「い、いいいいい今なんて言いました!?」
「おぉ!?」
全力でしゃがみ込み、小さな精霊さんに顔を寄せる。
彼女が聞き捨てならないことを喋ったからだ。
「ま、『魔剣』って言いました!? 言いましたよね!?」
「な、なんじゃ? やけに食いついてくるのぅ……」
「そりゃあそうですよ! わたし、その『魔剣』を盗み……いえいえ、見つけ出すためにはるばるこんな遠くまで来たんですから!」
秘境『アビスバレー』。
高い山々に囲まれた四方絶壁の谷。
いわゆる陸の孤島と呼ばれるような場所。
出るのも入るのも容易ではない険しい谷だ。
谷の中は、樹海がまるまる入るほどに広く、深淵の谷と呼ばれる魔境だ。
「……むしろ、さっきのトカゲから逃げる程度の実力で、よくここまで来られたな?」
「え? えへへへ……」
ちょっと照れ笑い。
実は何を隠そう、わたし、メルル・クックには隠されたスゴい実力が。
というわけではなく。
「実は『魔剣』の噂を聞いてここに来ようとしていたんですが、道に迷っちゃいまして。諦めて帰ろうかなって思ってたら怪鳥に掴まりまして」
「まさかキサマ……そのまま連れて来られたのか?」
「は……はい」
いつ食べられるか分からない恐怖の空旅を終えた先に、この『アビスバレー』がありました。
ここに着いた瞬間、さっきのドラゴンがその怪鳥をおどかして撃退したまでは良かったものの、わたしを見るや否や美味しそうなエサとして認識したのか、ずっと追われていたという状況でございます。
「くふふッ! くははははははははッ!! 運が悪すぎるぞキサマ! くふふふふ!」
精霊、爆笑。
このド畜生、人の不幸を笑う嫌なヤツでした。
人が食べられかけて本当に死にそうな目に遭ったのに、本人の前で爆笑。ホント信じられない。神経を疑います。
「そこまで笑わなくてもいいじゃないですか!」
「やかましい! キサマわらわを笑い殺す気か!!」
「え、えぇ~……」
逆に怒られる。
理不尽だ。
「しかし、その運の悪さ……間の悪さ。そのアホさ加減。ますます気に入ったぞ。わらわについて来い、小娘」
ふよふよ、とド畜生の精霊さんが飛ぶ。
背中に黒い羽が生えている。
綺麗だった。
一瞬、それに見とれてしまったが、この自称・精霊は絶対ヤバい。
魔剣のこととか、気になることを言っていたけれど、嘘の可能性が高い。
ここは逃げた方が良さそうだ。
「ひとつ言っておくが、この森にはあの程度のトカゲや怪鳥はうようよしておるからの。よーく考えて行動するのじゃぞ?」
「うぅ……」
どうやらわたしに選択肢は無いようでした。
言われるままに精霊について行く。
さくさくさく、と雑草を踏みながら道無き道を行く。
「時に小娘。キサマ、名は何という?」
「…………」
怪しい。
さすがにちょっと警戒する。
「どうした?」
「……名前を知ったら呪いとかかけてきません?」
「かけるか!」
「…………」
魔女みたいな格好をしているし、油断したら生け贄とかに使われそう。
ずっと無言でいると、
「ハァ、分かった分かった。では、まずはわらわから名乗ろう」
精霊はわたしの顔の前まで飛んで来て、その可愛らしい顔を邪悪に染めて笑う。
「わらわは『魔剣の精霊』フェアリス。
魔剣から独立した意思、というところかの」
嘘ではない、と何となく分かった。
なにせ『魔剣』だ。
精霊を宿していても不思議じゃない。
長い年月が経った道具に精霊が宿ることはある。
喋る精霊なんてものがいるなんて話は聞いたことがないけれど。
「……それで? キサマの名は?」
「メルルです。メルル・クック」
教えても問題なさそうだ。
そもそもこの精霊フェアリスに命を助けてもらったのは事実だし、今さら警戒しても意味がないような気がしてきた。
「くふふふ……キサマとは長い付き合いになりそうじゃ」
その悪そうな笑い方はやめてほしい。
騙されているような気がするから。
◇ ◇ ◇
「ここじゃ」
びくびくしながらフェアリスの後ろを歩くと、しばらくして祠のような場所に辿り着いた。
木々の中に隠されるようにひっそりと佇む、朽ち果てた祠。
