悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

鉄の死神

01悪役令嬢失格

公開日時: 2021年12月13日(月) 21:05
文字数:2,180

 何度読み返しても、結果は同じ。

ページ数も、行数も、文字数も……。暗号解読のための数字は、すべてオズナ王子の終わりを告げていた。


 ため息と共に伸びをする。寝不足で隈のできた疲れ顔と、窓ガラスの反射越しに目が合った。

9月1日、朝7時。少し寒々しく感じるのは、秋めいてきたからか、もしくは私の心中か。



「お嬢様、おはようございます。

 本日は学園の始業式にございます。ご準備をお願いいたします」



 コンコンとノックのあと、静かで低い執事の声が部屋の中に届いた。

いつも隣にいるエイダは、今はいない。少し寂しく、心細い。

今までどれほど彼女に依存してきたか、私はこの数日で思い知らされたのだ。



「ええ、わかっているわ。入りなさい」


「失礼いたします」



 ため息混じりの返答をすれば、メイドが数人入ってくる。

そしてそれぞれの担当に分かれ、制服を着せられ、髪を結われ……。

いつもはエイダ1人でできる作業を、3人がかりで行われた。

私は何もしなくてもいい。けれどそれは同時に、私に無力感を与えた。



「きっと、何もしなかったからなのね……」


「お嬢様、どうかされましたか?」


「なんでもないわ」



 彼はあの時、確かに言っていた。悪役令嬢に徹しろと。

けれど私は、なにもしなかったのだ。少なくとも、悪役令嬢失格だった。

その結果は、数字の羅列となって私の手元に届いたのだ。


 静かに朝の準備は進み、朝食を食べ終え、馬車へと乗り込む。私を起しに来た執事も一緒だ。

おそらく彼もまた、他のメイドたちと同じように私に取り入り、いずれは私が嫁ぐ時、共に王宮へと入ろうという魂胆なのだろう。

エイダのいない今がチャンスだと、無駄に張り切っているのだから。

けれどその野望も、今日で潰えるというのにね。



『最終手段を取ることにしたでござる』



 暗号文を受け取った日の夜、私は地下の基地へと急いだ。

王子を亡き者にするなんて、到底許せなかったからだ。

けれどそこで語られた言葉に、私は何も言い返す事はできなかった。



『ゲームのエンディングのひとつに、王子を暗殺者から守るというものがあるのでござる。

 王位継承問題か、もしくは別の問題か。ゲームでは伏せられていたわけでござるが……。

 二学期の始業式、王子は暗殺者に狙われるという展開が用意されているのでござるよ』



 それはゲームの主人公であるセイラが、暗殺者による王子の狙撃をその身を盾にして防ぐというものだ。

その後重傷を負ったセイラは、王子の甲斐甲斐しい看病により回復し、二人は結ばれるのだという。



『一学期の間、王子はゲームに登場しないゆえ、救済処置としての最短エンディングのひとつでござる。

 そしてその暗殺者こそが、本来の“鉄の死神”なのでござる』



 私は本来別の人間に対する呼び名を、先に拝借していたにすぎない。

事実その者は、魔法によってその暗殺を実行するのだから、魔法を使えない私がそれを行うことは不可能なはずだった。

すでに世界は変わってしまっている、そう彼は言ったのだ。だから変えることを恐れず、望む方向へと導くのだと。



『オズナ王子は、特殊な攻略対象でござる。最短ルート以外に、何もしないだけでもエンディングにたどり着く相手でござる。

 他の攻略対象と接近する、もしくは明確に拒否しなければ、オズナ王子とのエンディングへと流れてしまう、トゥルーエンドと呼ばれる存在でござる。

 そのような強制力のある相手には、消えてもらう方が安全……。否、状況を考えるに、消えてもらう以外方法はないでござる』



 オズナ王子とのエンディング、それを妨害するのが私の役目。

夏休みの間も、二人の行動をチェックし、接近すれば引き離すよう工作する。

そうしてオズナ王子の気持ちが主人公へと向かわぬよう、表でも裏でも妨害するのが、本来の悪役令嬢、エリヌス・ラマウィの役目だったのだ。


 けれど私だって悪役令嬢として行動しなかったわけではない。

二人の出会うイベントというのは、彼からも、もしくはヴァイスからの情報でも入ってきていたのだから、うまく鉢合わせるようにして邪魔したりもしてきた。

けれど、私が王子に対する独占欲や、もしくは嫉妬心を持ち合わせていないばかりに、ゲームの私ほど効果的で、残忍な行動を取っていなかったのだ。



『その結果、最短エンディングのフラグが立ってしまったでござる。

 こちらが使える情報筋もまた、それに関して太鼓判を押すほどに。

 もはや、ここまで来たのなら止める方法はひとつ……。鉄の死神を利用するほかありますまい』



 食い下がる私に投げられた言葉は、ひどく冷たいものだった。

これは私の力不足が招いた結果。悪役令嬢失格の私は、オズナ王子を主人公から守れなかったのだ。

そしてその代償は、オズナ王子の命をもって支払われることとなる……。



「お嬢様、間もなく到着いたします。お荷物をお預かりしてもよろしいでしょうか?」



 めぐる思考の中に、いけ好かない執事の声が入ってきた。

古株の執事は有能だ。そして私に取り入り、より高みを目指そうとしている。

けれど彼は何も知らない。そんな当たり前のことが、私を苛立たせた。


 彼にはこのままエイダの代わりを務めあげ、評価されることしか見えていない。

今日一日で私だけでなく、学園に通う者達に認められ、気に入られ、優秀であると認識させることしか考えていない。

今日この日が、この国の歴史に残る重大な日になるということも知らずに……。

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