悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

06スられた手紙

公開日時: 2021年11月24日(水) 21:05
文字数:2,059

 長机に置かれた封筒に入った手紙を、セイラは手に取る。

中身は星や月、花などの装飾が周囲に施された手紙だった。

ただし内容は、その様相とは違い無機質なものだ。



「小麦粉10ケースにミルク5缶……。ナッツとドライフルーツ……」


「それは、あなたの暮らすパン屋の発注書かと思われます」


「だろうね。僕もなんどか見たことがあるよ。それで、これがどうしたんだい?」


「それはなにか、知られてはいけない情報なのかと……」



 すっとセイラの目を見つめ、静かに言葉を放つエイダ。

ただの発注書に、なんの秘密があるんだと一蹴しかけたセイラは、その目で見つめられ口をつぐんだ。



「冗談を言うような人じゃないというのも知ってるけどさ。

 ただ、こんなのを店から盗んで何がしたいのかな?」


「それは昼の間に手に入れたものです」


「だろうね。お昼に店に来てたらしいじゃないか」


「ええ。しかし、店から盗んだわけではありません」


「ほう? どこかに落ちていたのかい?」


「それは、ヴァイスの胸ポケットからくすねたものです」


「…………。なるほどね」



 ただ事実を列挙するだけで、それが意味することを察したセイラ。

彼もまた、ヴァイスという男が手にしているものが、ただの注文書なわけがないと理解したのだ。

そして立ち上がり、いつも指令を出す時に座っているデスクから、なにやら道具を取り出す。

エイダには、紫色に光る怪しい道具としか表現しようのないもの。



「不思議そうな顔をしてるね。これはブラックライトって道具さ。

 透明なインクで書かれた文字を見ることができる、秘密道具なのだ」


「なるほど。それによって、何かを隠していたと?」


「いや、ハズレだね。なにも浮き上がってこなかったよ」



 はははと笑うセイラ。普段見ない表情に、内心エイダは冷たいものを感じる。

ただ、彼がその手紙に関心を持ったのは、彼女にとっても幸運だった。



「では、他に何か……」


「さあね。多分暗号だろうけど、解読するには時間がかかるからね。

 だけど解読なんてしなくても、内容は察しが付くさ」


「つまり、あなたはゲームと小説というもので、その暗号を見たことがあるのですね?」


「いや、そうじゃないよ。宛先を見たんだ」


「宛先?」



 言われて封筒を見れば、あて先はロート連邦となっている。

ただのパン屋が、国外に材料を発注。それも個人では多いが、店としては普通の量だ。

国外への発注だとしても、1店舗ごとに発注するのは無駄が多い。

そのため、本来なら国内の専門業者を通すはずだと彼女も気づいていた。



「特別な材料のため、国以外へ発注していたのかと」


「ヴァイスが持っていたってこと、忘れてない?」


「その二つが、本当に関わりがあるのかも分かりませんでしたので」


「ま、確かにそうだね」



 へへへと笑いながら、彼は周囲の図形を別の紙に書き移す。

その様子を不思議そうにエイダは眺めていた。



「これは初歩的な暗号だろうね。ヴァイスが解読できるくらいには」


「初歩的?」


「多分文字を図形に置き換えただけの暗号さ。

 僕と令嬢が使う暗号とは比較できないほど、セキュリティが甘いね」



 すらすらと模様を書きながら、セイラは楽しそうに話す。

それはまるでパズルを与えられた男の子のようで、彼が平民セイラではなく、本当に異世界人の正良なのだと、エイダは再認識させられた。



「わたくしも暗号には詳しくないのですが……。

 ただあなたからの手紙を、お嬢様が本を片手に読んでいるのを何度か見ております」


「苦労してそうだね。いつも渡しているのは、僕の住んでいた世界でも破壊工作員スパイが使う手だからね」


「差し支えなければ、お嬢様に渡しているものがどのような暗号か、ご教授いただけますでしょうか」


「簡単なことだよ。ある本のページ数、行数、文字数を紙に書いて送るんだ。

 そこに書いてある文字を一文字ずつ拾い集めれば、あら不思議、文章ができあがるって寸法さ」


「なるほど……。その法則さえわかれば、わたくしでも解読できると。

 しかし、それではあの情報屋も解読できてしまいそうなものですが……」


「心配はいらないさ。鍵となる本が分からなければ、どんなに頭がよくたって解読しようがない。

 そしてその本は、この世界に2冊しかないのだからね」


「お嬢様が解読に使われている本は……」



 眉間にしわを寄せ、本を片手に苦労するエリヌスを思い出す。

その手にあった本とは、この世界の未来が書かれているという、セイラからもたらされた本だった。

ならば外部に暗号解読の方法が漏れたとして、鍵となる本を他所から入手することは不可能だ。

だからこそ絶対に安全。そう考えて、彼はこの暗号を採用したのだった。



「それで、暗号の話をしに来たんじゃないよね?

 その程度の話なら、御令嬢に聞いたっていい。

 わざわざ、大事な大事なお嬢様を魔法まで使って眠らせたんだ。

 僕に、どんな重大な話があるのかな?」


「まるで、わたくしの考えもお見通しのような言い振りで……」


「ん? 違った?」


「違ってなどいませんよ」



 薄寒い居心地の悪さを感じながらも、エイダは紅茶を一口飲むと、小さなため息を漏らしてから話だした。

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