悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

02スナイパーの夏休み

公開日時: 2021年8月30日(月) 21:05
文字数:1,870

 最悪の結末を招いたきっかけは、些細なものだった。

それは、夏休みの初めまで時をさかのぼることになる。




 ◆ ◇ ◆ 




 7月の終わりが見えてくれば、学園も夏休みに入る。

思い返せば入学してからというもの、とんでもなく濃密な一学期だったものだ。

まさか学業と並行して、殺し屋なんてやることになるとは、思いもよらなかったもの。


 忙しい日々だったけれど、夏休みに入ってしまえば楽になるだろう。

学業の方が止まれば、秘密の仕事の方に専念できるのだから。

けれど、地下室で告げられたのは、思いもよらぬ言葉だった。



「夏休みということで、こちらの仕事もお休みするでござる」


「え? なぜですの!? 今なら、自由に動ける時間も取りやすいですのに!」


「だからこそにござるよ。

 休みだからと多くの標的を処理してしまえば、相手に学生だと気付かれかねないでござる。

 それになにより、ヴァイス殿も休みなら、いつもより活発に動くはずでござる。

 嗅ぎつけられないよう、慎重に動く方が得策でござろう?」


「それはそうかもしれませんが……」



 ごにょごにょと早口の、いつもの喋りで捲し立てられる。

言っていることはもっともなのだけど、なんだか釈然としない。

つまり、学生ならば忙しくて動けないであろう時ほど、夜の仕事も増えるということ。

これは、かなり負担が大きくなりそうな予感がするわ……。



「ま、そんな顔をしないで欲しいでござる。

 別に令嬢は、でないと満足できないわけではないでござろう?

 夏休みは、好きな時に射撃場を使える、ボーナスタイムでござるよ」


「と言っても、夜にしか使えないのですけどね。さすがに、昼に屋敷を抜け出すことはできませんもの」


「こればっかりは、仕方ないでござるよ。それに令嬢の夏休みは、休めるとも思えませぬからな」


「あら? 昼の用事なんて、なにかあったかしら?」


「もしかして、オズナ王子のこと忘れてるでござるか?」


「ああ……。そう言えば、夏休み中に帰国する予定でしたわね」



 オズナ王子、それは仮想敵国であるロート連邦へ、留学している人物だ。

しかしその実情は、人質のようなものであり、彼が留学することで、こちらからは戦争を仕掛けないという証としている。

もちろんその目的の他に、世話する人間ということになっている、スパイを入国させるための方便でもある。

まったく外交とは、握手しながら足を踏むようなものね。


 あ、あとついでに、彼は私の許嫁ということになっている。

こっちはどうせ解消される話だから、どうでもいいわ。



「彼のことは、そちらにお任せするつもりでしてよ?」


「いやー、その件は保留すると決めたでござろう?

 それに、帰国してすぐ王子と拙者が出会うわけではないので、それまでは令嬢が相手することになっているでござるよ」


「面倒ですわね……。どうせ、私の元から去ってしまう方だというのに……」


「そうぞんざいに扱わないであげてほしいでござる。

 これでも彼は、ゲームではメインを張っている攻略対象でござるよ?」


「ならばなおさら、そのゲームというものの主人公であるあなたが、彼の面倒を見るべきではなくて?」


「おかしいでござるな……。悪役令嬢と主人公が王子を取り合うはずが、押し付けあってるでござる……」


「ご希望なら、ラッピングも承りますわよ」


「リボンで簀巻き状態にされた王子が、一瞬脳裏に浮かんだでござる……」


「ともかく、彼のことはあなたに任せますわ。私は、ゲームというものの話は知りませんもの。

 どのように振る舞うのが一番良いか、それは未来を知るあなたの方がよくご存知でしょう?」


「むむむ……。知っていても、難しいものは難しいんでござるよ……」



 彼は、デスクに頬杖をつきながら唸る。

それも致し方ないこと。今を変えてしまうと、知っている未来と大きく乖離してしまうこともある。

だからこそ、望む方向に変えたいが、大きく外れるわけにもいかないのだ。

そのための微妙な調整に、彼はずっと頭を悩ませていた。



「ともかく、私は指示があるまでは好きにさせていただきますわ。

 せっかくこんなに楽しい武器オモチャがいっぱいあるんですもの、夏休みで全制覇したいものですわね!」


「令嬢は楽しそうでいいでござるなぁ……。

 まま、やることが決まったら、いつも通りの手紙で伝えるでござる」


「はいはい。よろしくお願いたしますわね」



 話半分で聞き流しながら、私は武器庫の冷たく重い扉を開いていた。

中に立てかけられた、数々の銃を選びながら、夏休みが楽しいものになると信じていたのだ。


 けれど、その後の彼の決断に、私は悩むことになる。

そんな未来を、その時の私は当然知るはずもなかった。

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