立ち上る黒い煙を見た瞬間、最悪の事態が脳裏をよぎる。あの方向は……。
授業の終わりを知らせるベルの音と共に、私は駆け出した。
もし、また同じように火が上がったなら、今度こそダメかもしれない。
そもそも、わざと火をつける相手なら、火を消せないように細工するはずだ。
だって、前は商店街の人みんなで消しとめたんだもの。
次は同じ失敗をしないように、なにか細工するはず……。
その予想は的中してしまう。
到着した時には、すでに火は燃え広がっていた。
みんな必死に水魔法を使うけれど、前よりずっと勢いが弱い。それに、人数だって少ない。
その中に、前に私を介抱してくれた、金物屋さんのおじさんがいた。
「くそっ……。これ以上は無理だ」
「わっ、私も手伝います!」
「お前はこの前の……。また来てくれたのか。だが火の勢いが強すぎる。
それよりも、避難するのを手伝ってやってくれ」
「でもっ! これじゃ、みんな燃えちゃいますよ!?」
「家なんざ、また建てりゃいい。だが、人間はそうはいかねえ。
だからよ、そっちを優先して欲しいんだ。
それに、今は魔法を使えるヤツが少ねえんだ。火の勢いに押し負ける前に逃がさねえと」
「わかりました! そのあとすぐに応援呼んできますんで、なんとか耐えてください!」
「おう、まかせとけ!」
言葉を交わしたあと、私はまだ燃え広がっていない場所へと走る。
全ての建物に対し火事であることを伝え、逃げ遅れた子供やお年寄りの避難を手伝う。
買い物に来ていた人たちも手伝ってくれて、なんとか避難を終わらせれば、すでに炎は、私たちの寸前のところまで迫っていた。
そして炎の行き先には、カノさんのパン屋が見える。
このままでは、店まで燃えてしまう……。そう思い至った時、当人であるカノさんが現れた。
「ミーちゃん! 他に逃げ遅れたヤツはいるか!?」
「大丈夫です! 避難は終わりました! けど、このままじゃ店が……!」
「ちっ……。アイツら、俺の店まで狙いやがったか……。命知らずなやつらめ……」
「私、水魔法で……」
火を消すのを手伝う、そう言いかけた瞬間、周囲がどっと暗くなる。
何が起こったのかと空を見上げれば、あれほど晴れ渡っていた空は、真っ黒な雲で覆われていた。
そして次の瞬間、大粒の雨が桶をひっくり返したかのように降ってきたのだ。
「なっ!? なんです!?」
「これは……。魔法で出した雨だな……。
しかし、こんな強烈な魔法、並大抵の魔術師じゃ無理だぞ」
痛いほどの雨粒に叩きつけられながら、私たちは呆然と雨雲を仰いだ。
突然の出来事に、雨を避けることも、服が濡れることにも気に留めずに。
たった数分の大雨。夕立よりも激しく、短い雨。
けれど、それだけで商店街を呑まんとしていた炎は、あっという間に消えてしまった。
これが才能の差か、なんて感慨にひたるのもバカらしくなるほどの、強力な魔法だった。
「いったい、こんな魔法誰が……」
「さあな。けど、助かったのは確かだ。それでいい」
「そうですね……」
「とりあえず、火元の方へ行こうか。片付けの手伝いも要るだろうからな。
っとその前に、店にタオルを取りに戻ろうか。他の奴らだって、びしょ濡れだろうし」
「はい。タオル運ぶの手伝いますね」
「ああ、ありがとな」
そうしてカノさんの店へと行くと、先に着替えるようにと服を出してもらった。
当然だけど、私の服じゃない。セイラさんの私服だ。
少し、胸のあたりがキツいけど、もちろんそんなこと言うつもりはないよ。
我流体術の実験台にされてしまいかねないからね。それも無表情で。
そんな少し動きにくい格好で、私とカノさんはタオルを紙袋に詰め、火元へと向かう。
その途中、出火当時の様子をカノさんは話してくれた。
「今回も見回りしてたんで、発見は早かったんだがな……。
魔法適正のあるヤツが少なくて、消火が間に合わなかったんだ」
「それは、どうしてですか?」
「緊急の魔力検査をするってんで、Bランク以上のヤツがしょっぴかれたのさ。
役人が言うには、前の火事の出火原因が魔法によるものだってことなんで、その捜査の一環とかなんとか。
もちろん、んなこと信じるバカは居ねえ。けど、嘘だという証拠もねえ。
だから、みんな大人しく従うしかなかったのさ」
「あぁ……。それで拒否すれば、犯人と思われちゃいますもんね」
「そうだ。で、このザマってわけさ。結局、上の奴らは全員グルなんだろうな」
「まあ、順当に考えてそうでしょうね……」
確か、貴族が屋敷を建てるためにやってるって話だったから、その貴族が手を回したってことでいいのかな?
貴族とは聞いたけど、誰とまでは聞いてないから分からないし……。
捜査員に指示できるような人なのは確かよね。
うーん、貴族関係のことは詳しくないからよくわかんないな……。
きっとヴァイスなら、すでにあたりを付けてると思うんだけど、彼は止められなかったのかな……。
まあ、昨日の今日の話だし、あの人が気持ち悪いスキル持ってるからって、なんでもできるとは限らないもんね。
きっと今頃、彼なりに動いているはず……。
ん? それなら、彼がこの現場に居たっておかしくないはずなんだけど……。
そんな風に考えながら、消火作業で濡れてしまった人たちに、私とカノさんはタオルを配って回っていた。
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