悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

13久々の仕事

公開日時: 2021年12月10日(金) 21:05
文字数:2,130

 秘密の地下室。そこへエリヌスは一仕事終え、戻ってきたところだった。

今回は前回のガスマスクに続き、新たな装備の試験も兼ねると、暗殺は昼に決行された。


 それが万一の事態の時に、サポートに回れるようにとの正良の配慮であることは、エリヌスも分かっていた。

しかしそのために仮病を使い、エイダに協力させ、誰にも自室へと入らせないという工作を行うのは、少々気掛かりでもあった。

これは自身がやると決めたこと。それをエイダの負担を増やすことになるなど、彼女の潔癖なまでの真面目さでは許せなかったのだ。


そのような考えを持ちながらも、仕事のあとは道具の手入れを欠かさない。

その華奢な身体に似合わない、いかつい仕事道具の汚れを落としていれば、見知った顔が部屋へとやってくる。



「ドゥフフ……。お疲れ様でござる」


「はぁ……。いつもながら辛気臭い声ね。どこから出してるのやら」


「フヒッ! それは企業秘密でござるよ」


「別にそんな秘密が知りたいわけじゃありませんわ」


「して、パワードスーツはいかがでしたかな?」


「そうね……。違和感はあるけれど、非力な私には必須かもしれないわね。

 このライフルも、背負って歩くだけでかなり疲れますもの」


「成果としては上々、ということでござるな?」


「ええ。けれど、やはり昼に仕事をするのは問題ですわね」


「おっと、早く戻らねば、屋敷の方に怪しまれますな」


「それもそうだけど、別の問題よ」


「別の問題?」



 一体何があったのかと心配するような口調であるが、セイラの表情は変わらず、小さく小首をかしげるだけだった。

その様子に少々の不気味さを感じながら、エリヌスは続ける。



「前回ヴァイスに追いかけられたと言ったでしょう?

 今回も、面倒な相手に追いかけられましたのよ」


「ほう……。もしや、ヴァイス殿が我らの動きに気付き、憲兵にでも通報したと?」


「いえ、それはないわ。というより、アイツが通報であっても、タダで他人に情報を渡すとは思えないもの」


「ある種の、絶対的信頼感でござるな。では一体、誰に追いかけられたというので?」


「ミー先輩よ」


「これはこれは……」



 表情を作る能力が欠如した顔は、困った風なジェスチャーをしながらも、それを動かすことはない。

そんな彼をいつものように気味が悪いと感じながらも、エリヌスはその先の一手を提示されることを期待していた。



「まあ……。問題ないでござろう」


「はい? なんとおっしゃいまして?」


「別に問題にするほどでもないと」


「なにをおっしゃいますの!? 相手はあのミー先輩ですのよ!?

 万一感づかれでもしたら、すぐに裏が取れてしまう相手ですのよ!?」


「捕まらなければなんとでもない。そうでござろう?

 それとも、相手が気づいた素振りでも見せたでござるか?」


「それは……、分からないわ。むしろあなたの方が、関りが多いのではなくて?」


「もちろん。同じ店で働く仲間でござるからな」


「なるほど……。つまり彼女の動きに異変はないから、大丈夫だろうと」


「そういうことでござる。それよりも我らには、より重要な議題がござるよ」


「重要な議題?」



 不意に雰囲気が変わり、今までの気持ち悪さがすっと消えたようにエリヌスは感じた。

その先語られる内容は、今後を左右するものであると彼女は確信する。

けれどそれは、彼女が思う方向性ではない。まだ彼女は、その重大性に気付いていないのだ。



「ご令嬢。オズナ王子のこと、どう思ってるでござるか」


「…………。真剣な素振りで聞く話がそれですの?」


「大事な、大事な話でござるよ」


「はぁ……。エイダにも聞かれましたわ」


「そうでござったか。彼女にも、大いに関わることでありますから、当然かと。

 して、どのようにお考えなのでしょう?」


「どのようにもなにも、なんとも思っていませんの。

 許嫁だ、将来の夫だと周りは言いますけれど、何も思わないんですのよ」


「恋心やらではなくとも、独占欲というのもないのでござるか?」


「ないわ。まったく、これっぽっちも」


「…………。これは、困ったことになりましたな……」



 がっくりと視線を下げ、彼はうなだれながらそう言う。

その意味をエリヌスは理解できず、エイダ含め二人は何を自身に期待しているのかと、小首をかしげた。

だが彼もまた、今の質問の意味を直接彼女に聞かせるわけにはいかなかったのだ。



「エイダもですけれど、いったい二人とも何を心配してらっしゃるのかしら?」


「…………。これ以上余計なことを言って、ゲームのストーリーから外れるわけにはいかないのでござるよ。

 よって、何も答えられないでござる。ただ……」


「ただ、なんですの?」


「最終手段を取る場合もあるゆえ、覚悟していてほしいでござる」


「最終手段? 覚悟? なによそれ」


「それは、その時になれば伝えるつもりでござる。ただ、できれば回避したいゆえ……。

 ご令嬢には、本来の悪役令嬢に徹していただけると、大変助かるとだけ言っておくでござる」


「意味が分からないわ……」



 彼の言葉の意味、それはもっと悪役令嬢としてセイラに立ちはだかれということだ。

そして同時に、もっと必死にオズナ王子との関係を深めろということ。

けれどエリヌスにその真意は伝わりつつも、彼女にはその結果がどこへ繋がるかが見えず、ただただ困惑するだけだった。

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