黎明の、夜色が濃藍に、群青そして深蒼へと変わっていく空を、段々と白くなっていく東の山際から一足先に陽光を浴びて紫がかった雲がたなびいて、彩る。
朝早くに起きた者だけに許される天然の絶景。
或いはこれを“早起きは三文の徳”とでもいうのか。
永らく人が手をかけることなく放置されている荒廃都市では、崩れた鉄筋コンクリートと大きく育った元・街路樹の生み出す灰白と深緑の奇妙な森が広がり、涼やかで新鮮な空気が廃ビルの屋上までを満たしている。
───まるで、アルザスの森みたいね。
今はもうない自分の生まれ育った故郷を思い出しながら金髪紫眼の幼女──ロゼリエはふとそんなことを思った。
そういえばあの人と出会ったのもあの森のこんな時間だっただろうか。
抜けるような澄んだ蒼い眼の銃使いの少年に出会ったのも。
なんで今そんなことを思い出すのかと思って、隣でもそもそ乾パンを食べている黒髪の少年を見て思い至った。
扱う武器こそ違うが雰囲気や仕草、それが少し似ている。
───そしてその瞳の蒼も。
彼女がいるのは、未踏破探査区と言われる所の程近くの30階建ての廃ビル。
腹ごしらえと少しの休息をしていたのだ。
週に数回程の哨戒をしているここまでの地域は、特に危険な大型の合成獣が生息しない、警戒区域と言われる比較的安全な場所である。
ただしここから先は、これから始めて足を踏み入れる場所であり、そこに人の通った道はない。
最後に人が通ったのは、WW3が終わった直後だともいうから、………嘗ては、あったのかもしれないが。
「さ、て、腹ごしらえも済んだことだし本題に入ろっか。」
適当な調子でアンジェリナが言う。
途端彼女の右の視界に立体マップが浮かび上がった。
シェア・サイトによる網膜投影画像である。
「工場が存在し得るのはこことこことこことここ。順番にF1、F2、F3、F4として、今日はF1、F2を回ればいい。」
少女が言うと共に赤く塗られたゾーンが地図上に展開される。
参考にした地図の年代は20年程前のもの。
この画像は、これをベースに、ドローンやら、その場に置いてきた定点カメラやらの映像を基に修正したものである。
「順番的にはF2からいく方が良いかもね、地形的に。それまではここの地下道を使おうか。」
リオンを始めとしてオレっ娘の意見に賛成な様で早速、跡片付けを皆始める。
その中で一人、ふと紫苑は背中にうすら寒いものを感じて、ビルの屋上その入り口を振り返った。
………今一瞬、何か黒い物体が闇の中に蠢いてはいなかったか?
その場所まで走って、それで何も無かったかのように戻って来た彼を見て、リオンが怪訝そうに眉を顰めた。
「どうしたんだ……?」
対し紫苑はどこか釈然としない様子で首を振る。
「何でもない。気のせいだ」
───まさか、アレがこんな所に居る筈が無い。ただ疲れていたんだろう。
ただの見間違いだ。
警戒区域を出るころまでには、彼はそのことをすっかり忘れていた。
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