私のエリヌス様への想いは変わっていない。それが分かっただけでも十分……。なんだけど、なんだか今さら気まずいというか……。
あれ? 前までの私、エリヌス様にどう接してたんだっけ?
「それにしても、今日もいい天気ですわね。まだまだ暑いのが難点ですけれど」
「そ、そうですね……」
結局色々考えすぎて長い沈黙! そのうえエリヌス様に気を使わせてしまった!!
な、なにか話題を……。ええとそう、共通の知人のこととか?
え? それってヴァイスのこと? いやダメでしょ!? アイツと仲が良いって思われても嫌だし!
「あの、今日はオズナ王子はいらっしゃらないんですか?」
「そうなんですの。途中まで一緒だったんですけれど、先生に呼ばれて行ってしまいましたの。
エイダも王子が居るからと席を外していましたし、一人きりになってしまったところ、ミー先輩のお姿が見えたので、驚かせようと思いまして」
「へ、へぇ……」
凛とした空気を纏うエリヌス様も、そんないたずら心があったのかー、などと感心している場合ではない!
なんでよりにもよって、私はオズナ王子の名前を出したんだ!? むしろ、オズナ王子が居なくてラッキーだとさえ思ってるのに!
「それにしても、お一人でいるのは危ないんじゃ……」
「あら、おかしなことを言いますのね。学園は、王宮の次に安全な場所でしてよ?
それに、しょせん私は王位継承権も第六位の、ただの公爵令嬢ですわ。
やましいことを考える者がいたとして、メリットとリスクが釣り合いませんわよ」
「えっ? でも、将来の王妃ともある人ならば、もう少し厳重な警備があるものかと……」
「その将来が本当に訪れるかは、まだ不確定ですわよ?」
「それはいったい……」
本来ならば、メイドのエイダさんが準備していたであろうランチボックスを広げ、エリヌス様は上品に中のサンドイッチを食べながら、涼し気な表情で語る。
でも、話の内容はなんとも不穏な雰囲気が……。私が話題をふったんだけどね!?
「オズナ王子と私が許嫁関係であること、それはみなが知っていることでしょう。
けれど、それを決めたのは双方の親……。いえ、むしろ私の母の独断と言っても差し支えないものなのです」
「そうなんですか?」
「ええ。私の母は、現国王の妹にあたりましてね。王位継承の際、現国王と投票で一騎打ちした間柄でもありますの。
この国では、貴族による投票で国王が決まるのはご存知でしょうが、ほぼ王位継承権の順を守るのが暗黙のルール。
お母様はそれに納得がいかず、真に優秀である者が国王となるべきだと働きかけたようですが、現状の通りうまくいきませんでしたの。
そのため、せめて次の代では影響力を持とうと、私をオズナ王子と結婚させようとしたわけです」
「エリヌス様は、その、何と言っていいのか……」
「ただの政治の駒にされただけですわ」
ふと思い浮かんだ言葉を濁しても、それはエリヌス様本人の口から発せられた。
私は、私だけがヴァイスに言いように使われて、手駒と直接言われるほどだった。
けれどエリヌス様もまた、政治の駒にされている、可哀想な人だったんだ。
「そんな、ひどい……」
「別に気にしておりませんわ。だって、貴族とはそういうものでしょう?
富と権力を得る代わりに、国の運営のために使われる駒にしかすぎませんのよ」
「そんなこと……」
「なんていうのは、少々卑屈すぎますわね。それに私は、まだ自由な方ですもの。
ま、それはともかくですよ。そういう事情での許嫁なので、不安定なものですの」
「えっ……? どうしてですか?」
「考えてもみてくださいまし。現国王にとっても、オズナ王子にとっても、私との結婚を求めているわけではないじゃないですか。
今後お母様との軋轢を生まないために約束しただけ、そう捉えることもできるでしょう?」
「そうかもしれませんが……」
「ですので政治的によりメリットのある方や、王子自身が見初めた相手が現れるなら、私はお役御免となる可能性だって大いにおりますの。
もしそのようなことになれば、晴れて私は自由の身ですわね」
「…………」
いままでずっと、貴族というのは横暴で、自分勝手なものだとおもっていた。
けれどエリヌス様のように、真面目で誠実な方にとっては、責任の重い立場なのだろう。
もしくは、横暴だと思っていた貴族たちも、その立場を悪用しなければやってられないと思うほどに、私のような平民には考えられないような重責を負っているのかもしれない……。
そしてエリヌス様にとっての重責とは、国家の安定のために、その身を次期国王に捧げることなのだ。
「それではエリヌス様は、オズナ王子のことはどう思ってらっしゃるんですか?」
「オズナ王子はいい方よ。でも、いい人というのは人間性の話。
夫とするには、少々退屈かもしれませんわね……。
なんて、他の方に聞かれれば一大事ですわ。二人だけの秘密、ですわよ?」
ピンと立てた人差し指を口の前に当て微笑む。
煌めく夏空を背景にしたその姿は、照り付ける太陽よりもずっと輝いていた。
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