悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

31商店街散策

公開日時: 2021年11月5日(金) 21:05
文字数:2,082



「へえ……。ということはこの商店街は、お二人にとって初めて出会った、思い出の場所なんですね!」



 ぶらぶらと商店街を見て歩きながら幼い頃の思い出を話せば、ミー先輩は目を輝かせていた。

私の話に、なにをそんなに興奮する要素があったのかは謎だけど、楽しんでもらえているならなによりね。



「あっ、だからエイダさんは、前の火事の時に駆けつけてくださったんですか?」


「いえ、あれはお嬢……。エリーさんから頼まれましたので……。

 一時的な隠れ蓑にしてただけのこの商店街自体に、さほどの思い入れはありませんから」


「そっ、そうなんですか……。うん、そうですよね。

 色々大変な思いをしていたんだから、いい思い出ではないですもんね」



 ばっさりと切り捨てるエイダに対し、困惑顔のミー先輩。

もうちょっと、リップサービスというものをしてもいいと思うのだけど……。

まあでも、実際苦労の連続だったはずだし、思い出の地という感情は持てないでしょうね。

エイダがそんな塩対応だったから、若干ミー先輩は遠慮気味な喋り口で、同じように私にも問いかける。



「エリーさんは、火事の時エイダさんに頼んだのは、やっぱりこの商店街が大事だからですよね……?」


「そうね。あの日のこともそうだけど、その後もお祭りの日には、こっそり父と遊びにきたものよ。

 その時は魔法の使えるエイダが守ってくれていたから、安心して見て回れたわ」


「そうなんですね! エリーさんにとっては、お父さんとの思い出の場所でもあるんですね」


「そうね……。だけど……」


「だけど?」


「この商店街は、いつかは無くしたい場所でもありますわね……」



 ふと口から漏れた言葉。その言葉にミー先輩は歩みを止める。

振り向けば、暗い表情で俯く姿があった。



「やっぱり、貴族の人にとっては、この商店街は邪魔なんでしょうか……。

 前の火事だって、貴族に雇われた人がやったと言われてます。

 貴族にとって庶民の集まるこの場所は、目障りなんでしょうか……」


「…………」



 先輩にとってみれば、先の地上げ屋を処理したのは「鉄の死神」だ。

だからこそ、私も貴族として、この商店街の存在を疎んでいるのだと思ったのだろう。



「あの……。地上げ屋がどうなったかはご存知ですか?」


「ええ。エイダに顛末は聞いたわ。残念な結果だったわね」


「そうですか……。多分犯人は、この商店街を守ろうとしているんです。

 だから、エリヌ……、エリーさんは、そういうことに加担しないで欲しいんです……。

 エリーさんに、もしものことがあったら……」



 どうやら、さっきのは私の思い過ごしだったようだ。

彼女はただただ、私に悪いことが起こるかもしれない、そう考えて、暗い顔をしていたのだ。


 ミー先輩は、貴族と平民のラインをわきまえている人だ。だからこそ、今まで私の言葉に対し、親しい仲になっても直接口出しするようなことはなかった。

けれど初めて私に対して自身の意見を言った彼女の声は、振り絞るようで、震えていて……。

同じように、胸の前で握られた両手もまた、かすかに震えていた。

その握りしめられた手をそっととれば、汗かく夏の暑さにも関わらず、その指先は冷たかった。



「心配なさらないで。私は、商店街自体を疎んではいませんわ。

 けれどこの場所は、貴族と平民は相容れないものであるという、この国に住まうものの常識を象徴しているものですの。

 だから私は、ここを立場など関係ない自由な場に変えたい。そう願っておりますの」


「エリーさん……」


「それに、私にはエイダがついておりますわ。どんな不届きものも、あの魔法に敵うと思いまして?」


「そう……、ですよね。前に見た大雨を降らせる魔法、すごかったですもん」


「恐れ入ります」



 突然持ち上げられて恥ずかしくなったのか、エイダはいつもより食い気味に小さくつぶやいた。

その様子にくすくすと笑えば、釣られてミー先輩も頬を緩める。



「だから、安心してくださいね。私は、大丈夫ですわ」


「はい……。でも、油断はしないでくださいね?」


「ええ、もちろん」


「わたくしがついておりますので、問題ありません」



 先ほどと違い、すっといつもの調子に戻ったエイダ。

けれど、エイダも私も分かっていた。鉄の死神は、私たちを絶対に狙わないと。

なぜなら、鉄の死神とは私のことなのだから。



「では、商店街の散策を再開いたしましょう」


「はい! 案内は任せてくださいね!

 何か、見たいものとかありますか?」


「そうですわね……。話し続けて、少しお腹が空きましたわね。

 せっかくですから、ミー先輩が手伝っているというパン屋さんを案内していただけますかしら?」


「えっ……。でも……」


「心配なさらなくとも、鉢合わせすることはありませんでしょう?

 今ごろはオズナ王子と共に、医務室に居るはずですもの」


「そうですけど……」


「それに、少し気になりますのよね。

 アレが、どういったところで暮らしているのかが……」


「ええと……、はい。

 では、案内しますね。こちらです」



 戸惑いながらも、ミー先輩は道案内のため数歩先を歩く。

この先にあるのは、どんな店で、どんな家なのだろうか。

あの異常の塊が暮らす場所に、潜入捜査するとしよう。

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