悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

24友人

公開日時: 2021年10月20日(水) 21:05
文字数:2,087


「エイダさん、落ち着きましたかしら?」


「はい、少し……」



 本来見えないはずのヴァイスを強制的に認識させられたエイダは、かなり疲弊していた。

私にとっては別になんてことないものだから、ヴァイスにこんな重篤な被害を及ぼす能力があるとは、まさか考えていなかったのだ。



「だけど、まさか俺を見えるようにする方法があったとはな」


「適当に思いついただけですわ。それよりもあなた、どうして置いて行ったんですの!?

 それに、見つけた時どうして逃げようとしたんですの!?」


「あ……。いや、ほら……」


「なんですのよ? 怒らないから言ってみなさい」


「すでに怒ってるじゃん……」



 しまった……。怒らないと言いつつすでに怒ってるなんて、これでは母と変わらない。

私は問い詰めてやりたい気持ちをぐっとこらえ、笑顔で聞き直した。



「ん……。こほん……。理由を聞かせていただけますわね?」


「笑顔で言われるのは逆に怖い」


「どのみち答える気ないんですのね!?」


「いや、だから……」


「だからなんですの!?」



 結局怒ってしまったが、これはヴァイスが悪いと思う。

今でもそうだけど、自分に都合が悪くなると、いつもこうやってはぐらかすのだ。

けれど、彼はこの頃から嘘はつかなかった。むしろ、私以外との会話がほぼ成立しないせいで、嘘というものが理解できていなかったのかもしれない。

だからこそ、目を泳がせ、そして恥ずかしそうに白状したのだ。



「お前、俺といるより飴細工見てる方が楽しそうだったからさ……。

 だからなんか、悔しくなって、ちょっと困らせてやろうかなって」



 今思えば微笑ましいと思えるほどに、恥ずかしい理由だ。

ただの嫉妬心。まるで、赤ちゃんがかまって欲しくて泣くようなものだ。

それをごまかすこともなく、言葉にしてしまうのが、微笑ましくも恥ずかしい。


 けれど当時の私にとってみても、それは普通の感情であったし、理解できるものだった。

当時の私も同じ状況ならば、すねていたかもしれないから。



「…………。あなた、バカなの?」


「バカってなんだよ!?」


「バカバカしいことを言うのだから、バカでしょう?」


「なにがバカバカしいってんだよ!?」


「だってそうでしょう? あのね、あなたは大事なことを忘れていますわ」


「何を忘れてるって言うんだよ」


「あのね、何事も何を楽しむかじゃありませんの。誰と楽しむかですの。

 だから、あなたが居なければ、美しく姿を変える飴を見ていたって意味がありませんのよ。

 いいえ、おいしい屋台の料理だって、このお祭りだって、内緒で屋敷を抜け出したことだって……。

 なにもかも、なんの価値もないことですの」


「…………。なんだよそれ」



 黙って聞いていたヴァイスの口から出たのは、あきれたような、もしくは恥ずかしがっているような声だった。

今思えば、私も恥ずかしいことを口走ってしまったものだと思うけれど、それは今も変わらぬ本心だ。


 オズナ王子と別れてからは、なにをやっても楽しくなかった。

友人と呼べる人が居ないことが、これほど寂しいものだとは思っていなかった。

だから、一緒に居てくれる人がどれほど大切か。一緒に何かを楽しめる人が居るという幸せを、どれほど大切にしなければいけないか。

ほんの数十分もなかったほどの時間に、私はそれを思い知らされたのだ。



「はい、これはあなたへのプレゼントですわ」


「え?」



 私は、手に持っていた青いバラの飴細工を差し出す。

キラキラと冬の優しい日差しに輝く花を、ヴァイスは呆然と見つめていた。



「最初から、この飴はあなたに差し上げるつもりでしたの。

 だって、あなたでは飴のオーダーをできませんでしょう?

 だから、私がかわりに注文したんですの。

 こんなことになるなら、先に言っておけばよかったですわね。

 それに、花のデザインはお気に召しませんかしら?」


「いや、嬉しいよ。ありがとな」


「どういたしまして」



 ヴァイスは受け取るために、手に持っていたフライドポテトを口に流し込み、もぐもぐと言わせながら受け取った。本当に食い意地が張っているなんて思いながらも……。

きっと、彼の顔が赤く見えたのは、私の気のせいね。



「それじゃ、お店に戻りましょう。エイダさん、本当にありがとうございます。

 おかげで、無事見つけることができましたわ」


「いえいえ、わたしは何も……。今も、姿を見逃してしまいましたし……」


「あらら……」


「まあ、いつものことだ。気にしなくていいさ」



 ごくりと口に詰まったポテトを飲み干して、ため息と共に言葉を吐く。

気にしなくていいとは言いつつも、気にしていないとは言わないのよね。

当時の彼にとってみても、便利だと言いつつも悩ましい能力だったんでしょう。

今では……。まあ、知っての通りよ。


 そうして、三人でエイダの店まで帰れば、先ほどの人だかりは消えていた。

かわりに男が二人、エイダの父親に詰め寄っている姿が見えたのだ。

聞こえてくる言葉は、人気の屋台で技術を披露していた、先ほどまでの和気あいあいとした様子からは程遠いものだった。



「何かあったのかしら?」


「お前ら、俺の手を離すなよ?」



 ヴァイスの言葉は、このあと逃げることになるであろうと予想したものだった。

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