窓から差し込む朝日に目を覚ます。なにやら変な夢だったと思い、背伸びをしながら考えた。
そういえば、ヴァイス以外に友人と呼べるような間柄の人物は居ない。
公爵令嬢という生まれが相手を怯ませるせいで、見えない遠慮というものがどうやったって生まれてしまうのだ。
だから、きっと浮かれていたんだろう。
浮かれてしまって、友人と呼べる人物が、変な夢に出てきたんだろう。
そう思ったし、そう思いたかった。
けれど、枕元のランプの隣にある本は、昨夜の出来事が夢ではなかったと告げていた。
「おはようございます、お嬢様」
ノックと共に、エイダの声が部屋に届く。
私はさっと本を本棚へと隠し、扉を開いた。
この本は、他の人に見られてはいけない。
途中まで読んだ内容を思い出し、そう判断したのだ。
「おはよう、エイダ」
「すでにお目覚めでしたか。なにか、気がかりがございましたか?」
「いえ、自然と目が覚めてしまっただけですわ」
「左様にございますか。では、朝の準備を……」
いつも通り身支度を進めるが、彼女は違和感に気づいているだろう。
なんとなく、そんな予感がしていた。
◆ ◇ ◆
窓の外には、赤い点が列をなしていた。
まるで街全体が怒りの炎を纏ったように、月明かりさえ燃やし尽くさんと揺らめいている。
煌々と灯る松明を手に、民衆は城の前まで詰め寄っていた。彼らの望むもの、それは女王の首。
悪しき王政に終止符を打たんと、人々は立ち上がったのだ。
私は一人、闇を焼き尽くす炎の光を、城の中から眺めるだけ。
『よっ、エリーちゃん。こんなトコでなにしてんだ?』
『あら、ヴァイス。久しぶりね。あれから、7年ほどかしら』
『そんなに経つのか。お前の戴冠式以来だ』
背後から現れた彼は、あの頃と変わらなかった。
きっと、誰も何も変わっていないのだ。私は、何も変えられなかったのだ。
『おー、あいつらも熱心なもんだ。寝ずに抗議運動なんてな。
悪徳貴族が追放されたこの国の、何が不満なのやら』
『自由を知らなかったなら、自由を求めたりしないわ。
彼らは知ってしまったの。だから、女王からの解放を……。本当の自由を願ったのよ』
『ほーん。エリヌス女王様は達観していらっしゃる』
心底どうでもよさそうに、ヴァイスは言葉を漏らした。
女王に即位し行ったこの国の改革。それは、民衆をつけ上がらせる結果となる。
それを知っていたから、今までの王は貴族たちの悪行を見逃していたのだ。
自らに矛先が向かわぬようにと……。
『それで、どうするつもりだ?
向こうさんは、明日を期限に指定してきたんだろ?』
『ええ。明日までに私を差し出さなければ、実力行使に出るそうね』
『まるで他人事だな。引き渡されれば、行き先は断頭台だぞ?』
『知っているわ』
『まったく、王位継承権のある上6人を追放した先にあるのが、断頭台とはな……。
まさに骨折り損ってやつじゃねえか』
『あなたには、そう見えているのね』
『…………』
骨折り損なのは、彼にとってだけだ。
私は何もしていない。彼の策略が空振りに終わり、結果として私が女王になっただけ。
その先に国の改革と、革命が続いていたに過ぎない。
『…………。俺なら……。俺ならお前を助けられる。
一緒に国を出よう。そして、誰にも見つからず、隠れて静かに暮らそう』
『…………』
『俺は、そのためにここに来た。お前を助けるために。
もう選択肢はふたつしかない。俺の手を取り、共にゆくか……。断頭台か……』
差し出された手は、少し震えているように見えた。
彼は、嘘をつくことはない。たとえ情報屋としての言葉でなくとも、絶対にだ。
だからこそ、この手を取れば助かる。そのことを疑うはずはない。
けれど……。
『お断りします』
『なっ……!? なんでだよっ!!』
『あなたには分からないでしょうけどね、これが女王としての務めなのよ』
『お前……! 自分の命より、女王としての務めが大事なのかよ!!』
『ええ。最後の女王となり、この国の未来の礎となる。
私個人の命よりも、その責務はずっと大きいものなのよ』
『だからって……!!』
月明かりに照らされた彼の顔は、ポーカーフェイスを保てず、くしゃくしゃになっていた。
ハンカチで涙を拭ってやり、やさしく口付けを交わす。
『ヴァイス、ありがとう。あなたには感謝しているわ』
『なんでっ……』
『あなたが追放された貴族たちと、民衆を扇動しなければ、この国が変わることはなかった。
いつまでも王が居座り、いずれまた腐敗したでしょう』
『お前……。俺がやったって分かってて……』
『当然でしょう? あなたの動き、私が見逃したことなんてあったかしら』
『ねえな……』
『だから気にすることないわ。分かっていて、あなたの作戦に乗ったんだから』
『…………』
彼は、私が手を取り共に逃げることを選ぶはずだと確信していた。
その目論見が外れた今、彼の計画は全て破綻したのだ。
それでも彼は諦めない。最後の悪あがきを見せるのだ。
『お前は……、この国の行く末を見たくはないのか?』
『見なくても分かるわ。きっと良いものになるってね』
『なんでそんなこと言えんだよ!!』
『私の最も信用する人たち。彼女らに託したもの……』
二人の間に、思い沈黙が流れる。
彼の顔は、悲しみと、悔しさに歪んでいた。
それは、私が最期に頼った者が自身でないことへの憤り。
もしくは、そのように事態を動かしてしまったことへの後悔か……。
『そうか……。結局お前も、俺のことを見てはくれていなかったんだな……』
読み終わったら、ポイントを付けましょう!