さて、“偵察に出るときは、可能な限り合成獣との交戦を避けて進む”というのが、幼年学校の戦術の授業でまず真っ先にならう方針である。
異能でしか合成獣は倒すことができない、というのを合成獣達も心得ているようで、一度会敵して相手を殺せば、異能を発動すると同時に放たれる、異能波というモノと血肉の匂いに、周囲の合成獣が反応して集まってくる───というのが定説だ。
勿論、一行はそれなりに優等生だったので、望みもしない会敵を果たしたのは地下道を通り、目的地のすぐ近くまで来てのことだった。
それまでは五月蠅いほどに鳴いていた小鳥の囀りがいきなり止んで、草を搔き分け獣の歩く足音が前からしてきたのだ。
さらに最悪なことにこっちがいるのは風上である。
相手には完全に気付かれているのだ。
恐らくもう狙いは定めているのだろう、これなら逃げても意味はない。
寧ろ逃げれば合成獣は周囲の仲間と徒党を組んでこちらを探すだろう、……何しろこっちは高級食材なのだから。
『3つにわかれよっか、紫苑とロゼ、エリーとリオンでレイとオレ、って具合に』
目の前にいる発言主の唇は動かず、インカムからの音だけが流れ込んでくる。
電操系の異能による意思伝達だ。これなら周囲には音は聞こえまい。
同時に彼女は自分の髪を止めていたピンを引き抜いて地面に埋めた。
『…それは?』
『異能端子、異能波だけならこの端子から放出できる…ようは囮ね、この足音からして多分やって来たのは氷狼の群れだと思うけど、群れるタイプの合成獣は異能波に敏感だから。遠隔制御用の異能端子で力使ったら私達の方はほっといて、こっちの方に寄って来る、ささ早いとこ分かれて。さァ狩りの時間よ。リオン、一応“領域”張っといて、異能は使われたくないし。まぁ、気付かさせるつもりもないけど』
因みにリオンが得意とするのは異能を作るエネルギーを加速、減速、電操、3種類の異能に異能式によって整える前の段階で空間に放つことで、その空間の異能式を無効化する技であり“領域”はその空間を示す。
彼女が言うや否や皆三三五五にその場から離れる。
……勿論合成獣の背後に回る形で。
♰
彼らは肉を欲していた。
ここのところ与えられていた“4つ足の桃色の動物”の肉は張りがなくて不味かった。そんなモノしか与えてくれないのに重労働を強いる主に不服があったのだ。
───けれど、それも今日までだ、これで久しぶりに上物にありつける。
しかも主は約束してくれた。
この“仕事”が終われば毎日あの二本足の蛋白で引き締まった肉を喰らわせてくれると。
あと獲物までは3メートル、まだ相手は気付かない。
あと1メートル、それでも向こうの反応はない。
……なんだ、全然簡単じゃないか。異能を使わなくてもアレなら殺せる。
仲間を連れてソレは思った。
飛び出した先にいるのは六人の男女の姿。その中でも美味しそうなまだ小さな少女にソレ等は飛び掛かる。
───が“ソレ”の牙が少女を食むことはなかった。
空気を割いて地面のすぐ上を滑空した5.56mmNATO弾が、幻影を噛みしめようとした氷狼の脳髄を一撃で破壊する。
何が起きたかを理解することもなく、そして噛み締めた空気の味を理解する間もなく異形は絶命。
銃弾の飛んで来た方へ向き直った氷狼は背後からサプレッサーによってシュコココとくぐもった音を立て飛んで来た9㎜パラベラムに敢え無く崩れ落ちる。
その隣で茂みに逃げようとしたものは脳髄をエリナの投げた小型のナイフで貫かれ、張られていたワイヤに体当たり、自分の体を自分で切断させて隣人と同じように地に転がった。
それでも未だ数十匹残っている。
大体今ので死んだのは半分ほど。
知能があるのかないのか、仲間の死体を咥えて振り乱し、飛んでくる凶器を防いで、一斉に少年少女の潜む方へと駆け出してくる。
張られていたワイヤは死体の体を引き裂いて切れる。……もとより異能を使わせない様にする為の“領域”作成用のものだ、強度はそこまで強くない。
『ロゼリエ、俺のことは気にしないで撃ち続けて』
言うや否や、黒い奔流が死地を駆ける。
当然少女は一瞬呆気にとられた。
『……えっ!ちょっ………ああもう!中《あた》っても知らないからねっ!!』
ようは先の蛙禽と同じ事をしろということ。
いくらあの時上手く言ったからと言ってあんなの何回も出来る訳じゃないだろうと思いつつ、要求に応えるように少女はフルオートで鉛玉を周囲にばらまく。
それを気にもせず紫苑は突っ込んでいった。
彼が握るのは、日本刀ではなく鞭のように撓る銀色の物体。
彼自身に向かう銃弾を降り抜かれた銀色が絡め取りその軌道を逸らして的確に氷狼に中ていく。
こんなの本当に久しぶりだ。
殆ど勘だけでここまで動きを読んで援護出来る、援護してくれる異能者は。
わずかに口元に笑みを湛え少年は白銀の閃光を操る。
先の銀閃の正体は極細の鉄鎖だ。
超短距離の戦闘しかできない刀とは違い、これはかなり遠くのものでも鞭の様にして狙えるし、何らかの紐の様にして使うことができるスグレモノである。
同時に彼が描くのは死の軌跡。
白銀の閃光、その中に入ったものは胴を、頭を、或いは四肢をまるでスライサーで切り刻まれるゆで卵のように切り裂かれていく。
ただし、血が飛び散らないようにその断面を凍らせていたのは悪手だったか。
“領域”は囲っているワイヤを壊されてしまえば、起動しなくなる。
異能が使えると判った氷狼が自らの命と引き換えに少年の振り回す得物に飛びつき、凍らせる。
鈍らになれば今までの様な事は出来ないし、ここで日本刀を使ってそれを獣脂に塗れさせてしまうのも躊躇われる。
慌てる事無く、凍り付いたままの鎖を巻き取って離脱。
名前の通り、彼らが得意とするのは少年と同じ減速系の異能。
戦う方法がないわけではないが、加速系の異能者に任せるのが一番だ。
『せっかく楽できると思ったのに……』
不貞腐れるように言いながら赤毛の少女が単身で飛び込んでいく。
まさかの無手だった。
陽炎を纏う少女には、氷狼の吐く氷霧の吐息も通じない。
前から飛び掛かって来る氷狼を無造作に拳を叩き込み、後ろから襲ってきた奴の首を、背後を見やることなく蹴り折った。
その接触個所から氷狼は勢いよく燃えていく。
───これでお花摘みはないな。
と後ろに下がった紫苑は嘆息した。
『レイ~、全員火葬しちゃっていいよ~。多分もうこいつ等まともに動けないから』
『了解』
いっそ呆気無いほどに倒れこむ氷狼が燃え上がり骨だけが残る。
『オレ、キャンプファイヤーって久しぶりかも。あら?もう燃え尽きた?』
『山火事の心配は無さそうだし、行こう。とどまってると別の奴が来そうだし』
その言葉を皮切りに各々集まっていく。
残ったのは物言わぬ骨だけ。
ただ風のそよぐ音のみが、静まり返ったその場所に聞こえていた。
♰
「雑兵だとやはり駄目だな。」
去っていく一行を見て影が呟く。
悔しいが手練れの群れだ、ならば。
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