「そろそろ起きなよ、というか人のベッドで寝ないで欲しかったんだけど」
ゆさゆさと揺すられる感触で紫苑は目を開けた。
耳元で鳴る目覚ましの音と、覗き込んでくる柘榴石の紅い瞳で完全に目が覚める。
「……悪ぃ。あれもしかして、俺二段ベッドの上で寝る感じだった?」
白金色の髪の少年は寝癖のついた少年の黒髪を見下ろして嘆息する。
「そ。……僕が戻ってきたら、その状態で熟睡してたから起こせなかったんだっての。伝えようにも相手が寝てるんじゃ仕方ないだろ。ほら起きたんなら、さっさと
顔洗って行くよ、もうみんな待ってる」
年下の癖に保護者の様にそう言ってレイは紫苑を急かした。
♰
「よォ、ヒサメじゃねえか、こんな所で会うたァ奇遇だな」
振り返ればかなり癖の強い、赤みを帯びた金髪に、葡萄色の眼の大柄な少年が立っていた。
「……なんだリオン、テメェもいたのかよ、この死に損ないが」
言っている内容は冷淡だが、旧友との再会を嬉しむような柔らかな声音である。
「居ちゃ悪ィかよ、お前が何年か、油をどっかで売ってる間にこっちは位持ちになっちまったつーの。本気で手合わせできるのが、しょっちゅう姿くらます支部長以外いねェわ、ガキのお守させられるわでマジでどうにかしてくれよ……」
この場合“ガキのお守り”とは幼年学校を卒業してここに配属されたばかりの異能者を示す。
リオン――リオン=シトリン=グランツェはそういった子供の指南役だった。
「ライオンは大層子供に甘いらしいぜ。お似合いの仕事じゃねぇか、野獣の王サマ」
なにしろ名前の綴りがLionでこの容姿だ、渾名は必然的にそういう方向へ傾くだろう。与えられた二つ名のレグルスもそこから来ているのだろうし。
今いるのは、紫苑とリオンとレイの三人。後の三人は女子で合コンかなんかでもしに行くのかといった構成である。
………もっとも合同コンパ、と言えども『合同で、合成獣を殺しに行く仲間たち』の略語になるのだろうが。
「……にしてもトイレ遅いなあいつ等」
「お花摘み…?熊狩りの間違いだろ。特にあの人は」
レイのそれは割と核心をついた発言である。
ところで、
「だ れ が 熊 刈 り で す っ て ッッ!!」
背後から現れた、赤橙色の髪に橙色の目の少女が白金色の髪の少年を後ろから締め上げる。華麗に決まった人間橋投げに、少年の体は美しい放物線を描いて床へ接吻することになった。
───確かにコレは、熊狩りの方が似合うな。
再会した悪友の心は何の打ち合わせもなく確かに一致した。
相当どうでもいいことで。
「ちょ、アンジェパイセン、痛い痛い痛いってッ!!」
「先輩への敬意が足りないなァ?」
「わかりました、アンジェ先輩謝るんで放してくださいッ!!」
目の前で繰り広げられる攻防戦(一方的)に目をやって紫苑はそっと嘆息する。
ほんとにこれで大丈夫なのだろうか。
実力はともかく、その…チームワーク的な意味で。
「あの二人、毒物発生する感じの混ぜたら危険なのでは……」
「まぁ、私が配属された時にはすでにあんな感じだったよ。それでも今までやって来てるから。大丈夫……たぶんね、おそらくきっと」
言ってる方も確証は全く無いようで、どんどん確率が下がっていく。
声のした方を見やれば、見やればロゼリエと、もう一人、茶髪の少女が立っている。
呆れたような顔で、彼女は乱れた制服を直している二人の方へ声をかけた。
「さ、て夫婦喧嘩《じゃれ合い》もそこまでにして、装備のほうは大丈夫?」
言って彼女は自身の目と耳を示す。
視覚型情報共有媒体といわれる異能者必携のコンタクトレンズ型の携帯端末と、支給品のインカムのことである。
両方ちゃんと着けているのを確認し彼女の方に向き直って聞いた。
「ああ、ところで、貴方は?」
「君が件の新入りのシオン君ね、私はエレノア、エレノア=ブルートパーズ=ウィルキンソン。タメで良いわよ。で、あっちにいるのが、アンジェリナ=パイローブ=カタリナ、この隊のリーダー役ね。見ての通り、色々心配に思う事とかあるかもだけど、腕の方は良いし、私も補佐するから安心してね。
……とまあ、全員揃ったし準備も大丈夫そうだね」
「それじゃあ、まぁ、行きますか」
レイをとっちめていた少女は、イタリア訛りの英語で言い放つ。
それで十分だった。
明け方のまだ東の空が真っ暗な中、男女6人の影は軽やかに歩いていく。
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