悪役令嬢は凄腕スナイパー【連載版】

「たとえ私に破滅の道しかなくとも、この国だけは護ってみせる」
島 一守
島 一守

10猫と鳩とあと悪魔

公開日時: 2022年4月1日(金) 21:05
文字数:2,020



『とりあえずこの偽札は、私たちで預かっておきます』



 なんだかんだのあと、そう言ってアークさんは私にもう遅いからと帰るよう促してくれた。

たしかに私が居ても仕方ないことだし、おそらくアークさんたちの方が、こういうことの処理は得意だろう。

というか、ただ運よく学園に通っているだけの平民の娘がどうにかするには、少々どころかえらくコトが重大すぎるんですよ。私にどうしろってんですか。



「もう、Nちゃんのおかげで大変なことになっちゃったじゃない」


『なぁーん……』



 私の腕に抱かれ、だらんとだらしなく尻尾を垂らしているのは、恐怖のカノさんにもみくちゃにされたエージェントNだ。

もはや魂が抜けたのか、私のスキルすら効かないほどに意思疎通もできず、鳴き声だけをあげている。


 そんなに怖かったなら逃げればいいのにって思うけど、完全に腰が砕けていたし、それも無理だったんだろうね……。ご愁傷様。

けどその見返りとして、袋に入ったたっぷりのソーセージを手に入れられたのだから、しばらくご飯探しにゴミ箱を漁る必要もないね。

本人ならぬ本猫にとって、それが恐怖の時間と釣り合いが取れているかは、私にはわからないけど。



『しっかし、見直したぜヨツアシ! アイツの攻撃を受けながら、生きて帰ってくるとはな!』


「あ、いたんだエージェントP」


『おい!? 俺のこと忘れてたのかよ!?』


「だって、カノさんたちが来てからずっと居なかったじゃない」


『そりゃそうだろ? あんなタダモンじゃねえ気配纏ってる奴らなんざ、近寄らねえ方がいいっての』


「そんなに怖い人じゃないんだけどなー。って、やつら?」


「ははっ、鳥と喋ってるなんざ、絵本のお姫様かよ」



 突然の声に周囲を見回す。迂闊だった、まさか誰かに見られてるなんて……。スキルは隠しておけって言われてたのにも関わらずだ。

けれど、私の焦りは徒労だったようだ。なぜなら声の主はぬっと路地裏から、突然湧き出たかのように姿を現したのだから。



「なんだ、ヴァイスか……」


「なんだとはなんだ。てか、前から気になってたが、一応俺準男爵家の跡取りなんだが?」


「だから?」


「平民のくせに頭が高いぞ」


「それを言うなら、私は先輩なんですけど?」



 しばしの沈黙に、手の中の温かく柔らかいもふもふが、暇だと言わんばかりに尻尾をぶらぶら揺さぶる。

もしかして、私とは意思疎通できても、人間の言葉が分かってるわけじゃないのかな?

貴族や平民の壁なんて猫には関係なくたって、今のは気まずくなるところだと思うのだけど。



「…………。まあいい、仕事の方は順調のようだな」


「順調? あなたのおかげでとんでもないことに巻き込まれたんですよ!?」


「なんだよ偽札くらい……。お前だって普段使ってるじゃねえか」


「知ってたんですか!? というか、普段使ってるってなんですか!?」


「知ってるも知ってる、お前らの談笑のど真ん中に居たんだが……。おやまさか、お前は俺に気付いてなかったのか?」


「スキルを使われたら、気付けるわけないでしょう!?」


「ま、そうだろうな」



 ニヤニヤと、いつも通りのあくどい笑みを浮かべるヴァイス。まったく、油断も隙もあったもんじゃない。

だからって、警戒してても彼のスキルの前では、どんな注意力も無駄に終わるのよねぇ……。



「それで、あなたはもしかしなくても、私が動物たちを潜入させる前から、こうなることを知っていたんですね?」


「さすがの俺様も、猫が札束盗むとは思ってなかったぜ? この泥棒猫め!」



 つかつかと目の前までやってくれば、ヴァイスはエージェントNの頭をワシワシと撫でている。

あ、ちょっと意外。こんな人畜無害の皮を被った悪魔も、動物には優しいのね。

カノさんなら「猫好きに悪い奴はいない」なんて言って、熱い抱擁をしているところかもしれないわ。勝手な想像だけど。



「それじゃあ、偽札工場だっていうのは知ってたんですね?」


「あれ? 言ってなかったか?」


「言ってませんよ!!」


「おかしいなあ、俺はちゃんと『印刷工場』だって言ったはずだが」


「印刷工場って、そう言う意味だったんですか!?」


「むしろお前さ、大事なこと忘れてねえか?」


「なんですか、まるで私が察しが悪いみたいな顔して!」


「いやほら、鉄の死神の話」


「工場の管理者が狙われてるって話は聞いてますよ? どうせあなたのことだから、それ以上はあえて伏せてるんでしょう?」


「いやー、これはちゃんと言ってるはずだが……。鉄の死神は、庶民に仇なす奴を消して回ってるってな」


「え? あっ……」



 そうだ、言われてみればその通りだ。今までの行動から言って、鉄の死神がなんの犯罪行為も犯していない、ただの印刷工場の工場主を狙うはずないのだ。

つまりそれは、ただの印刷工場ではないということ。私は、この話をされた時にすぐ気付くべきだったんだ……。



「私って、ホント馬鹿……」


「自覚されたようなら何より」


「だからって、そういう言い方されるとムカつくのは変わんないんだからね!?」


「そうなのかー」



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