長机に置かれた封筒に入った手紙を、セイラは手に取る。
中身は星や月、花などの装飾が周囲に施された手紙だった。
ただし内容は、その様相とは違い無機質なものだ。
「小麦粉10ケースにミルク5缶……。ナッツとドライフルーツ……」
「それは、あなたの暮らすパン屋の発注書かと思われます」
「だろうね。僕もなんどか見たことがあるよ。それで、これがどうしたんだい?」
「それはなにか、知られてはいけない情報なのかと……」
すっとセイラの目を見つめ、静かに言葉を放つエイダ。
ただの発注書に、なんの秘密があるんだと一蹴しかけたセイラは、その目で見つめられ口をつぐんだ。
「冗談を言うような人じゃないというのも知ってるけどさ。
ただ、こんなのを店から盗んで何がしたいのかな?」
「それは昼の間に手に入れたものです」
「だろうね。お昼に店に来てたらしいじゃないか」
「ええ。しかし、店から盗んだわけではありません」
「ほう? どこかに落ちていたのかい?」
「それは、ヴァイスの胸ポケットからくすねたものです」
「…………。なるほどね」
ただ事実を列挙するだけで、それが意味することを察したセイラ。
彼もまた、ヴァイスという男が手にしているものが、ただの注文書なわけがないと理解したのだ。
そして立ち上がり、いつも指令を出す時に座っているデスクから、なにやら道具を取り出す。
エイダには、紫色に光る怪しい道具としか表現しようのないもの。
「不思議そうな顔をしてるね。これはブラックライトって道具さ。
透明なインクで書かれた文字を見ることができる、秘密道具なのだ」
「なるほど。それによって、何かを隠していたと?」
「いや、ハズレだね。なにも浮き上がってこなかったよ」
はははと笑うセイラ。普段見ない表情に、内心エイダは冷たいものを感じる。
ただ、彼がその手紙に関心を持ったのは、彼女にとっても幸運だった。
「では、他に何か……」
「さあね。多分暗号だろうけど、解読するには時間がかかるからね。
だけど解読なんてしなくても、内容は察しが付くさ」
「つまり、あなたはゲームと小説というもので、その暗号を見たことがあるのですね?」
「いや、そうじゃないよ。宛先を見たんだ」
「宛先?」
言われて封筒を見れば、あて先はロート連邦となっている。
ただのパン屋が、国外に材料を発注。それも個人では多いが、店としては普通の量だ。
国外への発注だとしても、1店舗ごとに発注するのは無駄が多い。
そのため、本来なら国内の専門業者を通すはずだと彼女も気づいていた。
「特別な材料のため、国以外へ発注していたのかと」
「ヴァイスが持っていたってこと、忘れてない?」
「その二つが、本当に関わりがあるのかも分かりませんでしたので」
「ま、確かにそうだね」
へへへと笑いながら、彼は周囲の図形を別の紙に書き移す。
その様子を不思議そうにエイダは眺めていた。
「これは初歩的な暗号だろうね。ヴァイスが解読できるくらいには」
「初歩的?」
「多分文字を図形に置き換えただけの暗号さ。
僕と令嬢が使う暗号とは比較できないほど、セキュリティが甘いね」
すらすらと模様を書きながら、セイラは楽しそうに話す。
それはまるでパズルを与えられた男の子のようで、彼が平民セイラではなく、本当に異世界人の正良なのだと、エイダは再認識させられた。
「わたくしも暗号には詳しくないのですが……。
ただあなたからの手紙を、お嬢様が本を片手に読んでいるのを何度か見ております」
「苦労してそうだね。いつも渡しているのは、僕の住んでいた世界でも破壊工作員が使う手だからね」
「差し支えなければ、お嬢様に渡しているものがどのような暗号か、ご教授いただけますでしょうか」
「簡単なことだよ。ある本のページ数、行数、文字数を紙に書いて送るんだ。
そこに書いてある文字を一文字ずつ拾い集めれば、あら不思議、文章ができあがるって寸法さ」
「なるほど……。その法則さえわかれば、わたくしでも解読できると。
しかし、それではあの情報屋も解読できてしまいそうなものですが……」
「心配はいらないさ。鍵となる本が分からなければ、どんなに頭がよくたって解読しようがない。
そしてその本は、この世界に2冊しかないのだからね」
「お嬢様が解読に使われている本は……」
眉間にしわを寄せ、本を片手に苦労するエリヌスを思い出す。
その手にあった本とは、この世界の未来が書かれているという、セイラからもたらされた本だった。
ならば外部に暗号解読の方法が漏れたとして、鍵となる本を他所から入手することは不可能だ。
だからこそ絶対に安全。そう考えて、彼はこの暗号を採用したのだった。
「それで、暗号の話をしに来たんじゃないよね?
その程度の話なら、御令嬢に聞いたっていい。
わざわざ、大事な大事なお嬢様を魔法まで使って眠らせたんだ。
僕に、どんな重大な話があるのかな?」
「まるで、わたくしの考えもお見通しのような言い振りで……」
「ん? 違った?」
「違ってなどいませんよ」
薄寒い居心地の悪さを感じながらも、エイダは紅茶を一口飲むと、小さなため息を漏らしてから話だした。
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