最悪の結末を招いたきっかけは、些細なものだった。
それは、夏休みの初めまで時をさかのぼることになる。
◆ ◇ ◆
7月の終わりが見えてくれば、学園も夏休みに入る。
思い返せば入学してからというもの、とんでもなく濃密な一学期だったものだ。
まさか学業と並行して、殺し屋なんてやることになるとは、思いもよらなかったもの。
忙しい日々だったけれど、夏休みに入ってしまえば楽になるだろう。
学業の方が止まれば、秘密の仕事の方に専念できるのだから。
けれど、地下室で告げられたのは、思いもよらぬ言葉だった。
「夏休みということで、こちらの仕事もお休みするでござる」
「え? なぜですの!? 今なら、自由に動ける時間も取りやすいですのに!」
「だからこそにござるよ。
休みだからと多くの標的を処理してしまえば、相手に学生だと気付かれかねないでござる。
それになにより、ヴァイス殿も休みなら、いつもより活発に動くはずでござる。
嗅ぎつけられないよう、慎重に動く方が得策でござろう?」
「それはそうかもしれませんが……」
ごにょごにょと早口の、いつもの喋りで捲し立てられる。
言っていることはもっともなのだけど、なんだか釈然としない。
つまり、学生ならば忙しくて動けないであろう時ほど、夜の仕事も増えるということ。
これは、かなり負担が大きくなりそうな予感がするわ……。
「ま、そんな顔をしないで欲しいでござる。
別に令嬢は、動くマトでないと満足できないわけではないでござろう?
夏休みは、好きな時に射撃場を使える、ボーナスタイムでござるよ」
「と言っても、夜にしか使えないのですけどね。さすがに、昼に屋敷を抜け出すことはできませんもの」
「こればっかりは、仕方ないでござるよ。それに令嬢の夏休みは、休めるとも思えませぬからな」
「あら? 昼の用事なんて、なにかあったかしら?」
「もしかして、オズナ王子のこと忘れてるでござるか?」
「ああ……。そう言えば、夏休み中に帰国する予定でしたわね」
オズナ王子、それは仮想敵国であるロート連邦へ、留学している人物だ。
しかしその実情は、人質のようなものであり、彼が留学することで、こちらからは戦争を仕掛けないという証としている。
もちろんその目的の他に、世話する人間ということになっている、スパイを入国させるための方便でもある。
まったく外交とは、握手しながら足を踏むようなものね。
あ、あとついでに、彼は私の許嫁ということになっている。
こっちはどうせ解消される話だから、どうでもいいわ。
「彼のことは、そちらにお任せするつもりでしてよ?」
「いやー、その件は保留すると決めたでござろう?
それに、帰国してすぐ王子と拙者が出会うわけではないので、それまでは令嬢が相手することになっているでござるよ」
「面倒ですわね……。どうせ、私の元から去ってしまう方だというのに……」
「そうぞんざいに扱わないであげてほしいでござる。
これでも彼は、ゲームではメインを張っている攻略対象でござるよ?」
「ならばなおさら、そのゲームというものの主人公であるあなたが、彼の面倒を見るべきではなくて?」
「おかしいでござるな……。悪役令嬢と主人公が王子を取り合うはずが、押し付けあってるでござる……」
「ご希望なら、ラッピングも承りますわよ」
「リボンで簀巻き状態にされた王子が、一瞬脳裏に浮かんだでござる……」
「ともかく、彼のことはあなたに任せますわ。私は、ゲームというものの話は知りませんもの。
どのように振る舞うのが一番良いか、それは未来を知るあなたの方がよくご存知でしょう?」
「むむむ……。知っていても、難しいものは難しいんでござるよ……」
彼は、デスクに頬杖をつきながら唸る。
それも致し方ないこと。今を変えてしまうと、知っている未来と大きく乖離してしまうこともある。
だからこそ、望む方向に変えたいが、大きく外れるわけにもいかないのだ。
そのための微妙な調整に、彼はずっと頭を悩ませていた。
「ともかく、私は指示があるまでは好きにさせていただきますわ。
せっかくこんなに楽しい武器がいっぱいあるんですもの、夏休みで全制覇したいものですわね!」
「令嬢は楽しそうでいいでござるなぁ……。
まま、やることが決まったら、いつも通りの手紙で伝えるでござる」
「はいはい。よろしくお願いたしますわね」
話半分で聞き流しながら、私は武器庫の冷たく重い扉を開いていた。
中に立てかけられた、数々の銃を選びながら、夏休みが楽しいものになると信じていたのだ。
けれど、その後の彼の決断に、私は悩むことになる。
そんな未来を、その時の私は当然知るはずもなかった。
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