アテになるのかならないのかわからないヴァイスの護衛。そんな話や、それ以前にフリードの嫌がらせの話すら、ただの悪い冗談だったのかと思うほどに、二学期が始まってすぐの暑い日々は過ぎ去ってゆく。
ただの杞憂だったなら、ヴァイス相手にあんな弱気な様子など見せなかったのに……。なんて考えても後の祭り。
きっとこの先、護衛料金とか何とか言って、金銭でなく面倒ごとを持ち込んでくるのだろう。そんな予感がしていた。
「お嬢様。わたくしが不在の間、なにか変わったことはありましたでしょうか」
そんなことをぼんやりと投稿中の馬車の中で考えていれば、久々に一緒に登校するエイダの声が耳に入った。
変わったこと……。色々あったような気もするし、いつも変わったことしかないような気もする。
考えてみれば、公爵令嬢という立場で王位継承権第6位、そのうえ夜はスナイパー。普通で平凡な日々というものが存在するなら、そちらのほうがよほど「変わったこと」な気がするわ。
なんてね。そんな冗談言ってみたら、エイダがどんな顔をするのかは興味あるけれど、このマジメで堅物なメイドをいじめるほど、私には悪役令嬢が骨身に染みているわけではないわ。
かといって、今日までのことを全て話すなんてできないし、さしずめ今は彼女に関わることだけにとどめておきましょう。
「そうね、フリード様の様子が気になるくらいかしらね」
「フリード様……、ですか……」
名前を聞いた瞬間、明らかに面倒だという間があったわね。さすが、今までの嫌がらせを一身に身代わりしてきただけあるわ。
「今まで近づかないようにしてたのだけど、保健室に行くことがあったのよね。
その時、少しばかり面倒なことを言っていたのだけど……。
けれど心配することもないと思うわ。あなたが居ない間は何もしてこなかったもの」
「いったい、どのようなことを仰っていたのでしょうか」
「それがどうにも、私を学園から追い出したいようなのよ」
「そんなことを本人に……」
「あ、もちろん面と向かって私に言ったわけじゃないわ。
でも、聞こえてきてしまったのだから、私は悪くないでしょう?」
「でしたら、直接出て行くよう言われたわけではないのですね」
「そうね」
「では、何かしらの行動を起こし、学園に居られなくするつもりでしょうか」
「分からないわね……。あなたが居ないという、絶好のチャンスに動きがなかったんだもの」
「今までの経験上、嫌がらせをするのでしたら。このタイミングを逃すとは思えませんね……」
「そうなのよ。だから私も心配になって、味方を増やそうとしたのに。とんだ無駄骨でしたわ」
「味方ですか」
「ええ。ヴァイスにお願いする形になりましたの」
「それは、フリード様よりもリスクが高いのでは……」
「リスクは承知の上よ。けれど、平民でまだスキルも把握していないミー先輩や、例のアイツを使うのは論外でしょう?」
「オズナ王子がいらっしゃるのでは?」
「ダメよ。王子にはどうも嫌われちゃったようだもの」
「…………」
金貨を投げ、命を助けたあの時、私を睨みつける王子の顔を思い出す。
きっと、私はすでに王子の心の中に居場所はないのだろう。それが私にとっても、王子にとっても最善だと思う。
王子がセイラを好きならば、私は喜んで身を引くつもりだ。愛なき政略結婚よりも、苦難の多い運命の相手の方が幸せというものだ。
ふふっ……。喜んで身を引くつもりなのに、その苦難として立ちはだからないといけないなんて、不思議な感じがするわね。
「そろそろ到着ね。今まで何もしてこなかったから大丈夫だとは思うけれど、一応警戒をお願いするわ」
「かしこまりました。仰せのままに」
馬車が停まれば扉が開かれる。強い日差しが石畳の地面を跳ね返り目に染みる。今日も一日快晴のようだ。
さっとエイダが馬車を降り、日傘を開く。その影の中へと私は降り立った。
授業中熱中症で倒れたと言う話は、屋敷の者にも伝えられている。そのため、このような甘えた貴族ごっこは嫌いなものの、さすがに拒否はできないでいた。
とは言っても、エイダの魔法で冷気が送られてくるのだから、日傘なんていう前時代的な冷の取り方は必要ないのだけどね。
エイダと共に、二人で日傘の中へと入り登校する朝。いつもの毎日が、再び戻ってきたように感じる。
やっぱり私には、なんだかんだでエイダが居なければいけないのね。なんて感慨に浸りたいのに、いつも通りの朝に、いつも通り忍び寄る男が現れた。
「よっ! 久しぶりじゃねえか! クビになったかと思ってたぞ?」
「ヴァイス、ずいぶんな挨拶ね。私のことは無視かしら?」
「おいおいエリーちゃん、無視されて嫉妬か? 公爵令嬢様に嫉妬されるなんて、身に余る光栄だぜ」
「まったく……。ちょうどいいわ、エイダが戻ったから、あなたはお役御免よ。
今までご苦労様。結局何もなかったから、心配損だったけれどね」
「そうだな、なにもなかったな。よかったよかった」
この反応、何か隠してる時のそれだ。
まったく、そっけないふりしながらも、尻尾を振ってる仔犬みたいな人ね。
「ふふっ……。その様子ということは、そんなに褒めてほしいのかしらね?」
「なんのことだ?」
「なにもなかったのは、あなたが裏で手を回していたってことでしょう?」
「おいおい、俺はそんな恩着せがましくないぜ?」
「はぐらかさなくていいわ。あなたの反応をみれば、何かしてたってことはわかるもの。ありが……」
「待ちな。礼を言うのは、全部終わってからでも構わねえだろ?」
「どういうことかしら?」
「火種はまだ燻ってやがる。メイドが守ってくれるからって、油断すんなってこった」
「それもそうね。あなたの忠告、ありがたく受け取っておくわ」
そうだ、私はまだ学園に居る。それはフリードの目的が達成されていないということ。
つまり今後、何らかの動きがあって然るべきだ。それらが全て片付くまで、決して油断はできない。
そしてヴァイスは、何らかの情報を掴んでいる。ならばまだ彼を切ることなどせず、泳がせておく方が得策というものだろう。
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