悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

05バッドエンドのその先

公開日時: 2021年8月8日(日) 21:05
文字数:2,203

 窓から差し込む朝日に目を覚ます。なにやら変な夢だったと思い、背伸びをしながら考えた。

そういえば、ヴァイス以外に友人と呼べるような間柄の人物は居ない。

公爵令嬢という生まれが相手を怯ませるせいで、見えない遠慮というものがどうやったって生まれてしまうのだ。


 だから、きっと浮かれていたんだろう。

浮かれてしまって、友人と呼べる人物が、変な夢に出てきたんだろう。

そう思ったし、そう思いたかった。


 けれど、枕元のランプの隣にある本は、昨夜の出来事が夢ではなかったと告げていた。



「おはようございます、お嬢様」



 ノックと共に、エイダの声が部屋に届く。

私はさっと本を本棚へと隠し、扉を開いた。

この本は、他の人に見られてはいけない。

途中まで読んだ内容を思い出し、そう判断したのだ。



「おはよう、エイダ」


「すでにお目覚めでしたか。なにか、気がかりがございましたか?」


「いえ、自然と目が覚めてしまっただけですわ」


「左様にございますか。では、朝の準備を……」



 いつも通り身支度を進めるが、彼女は違和感に気づいているだろう。

なんとなく、そんな予感がしていた。




 ◆ ◇ ◆ 




 窓の外には、赤い点が列をなしていた。

まるで街全体が怒りの炎を纏ったように、月明かりさえ燃やし尽くさんと揺らめいている。


 煌々と灯る松明を手に、民衆は城の前まで詰め寄っていた。彼らの望むもの、それは女王の首。

悪しき王政に終止符を打たんと、人々は立ち上がったのだ。

私は一人、闇を焼き尽くす炎の光を、城の中から眺めるだけ。



『よっ、エリーちゃん。こんなトコでなにしてんだ?』


『あら、ヴァイス。久しぶりね。あれから、7年ほどかしら』


『そんなに経つのか。お前の戴冠式以来だ』



 背後から現れた彼は、あの頃と変わらなかった。

きっと、誰も何も変わっていないのだ。私は、何も変えられなかったのだ。



『おー、あいつらも熱心なもんだ。寝ずに抗議運動なんてな。

 悪徳貴族が追放されたこの国の、何が不満なのやら』


『自由を知らなかったなら、自由を求めたりしないわ。

 彼らは知ってしまったの。だから、女王からの解放を……。本当の自由を願ったのよ』


『ほーん。エリヌス女王様は達観していらっしゃる』



 心底どうでもよさそうに、ヴァイスは言葉を漏らした。

女王に即位し行ったこの国の改革。それは、民衆をつけ上がらせる結果となる。

それを知っていたから、今までの王は貴族たちの悪行を見逃していたのだ。

自らに矛先が向かわぬようにと……。



『それで、どうするつもりだ?

 向こうさんは、明日を期限に指定してきたんだろ?』


『ええ。明日までに私を差し出さなければ、実力行使に出るそうね』


『まるで他人事だな。引き渡されれば、行き先は断頭台だぞ?』


『知っているわ』


『まったく、王位継承権のある上6人を追放した先にあるのが、断頭台とはな……。

 まさに骨折り損ってやつじゃねえか』


『あなたには、そう見えているのね』


『…………』



 骨折り損なのは、彼にとってだけだ。

私は何もしていない。彼の策略が空振りに終わり、結果として私が女王になっただけ。

その先に国の改革と、革命が続いていたに過ぎない。



『…………。俺なら……。俺ならお前を助けられる。

 一緒に国を出よう。そして、誰にも見つからず、隠れて静かに暮らそう』


『…………』


『俺は、そのためにここに来た。お前を助けるために。

 もう選択肢はふたつしかない。俺の手を取り、共にゆくか……。断頭台か……』



 差し出された手は、少し震えているように見えた。

彼は、嘘をつくことはない。たとえ情報屋としての言葉でなくとも、絶対にだ。

だからこそ、この手を取れば助かる。そのことを疑うはずはない。

けれど……。



『お断りします』


『なっ……!? なんでだよっ!!』


『あなたには分からないでしょうけどね、これが女王としての務めなのよ』


『お前……! 自分の命より、女王としての務めが大事なのかよ!!』


『ええ。最後の女王となり、この国の未来の礎となる。

 私個人の命よりも、その責務はずっと大きいものなのよ』


『だからって……!!』



 月明かりに照らされた彼の顔は、ポーカーフェイスを保てず、くしゃくしゃになっていた。

ハンカチで涙を拭ってやり、やさしく口付けを交わす。



『ヴァイス、ありがとう。あなたには感謝しているわ』


『なんでっ……』


『あなたが追放された貴族たちと、民衆を扇動しなければ、この国が変わることはなかった。

 いつまでも王が居座り、いずれまた腐敗したでしょう』


『お前……。俺がやったって分かってて……』


『当然でしょう? あなたの動き、私が見逃したことなんてあったかしら』


『ねえな……』


『だから気にすることないわ。分かっていて、あなたの作戦に乗ったんだから』


『…………』



 彼は、私が手を取り共に逃げることを選ぶはずだと確信していた。

その目論見が外れた今、彼の計画は全て破綻したのだ。

それでも彼は諦めない。最後の悪あがきを見せるのだ。



『お前は……、この国の行く末を見たくはないのか?』


『見なくても分かるわ。きっと良いものになるってね』


『なんでそんなこと言えんだよ!!』


『私の最も信用する人たち。彼女らに託したもの……』



 二人の間に、思い沈黙が流れる。

彼の顔は、悲しみと、悔しさに歪んでいた。

それは、私が最期に頼った者が自身でないことへの憤り。

もしくは、そのように事態を動かしてしまったことへの後悔か……。



『そうか……。結局お前も、俺のことを見てはくれていなかったんだな……』



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