悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

04王子、帰還す。

公開日時: 2021年9月4日(土) 02:05
文字数:2,064

 夏の日差しが照りつける中、私と両親、そして使いの者たちは王宮の門の内側で、王子の到着を待っていた。


 本来ならば、公爵という立場から言っても、王宮の中で待つものだろう。

けれど、母に言わせれば「王子へのアピール力」のために、誰よりも先に顔を合わせる場所で待てというのだ。

許嫁が待ち侘びて、道にまで出て彼を待つ。そんなロマンチックな演出が、今後の駆け引きの手札になるというのが、母の考えなのだ。

まあ、それも無駄に終わるのだけど、それを知るのはこの中では私だけだし、母を怒らせるのも面倒だから付き合っておこう。


 門の外の大通りには、数多くの人々が押し合い圧し合いし、帰国パレードと化した王子一行を見ようと詰めかけている。

その喧騒を遠くに聞きながら、少々寝不足であくびが出るのをぐっとこらえた。


 そうこうしていれば、しっかり閉じられた門の外が一掃騒がしくなり、すこしずつ馬車の車輪の音が近づいてくる。

どうやら、お出ましのようだ。



「エリヌス、くれぐれも失礼のないように」


「はい、お母様」


「嬉しいからといって、飛びついたりしてはいけないからね?」


「お父様、私もさすがに、そこまで子どもじゃありませんわ」


「ははは、冗談さ」



 本当に冗談かは怪しいところだが、緊張をほぐそうとしているのだということはわかる。

まあ、母にとっては馬鹿馬鹿しいようで、口元を扇子で隠しながら、小さくため息をついた。


 馬車の音がぴたりと止まり、大きな門の扉は、ギィギィと音を立てながら、ゆっくりと開いてゆく。

開ききれば、再びゆっくりと馬車は走り出す。しかし、それは即座に止まってしまう。


 何事かと覗き込む、門の外の者たちの視線を遮るように、早々と門は再び閉まりだす。

そして閉まり切るかどうかというところで、馬車の扉が勢いよく開かれ、中から一人の男が飛び出してきたのだ。



「エリヌス! 会いたかったよ!!」


「きゃっ……」



 突然抱きしめられ、驚きのあまり声を上げてしまった。

まさか、いきなり抱きついたりするなとは言われていたが、逆に抱きつかれるとは思わなかったのだ。


 身体を包み込む腕は、見た目こそ細いが、しっかりと鍛えられているとわかる硬さだ。けれどとても優しく、痛みなどなかった。

それは、記憶にある彼の様子とは違う。けれど、その透き通る緑色の瞳も、短くやわらかな茶色い髪も、そして私の名を呼ぶ声も……。

懐かしいほどに、昔の記憶のままだった。



「王子、皆様が見ておりますわ……」


「おっと、すまない。つい嬉しくてね」



 優しく微笑み、彼は私を放す。

けれど、その両手は私の手を握ったままだった。

ゆっくりと手をほどき、そして私は深々と頭を下げる。

同じく、両親もまた頭を下げた。



「オズナ王子。長きにわたるご留学、お疲れでしたでしょう。

 再びこうして無事お会いできたこと、大変嬉しく思います」


「あ……、あぁ。こちらも嬉しいよ。

 さあ、頭を上げてくれないか。また昔のように、仲良くしようじゃないか」



 顔を上げた時、彼の表情は心底困惑しているように見えた。

おそらく彼は、幼かったころのように、なんの立場も枷もない、そういった様子でいられると思っていたのだろう。

だからこそ、私のかしこまった挨拶に、どう返していいかすらも分からずにいたのだ。


 王子のそのような対応は、母にとっても想定外だったようで、かける言葉を探しているようだった。

しかし、こういう時こそ、立場に縛られない父の方が円滑にことを進められるというものだ。



「王子、長く離れていたのですから、募る話もありましょう。

 しかし、この暑い中ではお疲れの身に触りますよ。王宮の中で話をされてはいかがですかな?」


「えぇ、そうですね。では、一緒に参りましょうか」



 元官僚の手腕は、こういう時こそ発揮される。

所詮根っからの貴族など、周りが立ててくれるから威張っていられるのだと、父の姿を見るほどに思い知らされるのだった。


 王子もまた、その助け舟に従い、馬車はここまででいいと、私たちと共に歩き出した。

これでは、アピールのために先頭に立ったのに、むしろ歩かせてしまうという失態だ。

もしかすると、母はこうやって空回りを続けた結果、女王になり損ねたのではないかと、少々の疑念が浮かぶのだった。



「エリヌス、この暑さで歩いても大丈夫なのかい?」


「ええ。ご心配には及びませんわ。この程度の距離は、学園でも毎日歩いておりますもの」


「そうかい? なんだか少し……」


「少し、なんでしょうか?」


「いや、なんでもないよ」



 彼は、何かを言いかけて引っ込めた。

きっと彼は、記憶にある私と、今の私の違いに戸惑っているのだろう。


 気弱で、病弱で、一人では何もできなかった昔の私。

きっとあのままの私であったなら、今にも日差しにやられて倒れていただろう。

けれど、今は昔とは違うのだ。彼はその違いに戸惑い、少し寂しさを覚えたのかもしれない。


 そう察していながらも、私は別のことが気がかりだった。

それは、門の上からこちらを覗く、完全に気配を消した気でいるヴァイスの存在だ。

彼が面倒ごとを引き起こさないことだけが、今の私の願いだった。

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