悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

09 メイドの帰還

公開日時: 2022年1月28日(金) 21:05
文字数:2,452

 アテになるのかならないのかわからないヴァイスの護衛。そんな話や、それ以前にフリードの嫌がらせの話すら、ただの悪い冗談だったのかと思うほどに、二学期が始まってすぐの暑い日々は過ぎ去ってゆく。


 ただの杞憂だったなら、ヴァイス相手にあんな弱気な様子など見せなかったのに……。なんて考えても後の祭り。

きっとこの先、護衛料金とか何とか言って、金銭でなく面倒ごとを持ち込んでくるのだろう。そんな予感がしていた。



「お嬢様。わたくしが不在の間、なにか変わったことはありましたでしょうか」



 そんなことをぼんやりと投稿中の馬車の中で考えていれば、久々に一緒に登校するエイダの声が耳に入った。

変わったこと……。色々あったような気もするし、いつも変わったことしかないような気もする。


 考えてみれば、公爵令嬢という立場で王位継承権第6位、そのうえ夜はスナイパー。普通で平凡な日々というものが存在するなら、そちらのほうがよほど「変わったこと」な気がするわ。


 なんてね。そんな冗談言ってみたら、エイダがどんな顔をするのかは興味あるけれど、このマジメで堅物なメイドをいじめるほど、私には悪役令嬢が骨身に染みているわけではないわ。

かといって、今日までのことを全て話すなんてできないし、さしずめ今は彼女に関わることだけにとどめておきましょう。



「そうね、フリード様の様子が気になるくらいかしらね」


「フリード様……、ですか……」



 名前を聞いた瞬間、明らかに面倒だという間があったわね。さすが、今までの嫌がらせを一身に身代わりしてきただけあるわ。



「今まで近づかないようにしてたのだけど、保健室に行くことがあったのよね。

 その時、少しばかり面倒なことを言っていたのだけど……。

 けれど心配することもないと思うわ。あなたが居ない間は何もしてこなかったもの」


「いったい、どのようなことを仰っていたのでしょうか」


「それがどうにも、私を学園から追い出したいようなのよ」


「そんなことを本人に……」


「あ、もちろん面と向かって私に言ったわけじゃないわ。

 でも、聞こえてきてしまったのだから、私は悪くないでしょう?」


「でしたら、直接出て行くよう言われたわけではないのですね」


「そうね」


「では、何かしらの行動を起こし、学園に居られなくするつもりでしょうか」


「分からないわね……。あなたが居ないという、絶好のチャンスに動きがなかったんだもの」


「今までの経験上、嫌がらせをするのでしたら。このタイミングを逃すとは思えませんね……」


「そうなのよ。だから私も心配になって、味方を増やそうとしたのに。とんだ無駄骨でしたわ」


「味方ですか」


「ええ。ヴァイスにお願いする形になりましたの」


「それは、フリード様よりもリスクが高いのでは……」


「リスクは承知の上よ。けれど、平民でまだスキルも把握していないミー先輩や、例のアイツを使うのは論外でしょう?」


「オズナ王子がいらっしゃるのでは?」


「ダメよ。王子にはどうも嫌われちゃったようだもの」


「…………」



 金貨を投げ、命を助けたあの時、私を睨みつける王子の顔を思い出す。

きっと、私はすでに王子の心の中に居場所はないのだろう。それが私にとっても、王子にとっても最善だと思う。

王子がセイラを好きならば、私は喜んで身を引くつもりだ。愛なき政略結婚よりも、苦難の多い運命の相手の方が幸せというものだ。

ふふっ……。喜んで身を引くつもりなのに、その苦難として立ちはだからないといけないなんて、不思議な感じがするわね。



「そろそろ到着ね。今まで何もしてこなかったから大丈夫だとは思うけれど、一応警戒をお願いするわ」


「かしこまりました。仰せのままに」



 馬車が停まれば扉が開かれる。強い日差しが石畳の地面を跳ね返り目に染みる。今日も一日快晴のようだ。

さっとエイダが馬車を降り、日傘を開く。その影の中へと私は降り立った。


 授業中熱中症で倒れたと言う話は、屋敷の者にも伝えられている。そのため、このような甘えた貴族ごっこは嫌いなものの、さすがに拒否はできないでいた。

とは言っても、エイダの魔法で冷気が送られてくるのだから、日傘なんていう前時代的な冷の取り方は必要ないのだけどね。


 エイダと共に、二人で日傘の中へと入り登校する朝。いつもの毎日が、再び戻ってきたように感じる。

やっぱり私には、なんだかんだでエイダが居なければいけないのね。なんて感慨に浸りたいのに、いつも通りの朝に、いつも通り忍び寄る男が現れた。



「よっ! 久しぶりじゃねえか! クビになったかと思ってたぞ?」


「ヴァイス、ずいぶんな挨拶ね。私のことは無視かしら?」


「おいおいエリーちゃん、無視されて嫉妬か? 公爵令嬢様に嫉妬されるなんて、身に余る光栄だぜ」


「まったく……。ちょうどいいわ、エイダが戻ったから、あなたはお役御免よ。

 今までご苦労様。結局何もなかったから、心配損だったけれどね」


「そうだな、なにもなかったな。よかったよかった」



 この反応、何か隠してる時のそれだ。

まったく、そっけないふりしながらも、尻尾を振ってる仔犬みたいな人ね。



「ふふっ……。その様子ということは、そんなに褒めてほしいのかしらね?」


「なんのことだ?」


「なにもなかったのは、あなたが裏で手を回していたってことでしょう?」


「おいおい、俺はそんな恩着せがましくないぜ?」


「はぐらかさなくていいわ。あなたの反応をみれば、何かしてたってことはわかるもの。ありが……」


「待ちな。礼を言うのは、全部終わってからでも構わねえだろ?」


「どういうことかしら?」


「火種はまだ燻ってやがる。メイドが守ってくれるからって、油断すんなってこった」


「それもそうね。あなたの忠告、ありがたく受け取っておくわ」



 そうだ、私はまだ学園に居る。それはフリードの目的が達成されていないということ。

つまり今後、何らかの動きがあって然るべきだ。それらが全て片付くまで、決して油断はできない。

そしてヴァイスは、何らかの情報を掴んでいる。ならばまだ彼を切ることなどせず、泳がせておく方が得策というものだろう。

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