石で作られた土台部分は健在だが、木材で作られた屋根の部分はボロボロだ。
木や草、苔まで生えている。
随分と昔に建てられた祠のようだ。
「ん……んんっ!?」
目を疑った。
その祠の中に奉られるように横たわってあったのは、1本の巨大な剣。
祠と同じくボロボロの様子で、剣先の部分は折れている。
無くなっている剣先の部分を想像で足してみると、少なくとも2メートル以上はあったのではないか。
これはあれだ、グレートソードと呼ばれる部類の大剣だ。
しかも刀身がエグい。
錆びていて分かりにくいが、波打ったようなイビツな形をしている。
波というよりは、炎が近い。
聞いたことがある。
殺傷能力を異常に高めた剣。
その形状から、一度斬れば想像を絶する苦痛を相手に与えるという曰く付きの剣。
フランベルジュ。
「ま、まさかこれが……」
「そう、『神殺しの魔剣』じゃ!」
一見しただけで理解できた。
これほど禍々しいオーラを漂わせている剣なんて他にない。
これは間違いなく『魔剣』だ。
「おおッ!」
一気にテンションが上がった。
わたしはすぐに駆け寄って、その剣の柄を手に取る。
あまりにも嬉しかった。
だって、これを売ればとんでもない額で買ってくれるという人がいたのだ。
これを手に入れるためにどれほど命を削ったか。
怪鳥に攫われ、ドラゴンに追われ。
変な精霊に導かれ。
しかしようやく手に入ったのだ!
人生をやり直すための、お金の元を!
「うッ、重ッ!」
ズシッとその剣の重さが手にかかる。
両手で持ってもほんの少しも浮かない。
当然か。
わたしのような華奢な腕ではこんな大剣を持つことなんて出来やしない。
なんということだ。
魔剣がこんなに巨大だとは考えてすらいなかった。
「バ、バカ者! まず話を聞かんか!」
「へ?」
その瞬間、パァッと魔剣が光を放つ。
光と言っても普通の光じゃない。
真っ黒な光。
意味が分からないが、そうとしか表現できない色の光だった。
「よ、よいか!? イメージするのじゃ! 魔剣を扱うためのイメージじゃ!」
「イ、イメージですか?」
「そうじゃ、わらわは魔剣の精霊。そのわらわがキサマを持ち主と決めた。魔剣は使用者のイメージに沿って、その形状を変える。今まさに、魔剣はキサマを主と認めて姿を変えようとしているのじゃ!」
「なにそれスゴい!」
「今、手を離すなよ? 魔剣の力が溢れて死ぬぞ!」
「な、なにそれ怖い!」
「キサマが振るうに相応しい、強そうな形を思い浮かべよ! 絶対に余計なことを考えるでないぞ! ここでミスったら、もう取り返しがつかぬのじゃからな!」
「そんなことイキナリ言われましても!?」
無茶ぶりすぎる!
「説明する前にキサマが手に取ったからじゃろ!」
「そうですけれども!」
あ、ダメ。
余計なことを考えるな、なんて言われたら、余計に変なことを考えてしまう。
そういえば怪鳥に攫われてドラゴンに襲われてから、今までずっとご飯を食べてないなぁ、だとか。
美味しいご飯が食べたいなぁ、だとか。
今食べるなら炒め物がいいなぁ、だとか。
お肉もいいなぁ、野菜とかも添えて、一気に焼いた雑な料理をたらふく食べたいなぁ、とか考えてしまう。
「キャ!?」
そしてその瞬間、更に大きな光を放って、目の前が真っ暗になる。
しばらくして、黒い光が収まってから目を開く。
「…………ふぅ、ビックリしたぁ……」
わたしはいつの間にか、何かを握りしめていた。
ちょうど手に収まるグリップ感。
ほどよい重さは腕に心地良く。
「……やってくれたな……キサマ」
低い声で、どこか憤怒の色を感じさせるような声で、フェアリスが呟いた。
わたしは手に持っていたソレを見る。
「…………え?」
何度も目にしたことのある形の、ソレ。
光沢のある鉄の黒。
丸い形状は、まるで鍋のようだが、浅く作られていて炒め物や焼き物に最適。
それはどう見ても『魔剣』ではなく、
「――――フライパン?」
もはや剣ですらない、ただの調理器具だった。
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