悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

12ヴァイスと夏休み

公開日時: 2021年12月8日(水) 21:05
文字数:2,147



「ハックション! クッソ、誰か俺の噂してやがるな?」



 その頃噂のヴァイスは、一人商店街のパン屋へ向かっていた。

最近エリヌスに近づかないのは、お付きのメイドに手紙をスられ、少々警戒しているのが理由のひとつ。

けれどそれ以上に、すでに持っている情報から行動を開始していたため、そちらに構う暇がなかったというのがもうひとつの理由だ。



「邪魔するぜ」


「いらっしゃ……。なんだ、ヴァイスさんじゃないですか」


「なんだとはなんだ。俺様が様子を見に来てやったというのに」



 カランカランと鳴る来客を知らせるベルに、ミーは元気よく返答した。

だがその途中で、それが客ではないと気付き、あからさまに態度を変える。

そしてその相手がヴァイスであったことで、面倒事を持ってきたのだろうと察したのだ。



「わざわざお店に来るなんて、今度は何を企んでるんです?」


「ひどい言われようだな。考えていることはあっても、企んでるなんて言われ方するようなことはないと思うんだがな」


「どうだか」


「ま、お前さんにやってもらうことができたんで、伝えにきたのはあるがな」


「ちょっ!? こんな所でその話はっ!」


「何言ってんだ? 店主のカノも、娘のセイラも居ないはずだろ?」


「どうしてそれを……」


「そりゃ、俺がそういう風に仕組んだからな」


「やっぱ何か企んでるんじゃない!」


「いやー、これは策略と言ってだな、企みでは決してなく」


「どっちも変わんないわよ!」



 情報屋ヴァイスは嘘をつかない。けれど言葉遊びで、自らに課したその制限を回避する。

そんな揺れ動く情報の波を乗りこなせるほど、ミーは腹にイチモツを抱えた者たちの相手に慣れてはいなかった。



「それでだ、お前さんの仕事の話だ」


「情報収集なら、ちゃんとやってるんで文句ないでしょう?」


「大した話聞き出せないくせに、口だけは一丁前だな」


「うっ……。そんな簡単に、重大情報なんて掴めませんよ」


「まったく、スキルを使えば簡単だろうにな」


「私のスキルを教える気がないんでしょう?」


「仕事ぶり的に、まだまだそれだけの成果を上げてないからな」


「なら無茶言わないでください」


「しかしだ、今回の仕事を受けるなら、前払いで教えてやってもいい」


「絶対裏があるやつー!」


「ったりめえだ。というか、むしろ今回の仕事は、お前さんのスキル前提ってトコもあるからな」


「絶対危険なやつー!」


「バカ言え。俺がそんな簡単に、手駒を捨てるようなマネするわけねえだろ」


「まさか本人に対して、手駒扱いするとは思いませんでした」


「俺はな、情なんざ信じてねえのさ。だからお前ともビジネスでのつながりさ。

 なんではっきり、立場を示しておいた方がお互いラクだろ?」


「すぐに切り捨てられそうで嫌だなぁ……」


「んなこたねえさ。少なくとも今回の仕事は、スキルさえ使えば、なんにも怖い目みなくて済むと踏んでいる」


「まあ、聞くだけ聞きますか。やるかは別として」


「おっと、お前さんに選択肢があると思わせちまったか?」


「拒否権ないんですか!?」


「ねえよ」



 ケラケラと笑うヴァイスに、ミーは今更ながら、目の前の相手が悪魔であると気付いたのだった。

だが、悪魔が敵対しているのは、死神と呼ばれる者だ。



「でだ、仕事ってのは例の死神の情報収集だ」


「えーっと、それって今やってるのとあまり変わりないのでは?」


「今は噂から狙われそうなヤツを探ってるだろ?

 今回は、実際に死神の正体が掴めるかも知れねえってハナシだ」


「え!? 目星がついたんですか!?」


「あやしい奴らが居るって情報をな」


「それじゃあ、さっさと捕まえましょうよ!」


「とは言ってもな、証拠がねえ。なんで、お前さんの力がいるのさ」


「えぇ……。そんなたいそれたこと、私にできるかどうか……」


「実際やるのはお前じゃねえよ。お前のスキルで、手下を動かすのさ」


「手下?」


「そ。お前さんのスキルは……」


「待って待って! それ聞いたら断れないんでしょう!?」


「だから、お前に選ぶ権利なんざねえっての」


「だからって、拒否権完全に潰されるのは嫌です!」


「はぁ……。頑固なこって」


「あなたが勝手なだけです!」



 呆れるヴァイスと、必死に食い下がるミー。

ヴァイス相手には、彼が準男爵であり、このような態度など許されるはずがないとわかっていても、彼女は他の貴族と同じようにはできなかった。

それはヴァイス自身が、貴族らしからぬ日々を送っていることからくるものであると、彼女は思っている。

だがそれが、人心の掌握を得意としているからであるとは、気づいていなかった。



「しゃーねえ、とりあえず目星を付けたヤツの話しておくか」


「それは……、気になります」


「へぇ、お前さんも気にはなってるんだ?」


「そりゃ今までの事件を考えれば、どんな悪党なのかって気になるのは当然でしょう?

 まさか、その話だけを聞かせるわけにはいかないとか言いませんよね?」


「お前さんが仕事を断るんなら、情報屋としちゃ大損だな。

 だがま、いいだろ。まだ確定情報じゃねえんだからな。

 元はお前に、その確定作業を頼みたいって話だしな」


「今さら、重大な仕事を押し付けられそうになってたって気付きましたよ」



 口車に乗せられず抵抗してよかったと、ミーはほっと胸を撫で下ろした。

だが、当然彼女がヴァイスから逃れられるはずがないのは、言うまでもない。

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