悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

フレックス事件(3)

公開日時: 2021年7月3日(土) 02:05
更新日時: 2021年7月9日(金) 21:57
文字数:2,283

 あの夜耳に届いた言葉を、私は忘れることは無いだろう。



『この世界はゲームだ。そして君は、悪役令嬢。

 主人公と、6人の攻略対象との間に立ち塞がり、行くてを阻む者』



 突然のことに、言葉を発した者を見つめ、硬直していた。

そんな私のことを置き去りに、相手は言葉を続ける。



『もし、かの6人の誰かと主人公がエンディングを迎えれば、この国は変わることなく腐敗し続け、近く破滅する。

 唯一の破滅を回避する方法は、主人公と6人の男を破滅させ、君が主役の“バッドエンド”を迎えることだ。

 そのためには、シナリオ通り動いてもらわねば困る。バッドエンドへの道筋は、変えてはならないのだ』



 思い出される言葉が頭を巡り、決意を新たにした。

必ず、この国を救ってみせる。そして、良いものへと変えてみせる、と。


 だから私は演じなければならない。

悪役を、ストーリー通りの悪事とともに。



「いかがかしら? お手洗いフレーバーのサンドイッチのお味は」


「ムグッ! んんん……!!」



 昼休み手洗い場で、落としたサンドイッチを無理やりセイラの口に押し込んだ。

涙目になりながらも、エイダに押さえつけられ、抵抗できず、なされるがまま受け入れている。

これも必要なこと。そう言い聞かせてもなお、罪悪感が募ってゆく……。

などということはなかった。


 ただただ気持ち悪い女が、気持ち悪い表情を晒しているだけだ。

そこに私の感情などありはしない。



「おー。やってるねぇ、エリーちゃん?」


「ヴァイス!? あなた、ここをどこだとお思いで!?」


「え? 女子トイレだろ?」


「しれっと男が入ってくるんじゃありませんわよっ!!」



 勢いよく脇腹を蹴ってやれば、朝と同じく、避けることもできずヴァイスは無様にうずくまる。



「今日は……。白……」


「蹴られながら、スカートの中チラ見してんじゃありませんわっ!!」



 ついでに踵落としを入れてやった。



「今度はモロ見え……。てか、見えるような攻撃すんな……」



 ガクッと力なく倒れるが、それでも情報収集は怠らない。本当にこの男は……。

私の下着の色などという情報は、いったいいくらになるというのだろうか……。



「で? なんの用ですの?

 まさかここであったことを、弱みにできるとお思いではないでしょうね?」



 ぐりぐりと頭を踏みつけながら言えば、情けない声で反応した。



「そんな公然の秘密、ネタにならねえ……。

 てか、踏みつけるのやめて……」


「それじゃ、なんですの?」


「朝の続きだ……」


「!」



 さっと足を外し、ヴァイスを立たせる。

ぐいっと引っ張り上げたが、この男、思った以上に軽い。

存在感と共に、質量もどこかへ置き去りにしたかのようだ。



「それを早く言いなさい!」


「言わせなかったくせに」


「場所を変えますわよ!」


「はいはい」


「エイダ、あとの処理は任せましたわ」


「かしこまりました、お嬢様」



 指示をとばせば、セイラは恨めしく睨んでいた。

言葉はなくとも、手は自らの服の袖を強く握り締め、怒りを表している。

意外ね、ちゃんと感情があったなんて。人形かと思っていたわ。



「なんですの? まだ食べ足りないのかしら?

 欲しがれば、まだもらえると思っているなんて、本当に卑しいですわね!

 私の慈悲に甘えるんじゃありませんわよ!」



 その言葉を残し、ヴァイスの手を引き私は手洗い場を去る。

悪役令嬢というのも、楽じゃないわ。



「しっかし、エリーちゃんもエグいねぇ……」


「なんですのよ!?」


「前はあんなに仲良しだったじゃ……」


「あなた、もう一度踏まれたいのかしら?」


「あっ……。なんでもないっす……」



 ヴァイスは口をつぐむ。身の危険を感じたのだろう。

口は禍の元。沈黙は金。情報屋は喋ることよりも、何を言わないでおくかが大事らしい。

そんなことを、彼が昔言っていたのを思い出す。

思い出とも言い難い何かを思い出しつつ、早足で歩き続けた。


 何を言わないでおくか、それはつまり、誰に聞かせたくないかと同義だ。

今回の話も、多くの人に言って回る内容ではないはず。

なので人のいない場所と考え、二人で礼拝堂へと入り、戸の鍵を下ろす。

中は重苦しいほどに静かな空気が流れ、ステンドグラスが陽の光にきらめいていた。



「それで、朝の続きを聞いてもよろしいかしら?」


「はぁ……。お前はホント、勝手だよなぁ……。

 まあいい。朝の事件、色々調べておいたぜ。

 殺されたヤツは、他にも裏で黒いことやってたようだな。

 んで、その取引してる相手とのパーティー中にやられたらしい」


「襲撃ではなく、暗殺ですわね。鉄の死神は、今までも暗殺ばかりのようですし。

 それで犯人は、その取引相手の息のかかった者かしら?」


「わからんが、ありうるな。裏切り、もしくは口封じの可能性もある。

 ま、推測はやめておこう。事実だけを並べよう」


「ですわね」


「どうやら、鉄の死神は外からやったらしい。

 窓ガラスに、鉄の玉と同じ大きさの穴が空いていたんだとよ」


「鉄の玉を打ち込む魔法が、そんなに遠くから?」


「普通の魔法じゃ、んなのは無理だ。だから、かなり高度な魔術師だろう。

 これで犯人はかなり絞れるし、それほどの魔法なら、妨害結界でちょっと邪魔すりゃ防げるだろうな」


「えぇ。高度魔法ほど、妨害には弱いですものね」


「対象との距離が遠けりゃ、なおさらな」


「私の屋敷にも、結界を用意させますわ。

 あなた、多少は役に立ちますのね」


「そりゃどうも」


「報酬は……」


「待て待て、他にも情報が……。ん?」



 ヴァイスの言葉が止まる。ふいと向けられた視線に、同じように私もそちらを見つめた。

彼が話を途中で止めた理由はすぐにわかった。

並ぶ長椅子の列の中、そこには見慣れぬ女生徒が一人、気まずそうな顔でこちらを見ていたのだ。

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