夏の焼ける日差しも落ち、街が闇に沈み切った頃。ヴァイスは一人、屋敷の自室で机に向かう。
開かれたノートを、誰にも読めぬ文字で読闇が世界を沈めたように、白い紙を黒く染め上げる。
その文字列は誰かに伝えるためのものではない。自身の考えを整理するため。もしくは伝えたとして、それは未来の自分自身への手紙だ。
「今までの情報をまとめりゃ、ある程度アタリはつくはずだ……」
誰にも聞こえない独り言を呟きながら、ガリガリと筆を進める。
その内容は、鉄の死神について今まで集めた情報群。そして、自身の見てきた相手の行動だ。それらから彼は推測を立てる。
「アイツが狙うのは、裏で黒いコトやってる権力者。
少なくとも今回のことから、目標のヤツ以外に手を出すつもりはねえ。
俺だけならともかく、杖を奪ったミーさえ狙わなかったことから確実とみていいだろう……。
んでもって、この流れから分かったこと。アイツには俺のスキルは効かねえ。
俺が行く手を阻んだ時、ミーのヤツには俺が見えちゃいなかったわけだしな……」
ペンの先端を嚙みながら、イライラと邪魔な思考が巡る脳内から、必要な情報だけをノートへと流す。
それらのなかには、過去にノートに書き綴ったものも多く含まれている。けれどその作業をせねば考えがまとまらないほどに、彼はある意味で追い詰められていたのだ。
「チッ……。んな情報じゃ、なんの役にも立ちやしねえ……。
捕まえるなんてのは難しくても、せめて一目置かせるくれえの情報を出さねえと……」
並べられた情報の中に決定的なものが含まれていようと、彼は気付かない。
もしくは無意識的に気づかぬよう、思考から外していた。
そしてなにより、エリヌスの婚約者であるオズナ王子の帰国、それが彼の狂った思考を焦りによって、さらに混沌とさせてゆくのだった。
「クソッ! のんびりしてられねえってのに!!」
ダンッと机を殴っても、何も糸口が見つかるはずもない。
ただコロコロと、鉄の死神が放った弾が転がり、床に落ちる音だけが暗い室内に響くだけだった。
それを拾い上げ、指で握りつぶさんと力を込めたところで、それは押しつぶされるでも答えをくれるわけでもない。
彼は忌々しく睨みつけ、しかし頭に辛うじてのこっていた理性が苛立ちを押さえつけたことで、それを放り投げることなく机の引き出しへと放り込ませた。
「結局鉄の玉も魔力の痕跡はナシ。あれだけ苦労して、結局なんも得られねえなんて……。
はぁ……、俺は骨折り損ってのが一番嫌いなんだがな。いや、損は全部嫌なんだが!!」
大げさな独り言すらも、彼のスキルによって誰にも届くことはない。
けれどそうしてバカみたいだと自ら思いつつも、そのような演技じみた行動をすることで、彼は冷静さを取り戻そうと必死になっていた。
しかし、そんなことをしたところで、冷静さを取り戻せないことは、誰の目にも明らかだっただろう。
彼の今の状態を感知できる人間が居ればの話だが……。
「アイツは結局なんなんだ? ヤバイ威力の攻撃魔法を使える。空を浮遊することもできる。
魔力の痕跡だけでなく、姿さえも隠すような魔法まで使える……。
んなもん、王立図書館のとんでもねえ古臭い記録書をあさったって、そんな大魔導士は存在しねえよ!
そのうえ、連邦のオッサンどももそんな魔法を使いこなす奴なんざ、記憶にも記録にもねえって言いやがる。
それがマジの情報なら、アイツは魔法研究が進んでる連邦さえも実現できねえほどの技量を持つってことになるが……」
カノとアーク、二人の敵国の手の内にある者たちさえも、ヴァイスは手駒に加えていた。
それは本来、最後の切り札とするつもりだったカードだ。しかしそれを惜しんでいられるほど、彼には時間の猶予も、精神的な余裕もなかった。
独り言を半ば叫びながら、何度も何度も同じ内容で筆を走らせ、彼はノートを黒く染める。
しかし、ただの情報に意味はない。情報を繋ぎ合わせ、裏にある真実を読み解かなければ、ただの文字列と変わりないのだ。
「アイツのことだけを見ていてもダメだ。起こったことは全て、遠く見えないトコロで繋がっているはずだ……」
ノートをめくりながら、白くなった紙に再びヴァイスは殴り書きを始める。
しかしそれは、今までのものとは違った。無意識に今まで想定から外していた事態に、少しばかり思いを馳せたものだった。
「まずもって、俺がんなことに巻き込まれたのは、エリーちゃんの親父に依頼されたからだ。
なぜイクター・ラマウィは、俺に調査を依頼したんだ?
依頼した時は、高利貸のフレックスが殺された時期。アイツはまがりなりにも、イクターと関りのあるヤツだった。だが、それ以降は別に関わってるヤツってわけでもねぇ。
しかもアイツは貴族の中では潔癖といわれるほど、黒い仕事とは無縁。むしろ、そういうヤツらを徹底的に排除するようなヤツだ。
そん時は分かっていなかったとして、ここまで事件が連続しているうえに、被害者の共通事項として裏で悪さしてるのがはっきりわかった今、自身やその周辺に危害が及ぶ事はねえって、アイくらいのキレ者なら感づいているはずだ」
事件と犯人ばかりに回っていた意識が、ぐっと引き戻され依頼者へと向けば、情報屋の勘がその異常さを感知し始めた。
「そのうえ、アイツはターゲットになりそうなヤツに、片っ端から面会をしているって話だ。
もちろんそれ自体は、俺だけに頼らず自身でも真相を探ろうっていうコトだと捉えることもできるが、まるでそれじゃ、処分する相手を見定めてるみてえじゃねえか……」
走らせ続けていたペンが、ピタリと止まる。
そして彼は、今までどこかで想定していながら封じていた予測を、ぽつりと口に出した。
「まさかアイツ、身内に鉄の死神が潜んでるって考えてんじゃねえのか……?」
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