「ハックション! クッソ、誰か俺の噂してやがるな?」
その頃噂のヴァイスは、一人商店街のパン屋へ向かっていた。
最近エリヌスに近づかないのは、お付きのメイドに手紙をスられ、少々警戒しているのが理由のひとつ。
けれどそれ以上に、すでに持っている情報から行動を開始していたため、そちらに構う暇がなかったというのがもうひとつの理由だ。
「邪魔するぜ」
「いらっしゃ……。なんだ、ヴァイスさんじゃないですか」
「なんだとはなんだ。俺様が様子を見に来てやったというのに」
カランカランと鳴る来客を知らせるベルに、ミーは元気よく返答した。
だがその途中で、それが客ではないと気付き、あからさまに態度を変える。
そしてその相手がヴァイスであったことで、面倒事を持ってきたのだろうと察したのだ。
「わざわざお店に来るなんて、今度は何を企んでるんです?」
「ひどい言われようだな。考えていることはあっても、企んでるなんて言われ方するようなことはないと思うんだがな」
「どうだか」
「ま、お前さんにやってもらうことができたんで、伝えにきたのはあるがな」
「ちょっ!? こんな所でその話はっ!」
「何言ってんだ? 店主のカノも、娘のセイラも居ないはずだろ?」
「どうしてそれを……」
「そりゃ、俺がそういう風に仕組んだからな」
「やっぱ何か企んでるんじゃない!」
「いやー、これは策略と言ってだな、企みでは決してなく」
「どっちも変わんないわよ!」
情報屋ヴァイスは嘘をつかない。けれど言葉遊びで、自らに課したその制限を回避する。
そんな揺れ動く情報の波を乗りこなせるほど、ミーは腹にイチモツを抱えた者たちの相手に慣れてはいなかった。
「それでだ、お前さんの仕事の話だ」
「情報収集なら、ちゃんとやってるんで文句ないでしょう?」
「大した話聞き出せないくせに、口だけは一丁前だな」
「うっ……。そんな簡単に、重大情報なんて掴めませんよ」
「まったく、スキルを使えば簡単だろうにな」
「私のスキルを教える気がないんでしょう?」
「仕事ぶり的に、まだまだそれだけの成果を上げてないからな」
「なら無茶言わないでください」
「しかしだ、今回の仕事を受けるなら、前払いで教えてやってもいい」
「絶対裏があるやつー!」
「ったりめえだ。というか、むしろ今回の仕事は、お前さんのスキル前提ってトコもあるからな」
「絶対危険なやつー!」
「バカ言え。俺がそんな簡単に、手駒を捨てるようなマネするわけねえだろ」
「まさか本人に対して、手駒扱いするとは思いませんでした」
「俺はな、情なんざ信じてねえのさ。だからお前ともビジネスでのつながりさ。
なんではっきり、立場を示しておいた方がお互いラクだろ?」
「すぐに切り捨てられそうで嫌だなぁ……」
「んなこたねえさ。少なくとも今回の仕事は、スキルさえ使えば、なんにも怖い目みなくて済むと踏んでいる」
「まあ、聞くだけ聞きますか。やるかは別として」
「おっと、お前さんに選択肢があると思わせちまったか?」
「拒否権ないんですか!?」
「ねえよ」
ケラケラと笑うヴァイスに、ミーは今更ながら、目の前の相手が悪魔であると気付いたのだった。
だが、悪魔が敵対しているのは、死神と呼ばれる者だ。
「でだ、仕事ってのは例の死神の情報収集だ」
「えーっと、それって今やってるのとあまり変わりないのでは?」
「今は噂から狙われそうなヤツを探ってるだろ?
今回は、実際に死神の正体が掴めるかも知れねえってハナシだ」
「え!? 目星がついたんですか!?」
「あやしい奴らが居るって情報をな」
「それじゃあ、さっさと捕まえましょうよ!」
「とは言ってもな、証拠がねえ。なんで、お前さんの力がいるのさ」
「えぇ……。そんなたいそれたこと、私にできるかどうか……」
「実際やるのはお前じゃねえよ。お前のスキルで、手下を動かすのさ」
「手下?」
「そ。お前さんのスキルは……」
「待って待って! それ聞いたら断れないんでしょう!?」
「だから、お前に選ぶ権利なんざねえっての」
「だからって、拒否権完全に潰されるのは嫌です!」
「はぁ……。頑固なこって」
「あなたが勝手なだけです!」
呆れるヴァイスと、必死に食い下がるミー。
ヴァイス相手には、彼が準男爵であり、このような態度など許されるはずがないとわかっていても、彼女は他の貴族と同じようにはできなかった。
それはヴァイス自身が、貴族らしからぬ日々を送っていることからくるものであると、彼女は思っている。
だがそれが、人心の掌握を得意としているからであるとは、気づいていなかった。
「しゃーねえ、とりあえず目星を付けたヤツの話しておくか」
「それは……、気になります」
「へぇ、お前さんも気にはなってるんだ?」
「そりゃ今までの事件を考えれば、どんな悪党なのかって気になるのは当然でしょう?
まさか、その話だけを聞かせるわけにはいかないとか言いませんよね?」
「お前さんが仕事を断るんなら、情報屋としちゃ大損だな。
だがま、いいだろ。まだ確定情報じゃねえんだからな。
元はお前に、その確定作業を頼みたいって話だしな」
「今さら、重大な仕事を押し付けられそうになってたって気付きましたよ」
口車に乗せられず抵抗してよかったと、ミーはほっと胸を撫で下ろした。
だが、当然彼女がヴァイスから逃れられるはずがないのは、言うまでもない。
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