悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

20人だかりを割って

公開日時: 2021年10月11日(月) 21:05
文字数:2,111

 初めての買い物をうまくやり遂げた私は、上機嫌でソーセージを頬張っていた。

それに余計な口を挟むのが、ヴァイスという男だ。



「お前さ、いらないっていってなかったか?」


「あら? そうでしたかしら?

 それに、おまけでくださったんですもの。無下にはできませんわ」


「ふーん。まあ、それならいいんだけどさ」



 今思えば、言ってることとやっていることがちぐはぐなのだが、その時の気持ちによって食欲というか、食べたいか食べたくないかが変わるのだから仕方がない。

それはすなわち、屋敷での食事は無意識にストレスを受けていたということの裏返しだ。

そのことに気付くのは、ずっと先のことだったけれど。


 仲良く手を繋いで祭りの喧騒を歩けば、誰からも見つかることはない。

けれどなぜか、誰ともぶつかることもなかった。

ふと横を見れば、それがさも当然のようなヴァイス。

見えなくなるだけでなく、彼の周囲には結界が張られているような光景だった。



「あなた、本当にすごいのね」


「なにが?」


「見えなくなるだけじゃなくて、他の人が避けていくんですもの」


「すごいか……。そりゃ、誰にも捕まらないのは便利かもしれないけど……」


「けど、なんですの?」


「いや、別に……」



 彼にとってはそれが普通であり、特段すごいことではない。

むしろ、本人にとってはデメリットでさえあったのだ。

けれど、私はそれを完全には理解していなかったし、今でもその辛さは、想像の域から脱していない。



「途中まで言ってやめるなんて、気になるじゃありませんの」


「便利だからいいだろ? なんなら、あの人だかりだって一番前に出られるぜ?」



 指差す先には、同じように屋台のテントがある。

けれど他の店とは違い、何屋か書いてある垂れ幕が見えないほどに、分厚い人の壁が形成されていたのだ。

人通りが多いだけの道とは違い、壁は「蟻一匹通さぬほどに」という慣用句が文字通りその場に現れたようで、子供であっても足元をすり抜けるなんて到底無理そうだった。



「さすがにこれは、入り込む隙間もありませんわよ?」


「まあ、見てなって」



 得意げな一言と共に、ヴァイスは私の手を引き、壁の中心部へと歩みを進める。

するとまるでその場だけ空間が歪んだように、誰に言われたでもなく、人だかりの壁はぽっかりと隙間を開けたのだ。



「す……、すごい……」


「な? 便利だろ? ほら、行こうぜ」


「で、でも……。他の方に悪いですわ」


「何言ってんだ? 俺はどけろなんて言ってないぞ?

 相手は自主的に避けてくれてんの。だからいいんだよ」


「確かに、そうかもしれませんけど……」


「ほらほら、置いてくぞ」


「ちょっと……」



 置いていくなんて言いながら、手を離さずぐいぐいと引っ張る。

そんな彼の背を追えば、あれほど遠そうな人混みの壁の先は、数歩先でしかなかった。

そこで行われていたものに、私は目を奪われることになる。


 作業台の上では、棒に刺さった小さな白い粘土のようなものをこねる一人の男。年齢は父と同じくらい。

隣には、手伝いかなんなのか、一人の女の子も一緒だった。


 彼は指でそれをこねつつ、思う形に整えたあと、小さなハサミを取り出し、パチンパチンと心地よい音を響かせながら、その白いものに切れ込みを入れる。



「あれ何やってんだ?」


「さあ? わかりませんわ。私も初めて見ますもの」


「ふーん。ま、見てればわかるか」



 ある程度形になったのか、切れ込みを入れられた白いものを指で整え、その後筆で黄色く色をつけ始める。

とんがった先にチョンチョンと色を乗せれば、その後近くに黒い点を入れた。

そこまできて、私はやっと何を作っているのかを察したのだ。



「あら、あれは白鳥ではなくて?」


「だな。ハサミで切ったのは、羽を作ってたのか。器用なもんだ……」



 出来上がったのは、胴体部分から棒の伸びる、白鳥の粘土細工のようなもの。

出来上がった時には、見物人からは「おぉ〜」と、感嘆の声が上がった。



「おまちどうさま、完成だよ。どうぞ」


「ありがとう! とっても綺麗で、食べるのがもったいないわ」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。けれど、ずっと置いておくと、溶けるから気をつけてね」


「うん!」



 私たちの隣で見ていた少女は、それを受け取り店主と話す。

どうやら作っていたのは、彼女のリクエストだったらしい。

けれどわからないのは、溶けるということや、粘土細工であろうあれを食べるという話だ。



「では、次はどなたの注文を……」


「はい! お願いしたいですわ!」



 興味を惹かれた私は、ヴァイスの手を離し、いの一番で手をあげていた。

いつもなら知らないものなど、とおまきに見ているだけだっただろう。けれどその日の私は、祭りに浮かれていた。

何を売る店なのか、いくらかかるものなのか、何も知らないまま手をあげたのだ。



「おやおや、これは元気なお返事。

 では、何を作らせてもらいましょうか?」


「えーっと? 何がありますの?」


「リクエストされれば、大抵は作らせてもらうよ」


「うーん……。では、おすすめをお願いいたしますわ!

 私に似合いそうなものをお願いいたしますわね!」


「おっと、これは難題だなぁ……」



 店主は苦笑いながらも、作業台の隣の鍋から、先ほどとは違い、透明で柔らかい材料を取り出し形を整え始めた。

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