悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

04無気力

公開日時: 2022年7月29日(金) 21:05
文字数:2,089

 準備運動、キャッチボールとこなせば、その後は教師に代わり、チームリーダーのニスヘッドと、その補佐のカミーユが指揮をとる。


 生徒に指揮も丸投げにし、進行させるのもまた表向きの狙いがある。

それは、スキルを持つ者の中には、上に立つことで発揮される能力もあるからだ。

なんとなくの勘だけれども、ニスヘッドのスキルはそっちのタイプだと思うのよね。



「あの者、必要でれば致しましょうか」



 不意に背後から冷たい言葉が聞こえ、一瞬びくりと背筋が震えた。

もちろん私は、後ろにエイダが近づいて来たことは気付いていたのだけど……。

でもさすがに、いきなりそんな不穏な事を言われるとは思ってなかったのよ。



「処分?」


「はい。お嬢様に対する不躾な態度に留まらず、お嬢様を差し置いてチームリーダーなど……」


「そうね。常識的に考えて、彼女は公爵を配下に置けるほど高い地位の貴族ではないもの」


「では……」


「けれど、それは公務の場合でしてよ。球技大会なんてお遊びじゃない。

 私はただ、仕方なく付き合ってあげて、余裕を見せているのよ。

 エイダ、あなたも時にはその生真面目さを捨てて、相手に合わせるくらいしてあげたらどうかしら?」


「…………。それが望みでしたら、仰せのままに」



 まったく、エイダは何を考えているのやら……。

まあ、この生真面目が始まったのは最近のことでもないし、なんなら他の貴族相手だったとしても、私に喧嘩を売って来たやつは、いつだって消し炭にせん勢いなんだけども。


 などと小さなため息をついていれば、元気すぎる日差しを投げつける太陽よりも熱く、明るい笑顔でニスヘッドは語り出す。



「それじゃあ、ノック練習から始めますよ!

 一列に並んでもらって、順番に私の打つボールを受けてくださいね!」



 ハキハキと通る声に対し、それを聞いていた生徒一同は、なんとも気の抜けた返事を返す。


 それもそのはずで、特待生の平民ならともかく、適当に裏で金を積んで入ってきた貴族にとっては、スポーツなんて観戦するものであり、実際に参加するものではないのだ。

正直この球技大会も、参加しなくていいなら参加したくないというのが本音だろう。

そんな中で少し楽しんでいる私は、ちょっと特殊だったりする。



「どうしたんですか皆さん。せっかくの球技大会なんですよ? 楽しみましょうよ!」


「…………」



 ただでさえ暑いのに、さらに熱く語るニスヘッドのおかげで、チームメイトは全員熱中症なのではないかというほどにうなだれている。

彼女がチームリーダーに適したスキルがあると思ったのは、私の勘違いだったかしら?


 そんな澱んだ空気の中でも、事を進行させるのはサブリーダーのカミーユの仕事のようだ。



「みなさんのやる気のあるなしは関係ありません。

 これは授業です。リーダーを任された以上、ニスヘッドの指示に従ってもらいます」



 青い瞳で冷たく一瞥すれば、だらだらとではあるが、チームメンバーは言われた通り列を作る。

みんななんだかんだて、授業を放棄するわけにはいかないのだ。

そりゃそうよね、もしそんなことをすれば、来年も一年生をすることになるわ。私だって留年は嫌だものね。


 変にやる気があるように思われるのも嫌だと、人の波の最後尾につけば、コソコソと二人の話し声が聞こえてくる。



「カミーユ、あんな言い方しなくてもさぁ……」


「チンタラやっていたら、練習時間なくなりますよ」


「えー、私はせっかくの機会なんだし、みんなにも楽しんでもらいたいんだけどなぁ……」


「ホント、あなたは甘いんですから……」



 なんだかさっきの私とエイダとは真逆だなと感じて、うっかり笑いそうになる。

そんな私を二人が見つめるものだから、一応悪役令嬢感を出すために、少しばかり睨んでおこう。



「やっぱり、エリヌス様も嫌なのかな?」


「さあ、分からないわ」



 聞こえてる聞こえてる! そういう話は本人に聞かれないところでやりなさい!

と言いたくなったけれど、ここはぐっと我慢。まったく、彼女たちもまた、ちょっと抜けてるみたいね……。


 そんな二人によるノックが始まれば、めんどくさそうな面々がニスヘッドによって打たれたボールを拾い上げる。

なんだかんだ反射神経がいいのか、無難に拾い上げて投げ返す人もいれば、股の間をボールがすり抜け、必死に追いかける人もいたりと、反応はそれぞれだ。


 どちらかというと貴族の方が無難にこなしているように見えるのは、やっぱり普段から嗜みとして身体を動かすこともあるからかしら?

まあ、平民出身なら、ボールを扱うことが今回初めてという場合もあるかもしれないものね。

なんだかんだ、道具のいる遊びというのは、金銭的に平民には難しいもの。


 そんな考察を頭の中で巡らせていれば、見覚えのある人物の番となる。

ピンクの髪をなびかせる平民、セイラだ。



「いくよー!」


「……はい」



 絶対聞こえてない返事を待つことなく、ニスヘッドはバットを振るった。

ぽんぽんと跳ねて転がるボールに対し、いつも通りの無表情棒立ちのセイラ。

いうまでもなくボールは彼女の脇をすり抜け、遥か後方へと消えてゆく。



「セイラさーん! 行きましたよー!!」


「……うん」



 これは、問題外のようね……。

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