関りが多いのではなくて?」
「もちろん。同じ店で働く仲間でござるからな」
「なるほど……。つまり彼女の動きに異変はないから、大丈夫だろうと」
「そういうことでござる。それよりも我らには、より重要な議題がござるよ」
「重要な議題?」
不意に雰囲気が変わり、今までの気持ち悪さがすっと消えたようにエリヌスは感じた。
その先語られる内容は、今後を左右するものであると彼女は確信する。
けれどそれは、彼女が思う方向性ではない。まだ彼女は、その重大性に気付いていないのだ。
「ご令嬢。オズナ王子のこと、どう思ってるでござるか」
「…………。真剣な素振りで聞く話がそれですの?」
「大事な、大事な話でござるよ」
「はぁ……。エイダにも聞かれましたわ」
「そうでござったか。彼女にも、大いに関わることでありますから、当然かと。
して、どのようにお考えなのでしょう?」
「どのようにもなにも、なんとも思っていませんの。
許嫁だ、将来の夫だと周りは言いますけれど、何も思わないんですのよ」
「恋心やらではなくとも、独占欲というのもないのでござるか?」
「ないわ。まったく、これっぽっちも」
「…………。これは、困ったことになりましたな……」
がっくりと視線を下げ、彼はうなだれながらそう言う。
その意味をエリヌスは理解できず、エイダ含め二人は何を自身に期待しているのかと、小首をかしげた。
だが彼もまた、今の質問の意味を直接彼女に聞かせるわけにはいかなかったのだ。
「エイダもですけれど、いったい二人とも何を心配してらっしゃるのかしら?」
「…………。これ以上余計なことを言って、ゲームのストーリーから外れるわけにはいかないのでござるよ。
よって、何も答えられないでござる。ただ……」
「ただ、なんですの?」
「最終手段を取る場合もあるゆえ、覚悟していてほしいでござる」
「最終手段? 覚悟? なによそれ」
「それは、その時になれば伝えるつもりでござる。ただ、できれば回避したいゆえ……。
ご令嬢には、本来の悪役令嬢に徹していただけると、大変助かるとだけ言っておくでござる」
「意味が分からないわ……」
彼の言葉の意味、それはもっと悪役令嬢としてセイラに立ちはだかれということだ。
そして同時に、もっと必死にオズナ王子との関係を深めろということ。
けれどエリヌスにその真意は伝わりつつも、彼女にはその結果がどこへ繋がるかが見えず、ただただ困惑するだけだった。
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