悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

13大火と大雨

公開日時: 2021年7月27日(火) 21:05
文字数:2,124

 立ち上る黒い煙を見た瞬間、最悪の事態が脳裏をよぎる。あの方向は……。


 授業の終わりを知らせるベルの音と共に、私は駆け出した。

もし、また同じように火が上がったなら、今度こそダメかもしれない。

そもそも、わざと火をつける相手なら、火を消せないように細工するはずだ。

だって、前は商店街の人みんなで消しとめたんだもの。

次は同じ失敗をしないように、なにか細工するはず……。


 その予想は的中してしまう。

到着した時には、すでに火は燃え広がっていた。

みんな必死に水魔法を使うけれど、前よりずっと勢いが弱い。それに、人数だって少ない。

その中に、前に私を介抱してくれた、金物屋さんのおじさんがいた。



「くそっ……。これ以上は無理だ」


「わっ、私も手伝います!」


「お前はこの前の……。また来てくれたのか。だが火の勢いが強すぎる。

 それよりも、避難するのを手伝ってやってくれ」


「でもっ! これじゃ、みんな燃えちゃいますよ!?」


「家なんざ、また建てりゃいい。だが、人間はそうはいかねえ。

 だからよ、そっちを優先して欲しいんだ。

 それに、今は魔法を使えるヤツが少ねえんだ。火の勢いに押し負ける前に逃がさねえと」


「わかりました! そのあとすぐに応援呼んできますんで、なんとか耐えてください!」


「おう、まかせとけ!」



 言葉を交わしたあと、私はまだ燃え広がっていない場所へと走る。

全ての建物に対し火事であることを伝え、逃げ遅れた子供やお年寄りの避難を手伝う。


 買い物に来ていた人たちも手伝ってくれて、なんとか避難を終わらせれば、すでに炎は、私たちの寸前のところまで迫っていた。

そして炎の行き先には、カノさんのパン屋が見える。

このままでは、店まで燃えてしまう……。そう思い至った時、当人であるカノさんが現れた。



「ミーちゃん! 他に逃げ遅れたヤツはいるか!?」


「大丈夫です! 避難は終わりました! けど、このままじゃ店が……!」


「ちっ……。アイツら、俺の店まで狙いやがったか……。命知らずなやつらめ……」


「私、水魔法で……」



 火を消すのを手伝う、そう言いかけた瞬間、周囲がどっと暗くなる。

何が起こったのかと空を見上げれば、あれほど晴れ渡っていた空は、真っ黒な雲で覆われていた。

そして次の瞬間、大粒の雨が桶をひっくり返したかのように降ってきたのだ。



「なっ!? なんです!?」


「これは……。魔法で出した雨だな……。

 しかし、こんな強烈な魔法、並大抵の魔術師じゃ無理だぞ」



 痛いほどの雨粒に叩きつけられながら、私たちは呆然と雨雲を仰いだ。

突然の出来事に、雨を避けることも、服が濡れることにも気に留めずに。


 たった数分の大雨。夕立よりも激しく、短い雨。

けれど、それだけで商店街を呑まんとしていた炎は、あっという間に消えてしまった。

これが才能の差か、なんて感慨にひたるのもバカらしくなるほどの、強力な魔法だった。



「いったい、こんな魔法誰が……」


「さあな。けど、助かったのは確かだ。それでいい」


「そうですね……」


「とりあえず、火元の方へ行こうか。片付けの手伝いも要るだろうからな。

 っとその前に、店にタオルを取りに戻ろうか。他の奴らだって、びしょ濡れだろうし」


「はい。タオル運ぶの手伝いますね」


「ああ、ありがとな」



 そうしてカノさんの店へと行くと、先に着替えるようにと服を出してもらった。

当然だけど、私の服じゃない。セイラさんの私服だ。

少し、胸のあたりがキツいけど、もちろんそんなこと言うつもりはないよ。

我流体術の実験台にされてしまいかねないからね。それも無表情で。


 そんな少し動きにくい格好で、私とカノさんはタオルを紙袋に詰め、火元へと向かう。

その途中、出火当時の様子をカノさんは話してくれた。



「今回も見回りしてたんで、発見は早かったんだがな……。

 魔法適正のあるヤツが少なくて、消火が間に合わなかったんだ」


「それは、どうしてですか?」


「緊急の魔力検査をするってんで、Bランク以上のヤツがしょっぴかれたのさ。

 役人が言うには、前の火事の出火原因が魔法によるものだってことなんで、その捜査の一環とかなんとか。

 もちろん、んなこと信じるバカは居ねえ。けど、嘘だという証拠もねえ。

 だから、みんな大人しく従うしかなかったのさ」


「あぁ……。それで拒否すれば、犯人と思われちゃいますもんね」


「そうだ。で、このザマってわけさ。結局、上の奴らは全員グルなんだろうな」


「まあ、順当に考えてそうでしょうね……」



 確か、貴族が屋敷を建てるためにやってるって話だったから、その貴族が手を回したってことでいいのかな?

貴族とは聞いたけど、誰とまでは聞いてないから分からないし……。

捜査員に指示できるような人なのは確かよね。


 うーん、貴族関係のことは詳しくないからよくわかんないな……。

きっとヴァイスなら、すでにあたりを付けてると思うんだけど、彼は止められなかったのかな……。

まあ、昨日の今日の話だし、あの人が気持ち悪いスキル持ってるからって、なんでもできるとは限らないもんね。


 きっと今頃、彼なりに動いているはず……。

ん? それなら、彼がこの現場に居たっておかしくないはずなんだけど……。

そんな風に考えながら、消火作業で濡れてしまった人たちに、私とカノさんはタオルを配って回っていた。

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