私は、めいっぱい空気を吸い込む。
胸が破裂するほどに、肺がひりつくほどに。
そして声と共に、一気に吐き出した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰か助けてぇぇぇぇ!!」
窓がビリビリと音を立てるほどの悲鳴。
それと同時に、窓へ向かい椅子を投げつける。
バリンと割れたガラスと、落下し地面に激突した椅子の壊れる音。
異変を察知し、屋敷全体に一斉に光球魔法が灯る。
そして、バタバタという足音と共に、自室へと通じる扉は壊れんほどの勢いで開かれた。
「お嬢様!! いかがなさいましたか!!」
「不審者! 不審者がっ!!」
掛け布団をすっぽりと被り、枕で頭を押さえ震える。
窓辺に立つ人物を指差し、恐怖に震える少女を私は演じ切った。
不審者は即座に取り押さえられ、縄で縛られる。
「お嬢様、不審者は取り押さえました。ご安心ください」
「ううっ……。なんて恐ろしい……。
いったい何の目的があって私に……」
歳のいったメイド長の胸に顔をうずめ、さめざめと涙を流す姿は、なんの力もないただの公爵令嬢。
その裏に隠したのは、誰にも知られてはならない秘密と、誰しもを騙す演技力だった。
恐る恐る縛り上げられた人物へと視線を移し、相手を一瞥する。
そこでは、いつもの無表情で私へと視線を向ける、桃色の髪の少女が、警備兵によって組み伏せられていた。
「あっ……。あなたは……」
「エリヌス! いったい何があった!?」
その時、少々遅れて父が部屋へと入ってくる。
彼が見たのは、縛られた少女を愕然とした表情で見つめる娘の姿だ。
「セイラ……、さん……?」
「いったい、何があったと言うのだ!?
それにその子は、誰なんだね!?」
「あの……、お父様……」
「それは、わたくしからご説明させていただきます」
割って入ったのは、専属メイドのエイダだ。
彼女なら、学園に同伴していることもあって相手の素性を知っている。
しかしそれは、同時に私たちの予定が狂いかねないという危険もはらんでいた。
「あの、私が……」
「お嬢様は、気が動転しておられますでしょう。
ここは、わたくしにお任せください」
「でも……」
「イクター様、彼女はお嬢様のクラスメイトの、平民の者にございます。
同じ無能力者ということで、お嬢様は普段から気にかけていたのでございます」
「そのような者が、なぜこのような時間にここに居るのだ!?」
「それは、本人に聞くほかありません。
一度、拘束を解くことを許していただけますでしょうか?」
その後の弁明は、事前に決めた台本通りだった。
もっと二人であそびたかった。けれど平民では、屋敷に来ることなど叶わない。
だから夜中に忍び込んだと……。
そして憤慨する父をなだめ、私はどうか内密にするようにと頼む。
これは私が、平民に隙を見せたせいでもあるのだと。
平民との関わり方を知らず、誰にも良い顔をすれば、厄介ごとを引き寄せる。
そんな貴族にとっての常識を、未だに理解していなかった私の落ち度だと。
その言葉に父は納得するはずもなかったが、思わぬ協力者によってその場は治められた。
その者とは、話を聞くに徹していたエイダだ。
「イクター様、発言をよろしいでしょうか」
「なんだ? まさか、君もエリヌスの落ち度だと言うのか?」
「いえ、そうではありません」
「では、なんだね」
「今回の件、あまり大事にしない方がよろしいかと考えます」
「何故だ!? このようなこと、前代未聞の大問題だぞ!?」
「だからこそです。このことが知られれば、屋敷の警備が手薄だと、世間に言って回るようなもの。
その上お嬢様に対し、よからぬことを考える者を呼びよせる危険性もあります。
今回は相手に悪意がなかったため無事でしたが、誘拐などを目論む相手だったなら、非常に危険です。
なぜならお嬢様は、魔法を使えないのですから」
「言わんとしていることは分かるが、だからといって、何もしないわけには……」
「では、今後私が、お嬢様と寝所を同じくすることをお許しいただけませんでしょうか」
「どうしてそうなる!?」
「今回わたくしどもが事件を防げなかったのは、待機室に居たため、部屋の中の様子が分からなかったことが原因にございます。
そしてわたくしであれば、大抵の敵対者を撃退できると自負しております。
であれば、わたくしがお世話だけでなく、警護も兼ねるのであれば、お嬢様の安全を守ることが可能となりますでしょう」
「む……。うむ……。その件に関しては、考えさせてもらおう」
父は苦虫を噛み砕いたような顔をしている。
さすがに口に出さなかったが、「夜が危ないなら私が一緒の部屋で寝る」なんて考えていたのだと思う。
このような思考を読めてしまうのは、なんとも複雑な心境だ。
「ともかく、とりあえずその者は地下牢へ入れておけ。
処分はこの後、エリヌスと共に決める。
くれぐれも、処分が決まるまでこのことは口外しないように」
父は部屋にいる者たちに緘口令を敷き、結論を先送りにしたのだった。
そういう反応、まさにお役所的だと言われそうだと、私は内心思っていた。
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