『とりあえずこの偽札は、私たちで預かっておきます』
なんだかんだのあと、そう言ってアークさんは私にもう遅いからと帰るよう促してくれた。
たしかに私が居ても仕方ないことだし、おそらくアークさんたちの方が、こういうことの処理は得意だろう。
というか、ただ運よく学園に通っているだけの平民の娘がどうにかするには、少々どころかえらくコトが重大すぎるんですよ。私にどうしろってんですか。
「もう、Nちゃんのおかげで大変なことになっちゃったじゃない」
『なぁーん……』
私の腕に抱かれ、だらんとだらしなく尻尾を垂らしているのは、恐怖のカノさんにもみくちゃにされたエージェントNだ。
もはや魂が抜けたのか、私のスキルすら効かないほどに意思疎通もできず、鳴き声だけをあげている。
そんなに怖かったなら逃げればいいのにって思うけど、完全に腰が砕けていたし、それも無理だったんだろうね……。ご愁傷様。
けどその見返りとして、袋に入ったたっぷりのソーセージを手に入れられたのだから、しばらくご飯探しにゴミ箱を漁る必要もないね。
本人ならぬ本猫にとって、それが恐怖の時間と釣り合いが取れているかは、私にはわからないけど。
『しっかし、見直したぜヨツアシ! アイツの攻撃を受けながら、生きて帰ってくるとはな!』
「あ、いたんだエージェントP」
『おい!? 俺のこと忘れてたのかよ!?』
「だって、カノさんたちが来てからずっと居なかったじゃない」
『そりゃそうだろ? あんなタダモンじゃねえ気配纏ってる奴らなんざ、近寄らねえ方がいいっての』
「そんなに怖い人じゃないんだけどなー。って、やつら?」
「ははっ、鳥と喋ってるなんざ、絵本のお姫様かよ」
突然の声に周囲を見回す。迂闊だった、まさか誰かに見られてるなんて……。スキルは隠しておけって言われてたのにも関わらずだ。
けれど、私の焦りは徒労だったようだ。なぜなら声の主はぬっと路地裏から、突然湧き出たかのように姿を現したのだから。
「なんだ、ヴァイスか……」
「なんだとはなんだ。てか、前から気になってたが、一応俺準男爵家の跡取りなんだが?」
「だから?」
「平民のくせに頭が高いぞ」
「それを言うなら、私は先輩なんですけど?」
しばしの沈黙に、手の中の温かく柔らかいもふもふが、暇だと言わんばかりに尻尾をぶらぶら揺さぶる。
もしかして、私とは意思疎通できても、人間の言葉が分かってるわけじゃないのかな?
貴族や平民の壁なんて猫には関係なくたって、今のは気まずくなるところだと思うのだけど。
「…………。まあいい、仕事の方は順調のようだな」
「順調? あなたのおかげでとんでもないことに巻き込まれたんですよ!?」
「なんだよ偽札くらい……。お前だって普段使ってるじゃねえか」
「知ってたんですか!? というか、普段使ってるってなんですか!?」
「知ってるも知ってる、お前らの談笑のど真ん中に居たんだが……。おやまさか、お前は俺に気付いてなかったのか?」
「スキルを使われたら、気付けるわけないでしょう!?」
「ま、そうだろうな」
ニヤニヤと、いつも通りのあくどい笑みを浮かべるヴァイス。まったく、油断も隙もあったもんじゃない。
だからって、警戒してても彼のスキルの前では、どんな注意力も無駄に終わるのよねぇ……。
「それで、あなたはもしかしなくても、私が動物たちを潜入させる前から、こうなることを知っていたんですね?」
「さすがの俺様も、猫が札束盗むとは思ってなかったぜ? この泥棒猫め!」
つかつかと目の前までやってくれば、ヴァイスはエージェントNの頭をワシワシと撫でている。
あ、ちょっと意外。こんな人畜無害の皮を被った悪魔も、動物には優しいのね。
カノさんなら「猫好きに悪い奴はいない」なんて言って、熱い抱擁をしているところかもしれないわ。勝手な想像だけど。
「それじゃあ、偽札工場だっていうのは知ってたんですね?」
「あれ? 言ってなかったか?」
「言ってませんよ!!」
「おかしいなあ、俺はちゃんと『印刷工場』だって言ったはずだが」
「印刷工場って、そう言う意味だったんですか!?」
「むしろお前さ、大事なこと忘れてねえか?」
「なんですか、まるで私が察しが悪いみたいな顔して!」
「いやほら、鉄の死神の話」
「工場の管理者が狙われてるって話は聞いてますよ? どうせあなたのことだから、それ以上はあえて伏せてるんでしょう?」
「いやー、これはちゃんと言ってるはずだが……。鉄の死神は、庶民に仇なす奴を消して回ってるってな」
「え? あっ……」
そうだ、言われてみればその通りだ。今までの行動から言って、鉄の死神がなんの犯罪行為も犯していない、ただの印刷工場の工場主を狙うはずないのだ。
つまりそれは、ただの印刷工場ではないということ。私は、この話をされた時にすぐ気付くべきだったんだ……。
「私って、ホント馬鹿……」
「自覚されたようなら何より」
「だからって、そういう言い方されるとムカつくのは変わんないんだからね!?」
「そうなのかー」
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