悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

02お昼のお誘い

公開日時: 2021年8月4日(水) 21:05
文字数:2,365

 なにがあろうと、明日はやってくる。

たとえ市中でどのような事件が起ころうとも、学園は今日も平常授業だ。

当然、私もやることは変わらない。



「エイダ、後処理は任せますわ」


「はい、お嬢様」



 昼休みの日課、女子トイレで行われる惨劇。

周囲には、そのようにしか見えていないだろう。

けれど、その実情は……。



「今日の手紙はナシと……。

 ま、昨日の今日で出されても、面倒なだけですわ」



 後処理をしたエイダからの「配達物」はない。

配達物とは、私に対する謝罪文という手紙に見せかけた、司令書である。


 私たち二人の本当の関係は、誰にも気づかれてはいけない。

だからこそ「別の関係性」で上書きし、周囲の目を逸らすのだ。

連絡事項は、全てこのときに渡される「謝罪の手紙」によって行われる。



「お嬢様、少し働き過ぎにございます。昼は学園、夜はお父様との仕事……。

 他にも公爵令嬢としてのお役目があるのですから、これではお身体に差し障りが出てしまいます」


「心配には及びませんわ。私がやると決めたことですもの」



 エイダは冷静に、言ってはいけないことを避けて話す。

けれど、私のことを気遣っているという内容自体は変わらない。

言わないでおいたのは、夜の本当の仕事のことだけだ。



「ですが……」


「そうだぜ、エリーちゃん。素行の悪いヤツらとの面談なんざ、やめとけっての」



 エイダは言葉の途中で現れたヴァイスに、ピクリと肩を震わせた。

もちろん私は彼に気付いていたので気にしてないが、彼女にとっては突然現れたことで、心中の動揺が現れたのだろう。

なにせ今は、聞かれてはいけない内容にも触れた話をしていたのだから。



「めずらしいですわね、お昼休みに声をかけてくるなんて」


「そりゃな? お昼休みのエリーちゃんは大層忙しそうですからなぁ?」


「あら、今までは気を遣っていただいてたのね」


「関わりたくないコトやってるから、放っておいただけさ」


「えらく素直ね」


「あり? 元来の正直者が出ちまったか?」


「嘘なんて、一度もついたことはないでしょう?」


「まあな」



 ケラケラとヴァイスは笑う。彼は情報屋として嘘はつけない。

だからこそ、私は信頼しているし、ほかの貴族たちの子息とは違い、気の置けない友人と呼んでもいいとさえ思っている。


 けれど、彼が嘘をついていないとして、結果的に嘘になっていないわけではない。

彼にとっては嘘でなくとも、事実と違う事柄もいくつもあるのだから。



「それで、その正直者のヴァイスさんは、何の目的があってこちらへいらしたのかしら?」


「なんか言い方に引っ掛かりがあるなぁ……。

 ま、たまには昼飯一緒に食わねえかって、誘いに来ただけだぞ?」


「裏がありそうね」


「ないない。どうせ、いつも通りぼっち飯だろ?

 いや、専属メイドもいるからぼっちではないか」


「そのよく回る口が利けないようにして差し上げましょうか?」


「おー怖。ま、いいだろ?

 どうせ昼休みの日課は終わったんだからよ」


「…………」



 昼休みの日課というものが、何を指すかなど聞くまでもない。

けれど引っかかるのは、なぜそれをわざわざ明言したかだ。

もし私たちの秘密に彼が気付いて、裏を取ろうと調べているのなら……。

私は万一に備え、覚悟と準備をしておかなければならないのかもしれない。



『かわいそうでござるよ』



 不意に、昨日耳にした言葉が思い出された。

けれど、私の最期を知らされたからには、情けなど無用だ。

使えるうちは使う。けれど、敵に回るのなら、無情に……。



「なんだよ、睨むことないだろ?」


「まあいいわ。せっかくのお誘いだし、断ってはかわいそうですものね」


「そうこなくっちゃな! じゃ、エイダちゃん準備よろしくー」



 言われてもメイドは動かない。

ただ苦々しい表情で、待機を命令された犬のように、姿勢を変えることはなかった。

それは、彼女がヴァイスをよく思っていないから。

そして、主人以外の命令を聞く気はないという、意思の表れ。



「はあ……。エイダ、準備を」


「かしこまりました」



 私が指示すれば、すぐに彼女は昼食の準備のためこの場を離れた。

といっても、ランチボックスと敷物なんかの準備物を取りに行っただけなのだけど。



「ったく、従順なこって」


「当然でしょう? 誰彼かまわす指示を聞いていたら、誰に仕えてるか分からないじゃない」


「まあな。あ、言い忘れてたが、他に人がいるんだが構わないよな?」


「あら、あなたが誰かと関わりがあるなんて、思ってもみませんでしたわ」


「おい! それじゃ俺が、いつも一人みたいじゃねえか!」


「違いましたの? あなたの存在感のなさなら、相手から近づいてくることはありませんもの」


「くっ……。違わなくはないが……。でもなんかムカつくんだよ!」



 ヴァイスは、その存在感の無さを諜報活動に利用している。

けれどそれは、彼から関わりを持とうとしなければ、誰にも相手にされない、寂しい能力だ。


 そんな彼が、わざわざ自ら関わりを持つ人物……。

しかも私とも関わらせようとするなんて、ますます怪しい。

一体どんな相手なんだろうと訝しんでいれば、連れてこられた中庭の一角で待っていたのは、見覚えのある人物だった。



「あら、あなたはミー先輩……」


「こんにちは! お昼をご一緒できるなんて、光栄です!」


「私もですよ」



 笑顔でぎゅっと両手を握られる。

なんだかとっても嬉しそうだけど、何があったんだろう?


 それに、平民であるミー先輩と私をなぜ……。

ヴァイスの裏の目的は、いくら考えたって分からない。

もしかして、本当に何の裏もなく……?

いえ、これはむしろ……。



「あぁ……。そういうことでしたの……」


「ん? 何がだ?」


「いえ、何も?」



 つまりミー先輩は、ヴァイスの想い人なのね!

前の時も、自分も頑張ったのに気づかれてないって悔しがってたもの、納得だわ。



「なに考えてニヤついてるかは知らねえが、多分ハズレだぞ?」


「なんのことかしらね?」


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