短編集(恋愛)

内山 すみれ
内山 すみれ

少年の願い

公開日時: 2021年7月9日(金) 09:00
文字数:1,904

 俺は他の高校生と比べると少しだけ名前が知られている。物心つかない頃から両親が受けさせたオーディション。そこで俺は不幸にも選ばれてしまった。それからは子役として数々のドラマに出た。元々共働きだったが、母親は仕事を止め俺のマネージャーになった。父親は俺の活躍を誇りに思っており、『お前は俺達の星だ』などと言っては褒める。

 けれど俺はずっと仕事を辞めたくて仕方がなかった。幼馴染の結衣と遊ぶ時間が減っていったからだ。それでも辞めずにいられたのは、結衣が俺のことを応援してくれたからだ。


「颯の出たドラマ、全部見たよ!すごいね、颯!私颯のファン一号だよ!」


 結衣は興奮気味に話し、頬を少し赤くして笑った。結衣が俺のことを応援してくれる。それはとても嬉しいことだ。だから俺は結衣に見てもらえるように演技も練習したし愛想よく振る舞うようにした。






「颯、言いたいことって何?」


 結衣は鈍感なところがあるから、どうして俺に呼び出されたのか見当もつかないのだろう。俺達は高校生になり、結衣はどんどん可愛くなっている。この前、結衣が告白されているのを目撃した。好きな人がいるからと断っていたところも。


「……なあ、結衣」

「何?」

「結衣の……好きな奴ってだれだよ」


 俺の言葉に結衣の硝子玉のような瞳が大きく開かれ、頬がさくらんぼのように赤く染まった。なに、その反応。腹の底で黒々とした何かが生まれる。そいつは小さく渦を巻いた。俺は平静を装って、彼女の返答を待った。彼女は目を泳がせた。沈黙が長く感じる。その間にも、小さな渦はぐるぐると巻いて、大きくなっていった。幼馴染の俺にも言えない相手なのか。唇を嚙み締める。やがて彼女は決心したように俺を見つめた。


「颯だよ」

「え?」

「私の好きな人」


 結衣の顔は茹でたタコのように真っ赤で、彼女の言葉を理解した俺も顔の全部が熱を帯びる。


「お、俺?」

「そう!」


 俺は顔を綻ばせた。なんだ、両想いだったのか。黒い渦は消え去って、喜びが胸いっぱいに広がる。


「良かった……!両想いだったんだな!」

「両想い……?」

「ああ!これで晴れて付き合える!」


 俺の言葉に、彼女は眉を下げて顔を横に振った。


「ううん、だめだよ」

「……え?」

「私達、付き合えない」


 結衣の言っていることが理解できない。俺は確認するように口を開いた。


「俺達、両想いなんだよな?」

「そうみたい」

「なら、」

「だめだよ!」

「何でだよ?何も問題ないじゃないか!」

「問題あるよ!だって、颯はこれから立派な俳優さんになるの。ファンだってたくさんいる。それなのに、私が独り占めするなんて、できないよ……」


 まさか、こんなことが俺達の恋の障害になるなんて。俺は迷わず声を上げた。


「なら俺は俳優を目指すのを辞める!」

「え?!」

「俺は結衣が応援してくれるから、その笑顔に力をもらって俳優を目指してきた。でも、俳優よりも俺は結衣が大事だ。大切にしたい。付き合えないと言うなら、俺は俳優を辞める」

「そんなこと、言わないでよ……」


 結衣は悩んでいるようだった。俺の夢を捨てさせるなんて、優しいお前にはそんなことはできない。ならば答えは決まっているだろ。


「……結衣が付き合ってくれるなら、俺は俳優を目指すのを辞めない。結衣がずっと応援してくれていたからな」


 更に揺さぶりをかける。これは半ば脅しのようなものだろう。けれどそれでも、結衣と付き合えるならばどんな手でも使ってやる。


「……分かった。こんな私でよければ、付き合って」


 結衣の言葉に、俺は笑みを浮かべた。


「勿論!」


 俺は結衣と付き合うことができたが、俺の考えが甘かったことを痛感する。まず、デートは家のみ。外に出ると付き合っていることがバレるかもしれないから、と結衣は外に出るのを嫌がった。学校にいる時も最低限の会話しかしない。それから、俺に負担をかけないようにと、ドラマの撮影日には断固として会おうとしなかった。……これはひどい。まだ幼馴染だった頃の方がマシだ。俺は心から思った『この世界が俺と結衣だけになったらな』と。結衣がデートを断った時も、学校で素気なくされた時も、目の前の俺よりもドラマの俺に夢中になっている時も。何度も何度も願っていた。






 やけに人気のない町で、パジャマ姿の結衣を見た時、これは夢かと思った。いつも通り接していると泣き出した結衣の涙を拭う。涙は少し温くて、これは夢じゃないと悟った。どうやら俺の願いは叶ったようだ。じわじわと幸福が俺を支配する。俺ばかりがこんなに幸せでいいのだろうか。


「じゃ、行こっか」


 俺の差し伸べた手を結衣の一回り小さな白い手が重なる。どこまでも続く幸福の道を確かめるように一歩、踏みしめた。


Fin.

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