悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

12ボス猫

公開日時: 2022年4月8日(金) 21:05
文字数:2,247



「目的は被害者を出すことじゃない、かぁ……」



 自身の目的のためには、危険に晒されていると分かっている相手を見捨てる。

ヴァイスがそういうヤツだとは分かっていたけど、面と向かって言われれば、頭にカッと血が上らないわけがない。

一発殴ってやろうかと思ったけれど、私の手にはいまだに腰を抜かしたエージェントNが居たおかげで、無駄に拳を痛めつけることをせずに済んだのは、ある意味幸いか。

まあその分、蹴ってやろうとしたんだけどね。もちろん、あのヴァイスに一撃入れるなんてことは不可能だったわ。

あの気配を消すどころか、存在そのものを消してるとしか思えないスキル、反則よ……。



『お嬢、何か悩み事ですかい?』


「ん-、まぁ……。いろいろ」



 カッとなった頭を冷やそうと、彼と別れて商店街のはずれの広場で、エージェントNと猫じゃらしで戯れる。

まわりもすっかり暗くなって、本当なら早く家に帰らないといけないんだけど……。でも、なんだかそんな気にもなれず……。


 こうやって猫と話せるスキル、これがあの情報屋と比べて地味で特に便利でもないというのは、私だって理解している。

けれど、動物と話せるのなんて私にとっては当然のことだったし、今さら『にゃー』とか『ワン』しか言わない動物たちを受け入れるのは、多分無理。

だから彼のスキルが羨ましい気持ちはあれど、交換してほしいなんて微塵も思わない。強がりでもなんでもなく!


 それでも「もし私がもっと強力なスキルを持っていれば」なんてことを考えてしまうのは、どうやっても止められないのよ。



『あの男の言っていたことなら、気に病むことはありやせんぜ。

 ターゲットを今日一日見張っておりやしたが、どうにも長生きできるタイプではありやせんでした』


「へ?」


『あっしらは人間にとっては居ないも同じ存在。ですんで、お嬢のような真っ当な道を生きるお人とは違う、闇に紛れ生きる人種も見かけることがごぜえやす。

 そういった人間は、より上位の悪人によって使い潰され、用済みとなれば消される運命にありやす。

 話していた鉄のナントカが手を下さずとも、そう遠くないうちに同じ運命を辿るのは間違いないでしょう』


「…………」



 がっしりとねこじゃらしのふわふわを両手で地面に押さえつけながら、黒猫は金色の瞳に街灯のきらめきを反射させそう言う。

結局私は何も知らない。彼らの言う裏の世界みたいな、なんかそういうのとか、国の仕組みとか。もしくは、事件の防ぎ方なんかを。



「でも、だからって見捨てるようなこと……」


『ならば神にでも祈っていてくだせえ。あの男も言っておられたでしょう?

 今回の相手は特殊だと。本当に狙われるかは分からない、と』


「結局私には、祈ることしかできないのか……」



 初めてエリヌス様に出会ったあの日を思い出す。自分の身の上に嘆き、昼休みに一人で学園の大聖堂で神に祈ったあの日……。

あの時私は「自分のスキルさえわかれば、違う未来があったはずだ」なんてない物ねだりしていたっけ。


 あの日から何が変わっただろう? 思いもよらない笑顔の悪魔に付け回されるようになった。カノさんの店でお手伝いを始めた。そしてなにより、自分のスキルが分かった。

でもスキルが分かったからって、結局は祈ることしかできないほどに、私は無力なんだ。



「あの日から、何も変わってないんだな……」


『何をお悩みかは知りやせんが、そう慌てなさんな。猫も人間も、すぐに変われるもんではございやせん。

 ゆっくりと、遠い未来に思い返した時、やっと変化に気付けるもんでございやしょう。

 もしくは急激な変化など、それは苦しい決断を迫られた時に起こるもの。

 今はまだ、安寧の日々を享受できる幸せを受け入れるがよろしいかと、あっしは考えますぜ』


「うわ、猫に説教された……」


『こんなナリではありますが、そこそこの歳を重ねておりますゆえ……』


「そうだね。この辺りを牛耳るボス猫さんの言うことだもん、そうかもしれないよね」



 頭を撫でてやれば、自称そこそこの年齢のボス猫は、目を細め気持ちよさそうにしている。

この子の言う通りだ。私はあの時から変われていない。まだまだ無力だってことも承知してる。

だからこそ、私は私にできることをしよう。いつか今日を思い返した時、未熟でも胸を張れる自分でいたいから。



「よし! それじゃ、明日もよろしくね! エージェントN!」


『大船に乗ったつもりで、任せてくだせえ』


「もちろん、エージェントPも期待してるからね!」


『あー、俺? 俺は別に……』


「ちょっとー! ノリ悪いぞー!? ってどこ向いて言ってんのよ!?」


『ハトの野郎、暗さで方向感覚狂っているようですぜ』


『ちげぇよ! 夜に弱いだけだ! 夜は普段からじっとしてんだよ!

 仕事は昼だから問題ねえだろ!?』


「ふふっ……。それじゃ、また明るくなったら大活躍してね?」


『おう、任せときな嬢ちゃん!』


「よし、今日は解散! お疲れ様!」


『そんじゃ、俺は先に失礼すっぜ!』



 バサバサと飛び立つエージェントP。でもどこかふらついているようで、やっぱり夜は苦手みたい。

そしてエージェントNはといえば、ひと撫でしてさよならを言っても、小首をかしげて私を見つめるばかりだった。



「どうしたの?」


『お嬢、暗がりで女の子が一人で帰るのは見逃せませんぜ。あっしが家まで送り届けやしょう』


「あら、紳士なのね。それじゃ、お言葉に甘えようかしら」



 そうして、私は暗がりの夜道をエスコートされながら帰路へ着いたのだった。

もしこの子が狼だったら、本物の「送り狼」ね。なんて冗談を思い浮かべながら。

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