「エイダさん、落ち着きましたかしら?」
「はい、少し……」
本来見えないはずのヴァイスを強制的に認識させられたエイダは、かなり疲弊していた。
私にとっては別になんてことないものだから、ヴァイスにこんな重篤な被害を及ぼす能力があるとは、まさか考えていなかったのだ。
「だけど、まさか俺を見えるようにする方法があったとはな」
「適当に思いついただけですわ。それよりもあなた、どうして置いて行ったんですの!?
それに、見つけた時どうして逃げようとしたんですの!?」
「あ……。いや、ほら……」
「なんですのよ? 怒らないから言ってみなさい」
「すでに怒ってるじゃん……」
しまった……。怒らないと言いつつすでに怒ってるなんて、これでは母と変わらない。
私は問い詰めてやりたい気持ちをぐっとこらえ、笑顔で聞き直した。
「ん……。こほん……。理由を聞かせていただけますわね?」
「笑顔で言われるのは逆に怖い」
「どのみち答える気ないんですのね!?」
「いや、だから……」
「だからなんですの!?」
結局怒ってしまったが、これはヴァイスが悪いと思う。
今でもそうだけど、自分に都合が悪くなると、いつもこうやってはぐらかすのだ。
けれど、彼はこの頃から嘘はつかなかった。むしろ、私以外との会話がほぼ成立しないせいで、嘘というものが理解できていなかったのかもしれない。
だからこそ、目を泳がせ、そして恥ずかしそうに白状したのだ。
「お前、俺といるより飴細工見てる方が楽しそうだったからさ……。
だからなんか、悔しくなって、ちょっと困らせてやろうかなって」
今思えば微笑ましいと思えるほどに、恥ずかしい理由だ。
ただの嫉妬心。まるで、赤ちゃんがかまって欲しくて泣くようなものだ。
それをごまかすこともなく、言葉にしてしまうのが、微笑ましくも恥ずかしい。
けれど当時の私にとってみても、それは普通の感情であったし、理解できるものだった。
当時の私も同じ状況ならば、すねていたかもしれないから。
「…………。あなた、バカなの?」
「バカってなんだよ!?」
「バカバカしいことを言うのだから、バカでしょう?」
「なにがバカバカしいってんだよ!?」
「だってそうでしょう? あのね、あなたは大事なことを忘れていますわ」
「何を忘れてるって言うんだよ」
「あのね、何事も何を楽しむかじゃありませんの。誰と楽しむかですの。
だから、あなたが居なければ、美しく姿を変える飴を見ていたって意味がありませんのよ。
いいえ、おいしい屋台の料理だって、このお祭りだって、内緒で屋敷を抜け出したことだって……。
なにもかも、なんの価値もないことですの」
「…………。なんだよそれ」
黙って聞いていたヴァイスの口から出たのは、あきれたような、もしくは恥ずかしがっているような声だった。
今思えば、私も恥ずかしいことを口走ってしまったものだと思うけれど、それは今も変わらぬ本心だ。
オズナ王子と別れてからは、なにをやっても楽しくなかった。
友人と呼べる人が居ないことが、これほど寂しいものだとは思っていなかった。
だから、一緒に居てくれる人がどれほど大切か。一緒に何かを楽しめる人が居るという幸せを、どれほど大切にしなければいけないか。
ほんの数十分もなかったほどの時間に、私はそれを思い知らされたのだ。
「はい、これはあなたへのプレゼントですわ」
「え?」
私は、手に持っていた青いバラの飴細工を差し出す。
キラキラと冬の優しい日差しに輝く花を、ヴァイスは呆然と見つめていた。
「最初から、この飴はあなたに差し上げるつもりでしたの。
だって、あなたでは飴のオーダーをできませんでしょう?
だから、私がかわりに注文したんですの。
こんなことになるなら、先に言っておけばよかったですわね。
それに、花のデザインはお気に召しませんかしら?」
「いや、嬉しいよ。ありがとな」
「どういたしまして」
ヴァイスは受け取るために、手に持っていたフライドポテトを口に流し込み、もぐもぐと言わせながら受け取った。本当に食い意地が張っているなんて思いながらも……。
きっと、彼の顔が赤く見えたのは、私の気のせいね。
「それじゃ、お店に戻りましょう。エイダさん、本当にありがとうございます。
おかげで、無事見つけることができましたわ」
「いえいえ、わたしは何も……。今も、姿を見逃してしまいましたし……」
「あらら……」
「まあ、いつものことだ。気にしなくていいさ」
ごくりと口に詰まったポテトを飲み干して、ため息と共に言葉を吐く。
気にしなくていいとは言いつつも、気にしていないとは言わないのよね。
当時の彼にとってみても、便利だと言いつつも悩ましい能力だったんでしょう。
今では……。まあ、知っての通りよ。
そうして、三人でエイダの店まで帰れば、先ほどの人だかりは消えていた。
かわりに男が二人、エイダの父親に詰め寄っている姿が見えたのだ。
聞こえてくる言葉は、人気の屋台で技術を披露していた、先ほどまでの和気あいあいとした様子からは程遠いものだった。
「何かあったのかしら?」
「お前ら、俺の手を離すなよ?」
ヴァイスの言葉は、このあと逃げることになるであろうと予想したものだった。
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