悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

25猫の長

公開日時: 2022年5月20日(金) 21:05
文字数:2,154

 言葉を理解する前に体が動いていた。ただただ目の前の男が、明らかにおかしいことを言っている。

頭で言葉をかみ砕く前に、本能的にそう感じたんだと思う。

感情はその後に、置いてけぼりにされながらもあとでついてきて、私の顔を熱くさせるだけだった。



「アンタっていっつもそうよね! へらへらと分かったような顔しておいて、結局最後は自分がどうなってもいいとか思ってたってワケ!?

 そんなに鉄の死神を捕まえるのが大事!? アンタっていつから憲兵になったって言うのよ!?」


「うっせぇな! お前にゃ関係ねえだろ!」


「関係あるわよ! 私だって、首突っ込んじゃったのよ! もう後戻りはできないの!

 鉄の死神に顔も見られちゃったし、これからどうなるか分かんないのよ!?」


「それはお前が勝手に!」


『にゃーん』


「へっ?」



 ヒートアップする私たちの言葉を縫うように、気の抜けた鳴き声が差し込まれる。

張り詰めた空気が一気にしぼむような、本当にやる気のない声だ。

その声の主へと視線を落とせば、私たちの足元でのんびりと顔を洗い、毛づくろいをする黒猫の姿があった。



『お二方とも、そうカッカするもんじゃありやせんぜ。

 アツくなっている時、本当に大切なものというのが見えなくなるもんでごぜえやす』


「でもっ……!」


『一度深呼吸を。ゆっくり息を吸って』


「スゥー……」



 言われるがまま、めいっぱい息を吸い込む。

そんな私を、エージェントNの言葉が分からないヴァイスは、ぽかんとした表情を浮かべて眺めていた。



『そのまま呑み込んで』


「げほっげほっ……。そこは息を吐くって言うところでしょ!?」


『ちょっとした冗談、キャッツジョークにごぜえやすよ』


「もう……」



 なんだかそんな冗談に乗せられてしまえば、バカバカしくなってくる。でも少し、おかげで冷静になれていた。

すっとしゃがみこんで頭を撫でてやれば、金色に光る瞳を閉じて、ゴロゴロと喉を鳴らしている。



「お前……、いきなりなんだよ」


「ん-? なんかバカみたいなことに怒ってるより、猫撫でてた方が有意義だなって」


「なっ……!? 誰がバカだ誰が!」


「そうやってムキになる人とかー?」


「…………。さっきまでのお前もだろ」



 負け惜しみのようにヴァイスはぼそっと呟いた。以外にもコイツは、引かれる方が弱いらしい。

まあ、普段は今回みたいにヴァイスが突っかかってくる方が少ないんだけどね。



『ところでお嬢、この若造と少々話をさせてはいただけやすでしょうか』


「へ? ヴァイスと?」


『ええ。この者がお嬢に仕事をさせているというのならば、あっしも見過ごせやしませんのでね』


「まぁ……、いいけど……」


「んだよ?」


「エージェントNが話をしたいんだって。通訳するね」



 突然のエージェントNからの言葉に少々戸惑いながらも、私は凛々しい目をした猫の言葉の通訳を始める。



『ヴァイスと言ったか。お嬢がいつも世話になっておりやす』


「お、おう」


『今回のミッションも、あっしともう一羽のエージェントが関わっているがゆえ、どのような者が裏に居るのかと気になっておりやした』


「そうか。で、俺に聞きたいことがあるんだろ?」


『結論を急ぐお方だ。しかし、それもまた当然でありやしょう。

 あっしが気になったのは、そちらさんに取っちゃあ今回の事件、起きて当然といった様子。

 そして聞くところによれば、あの謎の魔法を使う者は、再び事件を起こすという話ではごぜぇやせんか。

 でしたらば、今回証拠集めを急ぐ必要もなく、次の機会を逃さぬよう準備すればいいだけの話にございやしょう』


「なにが言いたい」


『そちらさんの様子を見るに、相当焦りの色が見て取れやす。

 命を賭けてでも証拠となる物を集めるなど、そうとしか考えられやしませんかい?

 あっしはただ、何をそんなに焦っているのか、それをお聞かせ願いたいのですぜ』


「…………」



 ヴァイスはエージェントNの言葉に口ごもる。それは図星を突かれたからだろうか。

けれど私にとって猫の発した疑問は、意表を突かれたものだった。


 私にとってヴァイスは、いつも飄々としていて、誰にも邪魔されず、もしくは誰にも認識されず……。やりたいようにやっている人物に映っていたからだ。

だから焦りとか戸惑いとか、もしくは感情自体ないのかとさえ疑っていたほどだ。


 そんなヴァイスを追い詰めるほどのもの、それがあるのではないかとこの小さな愛玩動物は見抜いているのかと、驚いたのだ。



「俺が焦ってるわけ……」


『おや、初めて“嘘をつく人間の仕草”が現れましたな』


「なっ……」


『あっしはこう見えて、多くの人間という生き物を近くで見てきやした。

 そちらさんの焦りも、隠したいなにかがあることも、養われた観察眼は見抜いてしまうのでごぜぇやす』


「…………」


『嘘をつくも結構。誤魔化すのも結構。けれどそれは、信頼を損なってまで隠すものでありやしょうか。

 いえ、むしろそれほどのものであるのなら、それがあるという情報を得られただけで、こちらとしては十分とも言えやしょう』


「答えても答えなくとも、あるってことにされんのか」


『なにもなければ、隠す必要などごぜぇやせんから、そうなりやしょう』


「ははっ……。参ったな」



 猫の言葉で追い詰められるヴァイスはころころと表情を変えている。

しかし最後には観念したのか、白旗の代わりにやる気なく両手を挙げ、降参を示した。

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