食事時だからか食堂は既に人でごった返していた。どうやら食事はビュッフェ形式ならしい。
鰊のサラダに羊のステーキと向日葵の種入りパン、バターライスに野菜と肉の煮込みその他様々な料理と香辛料の香りが辺りに広がる。
「割と贅沢なんだな」
嘗て日本で食べた事のある給食とやらもここまでではない。
やはり報酬や補助金の辺りがそこらの支部とは違うのか言えば、アリシアは食べたものを噴き出しかけ、慌てて飲み込んだものの、それが気道に入ったのか盛大にむせた。
崩壊した腹筋と息を整え、大皿によそった鱒の甘酢煮を黒パンの上に乗せて言う。
「まさか、協会がわざわざこんな事まですると思って?」
「違うのか?」
確かに残飯とかの処理を考えれば協会からの補助金だけでは済まないだろう。
「非番の奴が狩りに行くの、なにしろここら辺は食べる肉には困らないし、うちのコック兵は優秀だからね」
「食べる肉…?合成獣って食用だっけ…?あれ、じゃあ俺が食べてる鶏のクリーム煮の鶏は蛙禽……?」
それはちょっと…どころか、かなり嫌だ。
顔を顰める紫苑の隣で今度はレイがくつくつと肩を震わせる。
「蛙禽の肉なんか口に入れでもしたら、死んじまうよ。身体が溶けて骨すら残らない。……この辺りは自然だけは豊富だからね。普通の鶏も居れば鹿も居る。合成獣は人間と、肉の質感が人に近い豚しか食べないらしいから。アンタ意外と何も知らないんだな」
「別にいいだろ、でもまあそれなら安心した」
「それにしても、紫苑、そんな量少なくて足りるの?別に遠慮とかしなくていいからね」
そう言ってアリシアは少年の盆の上の鰊のサラダとガーリックライス、オニオンスープを見る。
「……少ないか?これ。俺は二人の胃袋の方を疑うけどな、まさか四次元ポケットとかだったりするのか?」
言えば大変嫌そうに少女は顔を顰めた。
「君の国にいる二頭身の猫型ロボットと一緒にしないでくれる?今更鼠ごときで騒ぐ程ヤワな神経してないから」
「そこ……?体型とかじゃなくて」
突っ込む隣でレイが独りごちる。
「まぁ、アリシアはどっちかというとキングコンg…ッアダッ…!!」
要らない事を言った馬鹿者は一撃を頭部に受けて沈黙した。
鉄槌を下した拳を解き、それをハンカチで拭きながら支部長でもある少女は言う、
先程とは違う感情の見えない声音で。
「明日から君とレイには馬車馬の様に働いて貰うつもりだから、ちゃんと食べといた方が良いわよ。腹に穴開けられた時の救命率考えたら腹三分目がちょうど良いとか言われてるけど、合成獣相手にはそんなのまやかしだし、むしろガス欠起こして、異能使えなくなる方が怖いから。……それと知ってる?日本の異能者にシュヴァルツっていう号が与えられるのは、独楽鼠みたいに働いてくれるからなんだって。私、期待してるから、裏切らないでね」
喋る彼女の目だけは笑っていなかった。
少女の浮かべるアルカイックスマイルは減速系の異能力よりも強いだろう――背筋を凍らせることに関しては。
こうして過労死という存在が存在するのだろうなと、ふと故郷の地下鉄に乗る生気のない社会人の群れを思いだした。
「……それで、明日俺に何を?」
「“狩り”よ」
「狩り……?」
流石にその対象が合成獣である事は察しがついた。
「そう、ここのあたりにはWW3の時の無人の合成獣製造工場がまだ残ってる。当時の一大生産地だったからね。それらしき工場が衛星写真にあったっていうから、確認して壊してこいって話、明日の朝から早速三日ぐらいの話だからこれすんだら早速パッキングしておきなさい」
合成獣製造工場は全て発見次第破壊する手筈になっている。
「それで、アリシア、明日のメンバーは決まったの?…ああ紫苑、隣座るよ」
不意に背後から声を掛けられ見遣れば、明るい金髪に紫の瞳の幼女――ロゼリエが立っていた。
「ロゼリエも一緒なのか?」
「そう、私とアンタとレイとあと三人……こういうのは大体六人で組むのが基本だから。私が遠中距離でレイが中近距離、紫苑は近距離特化、なら近距離をもう一人と、中近距離を二人欲しいってところ、でもって………号付きが〈一等星〉のレイだけじゃ心許ないかな、幾ら黒髪の戦闘馬鹿でも新入りを前衛に置くのは心配だし。ねぇレイ、アンタはどう思う?呑気に寝てないで答えてよ」
彼の白金色の髪の一房を掴んで引っ張りながら少女は問う。
気怠そうにレイは顔を上げた。
「リオンとアンジェリナとエリナってところかな。リオンは一等星の中近距離だしアンジェリナも近接系の一等星、エリナも二等星、紫苑は殆ど一等星と同じ扱いでいいだろ、さっきの演練でアリシアと相討ちまで行ったんだから。……じゃあ僕は先部屋戻ってるから」
腸詰を口に咥えて、食器を片付け、レイは席を立ち去っていく。
「……一等星?」
彼を見送りつつ紫苑は首を傾ぐ。
それを見てロゼリエがふふ、と笑みを浮かべる。
「まあ要は実力に基づく送り名みたいなもの、因みに私はベラトリクスっていう名前を貰ったけどね、アリシアはシリウス、全部星の名前、星の明るさの等級とその名前を貰った異能者の強さから名前を取っていくの。一等星なら協会の中では二十人と少しだけしか居ない」
そういって少女は首元に提げている金属板を掲げる。識別表には星座と彼女の名が記されて、星のベラトリクスがある場所には黒に赤色が散りばめられている石――血石が埋め込まれていた。
合成獣に負ければ、遺体なんか残るとは限らない、骨まで喰らい尽くす彼等にこの識別表が役立つとは思わない、事実、殆どの異能者は行方不明のまま見つからない、そういう死に方をする。
人は死んだら星に還る、ここではそう言われている。無論それがただの詭弁だとは知っている。
けれど、
……星の綺麗なこの場所では、例え遺体が残らなくても、夜空に浮かぶ星そのものが墓標になるから。
与えられた名前とこの板は。
合成獣と同じ原理から派生した力、得体の知れない力を持っているからと、一般人から除け者にされ使い捨てにされる異能者達の希望だ。
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