火事の消火にあたっていた人たちは、みんなげっそりしていた。
それも当然の話で、魔法適正の高い人が居ない中、みんな無理して水魔法を使っていたんだもの。
中には、前の私みたいに倒れ込んでしまっていて、寝かされている人もいたのよね。
ホント、あの雨を降らせた人が居なかったら、今頃どうなっていたことか……。
でも、いったい誰がそんなすごい魔法つかったんだろう?
疑問に思っていれば、一台の馬車がこちらへと向かってくるのが見えた。
馬車は目の前で止まり、中からは一人の男が降りてくる。
「いやはや、また火災ですか。まったく、これだから木造家屋は……」
いやに高そうな、シワひとつないワイシャツ姿のおじさんは、見下すような目で焼け落ちた一角を眺める。
まわりの人たちは、明らかに嫌な顔をしていることから、彼が歓迎されていないのは明らかだ。
「まったく、私の提案通り移住されれば、石造りの安全な住居を用意しておりますのに。
そんなに薄汚れた闇市がお好きなんて、理解に苦しみますねぇ……」
明らかな嫌味と共に、周りの人たちを見る男。
その目は、焼け跡を見るのと同じく、見下している目だった。
誰もが彼を睨み返したが、反論する人はいなかった。
ただ一人、カノさんを除いて。
「嫌味言いに来たのか? なら、忙しいんで帰ってくれ」
「おやおや、これは心外ですね。私は火の手が上がっていると聞き、心配してやってきたのですよ。
なにせ、このあたりの管理を任されている身ですからね」
「管理ねぇ……。まるで役人のような言い草だが、所詮は商人じゃねえか。
管理なんて言いながら、土地の買い上げを依頼されてるだけだろ」
「いやはや、理解されていないようで残念ですよ。
区画整理は公共事業。その一端を担うのですから、ただの商売でやっているつもりはありませんよ。
少なくとも、私はね」
「へっ……。ものは言いようだな」
カノさんは嫌味な男と、静かながらもバチバチと言い争っている。
話の内容から、どうやらあの人が地上げ屋ってことなんだろうけど、いまいちわかんないな。
「よっ、解説してやろうか!?」
「ふぁっ!?」
突然かけられた声に、驚きのあまり心臓が止まりそうになる。
ばっと振り向けば、そこにはニヤケづらの悪魔、ヴァイスが立っていた。
「うわでた……」
「ひでえ言いようだな。センパイの情報があったから、俺もわざわざ現場に駆けつけたんだぜ?」
「へー、意外とマジメに仕事してるのね」
「ったりめーだろ? 元々俺が受けた仕事なんだからな」
「あっ、そういえばそうだった。私が手伝ってるだけだもんね」
「いやホント、ミーセンパイは……」
わざとらしくため息をつかれてしまった。
でもでも、今じゃカノさんの店で働いてるわけだし、他人事で済ませられないもん。
まあ、それも元々は彼の手伝いで潜入したようなものなんだけど……。
「でだ、あの男はトーテスっていう商人だ。
貴族からの依頼で、この辺の地上げをやってる奴さ」
「え? 貴族が地上げしてるんじゃないんだ?」
「そりゃそうだろ? 不動産売買なんて、かったるくて貴族がやるかよ。
ま、そうでなくても、プロに任せるのが妥当だろ?」
「地上げのプロねぇ……。ヤクザな商売してるのね」
「お前……。もしかして、地上げ屋を勘違いしてねえか?」
なんか、またため息をつかれちゃったんだけど……。
まあ、貴族に上から目線で話をされるのは慣れちゃってるから、別になんとも思わないけどね。
「勘違いってなに? 悪どい手を使って、立ち退かせる仕事でしょ?」
「やっぱ勘違いしてんのな……。ま、解説してやるか。
地上げ屋ってのは、土地を買い上げて区画整理する仕事ってだけだ。
だから、穏便に交渉で買い上げても、それは地上げなんだよ。
まあ、予算や期限の問題で、今回みたいなヤバい手を使うヤツも多いけどな。
なにより、予定より安く上げられれば、差額が懐に入るんだ。やらない手はないだろ?」
「それじゃあ、穏便に済ますはずないじゃない……。
それで、ヤバい手っていうのは、やっぱり……」
「ご想像の通りさ。だから俺がここに居る。
情報ってのは、足で稼ぐもんだからな」
「へー、意外。情報屋なんて、適当に話を聞いて回るものだと思ってたわ」
「おいおい、そんな楽なもんじゃねえぞ?」
心底心外だと言いたげな表情を見せるヴァイス。
まあ、確かに情報屋の仕事をナメてたかもしれないけどね。
私も手伝ってみて、話を聞いて回る難しさを実感したもの。
「それで、何か見つけられたの?」
「おそらく、近々アイツは標的になるだろうな。
なんで、ここに居るやつ全員の顔を頭に叩き込む」
「どうして? ここに居る人が……。例のあの人なの?」
鉄の死神と言いかけて、私は言葉を止め、そして濁して言い直した。
もしこの場に鉄の死神が居るのなら、私たちが追っている事に気づかれると危ないと思ったの。
それにはヴァイスもしたり顔だ。
「やっぱ、アンタを選んで正解だったな。
抜けてるトコあるけど、大事なトコは押さえてやがる」
「素直に喜べない褒め方だね……」
「ま、喜んでるのは俺の方さ。
俺の調べたアンタの情報は、間違ってなかったってことだからな」
「そうですか。それで、この中で目星はついてるの?」
「いや、そこまでではない。だが、俺が犯人なら、事件現場で標的の出方を確認するだろうなと考えたわけだ」
「なるほど。手を下すほどの相手か見てるはずってわけね」
「ああ、そうだ。ま、これで目星は付けられる。
あとは裏を取ればお仕事完了。今回も軽い仕事だったな」
「もう終わったつもりでいるのね……」
彼にとってみれば、鉄の死神だって本気を出せば簡単に捕まえられる相手らしい。
そんな自信が、彼の態度からありありと見て取れた。
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