神殺しの魔剣をフライパン(極強)にした犯人はわたしです

雪川 轍
雪川 轍

12話 魔人

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2021年5月4日(火) 10:21
文字数:3,013

「これで魔剣の『鎧』は手に入れた。残るは『盾』のみじゃな!」


 フェアリスが言う。

 さっきまで散々笑っていたからか、テンションが高い。


「ハァ……」


 わたしの気分は駄々下がりだった。

 何年も前の、幼女の頃のわたしならいざ知らず、この歳でこんな幼女服を着るはめになるなんて思いもしなかった。

 成長の乏しい体で良かったと思うべきか、普通に似合っているのが、まだマシだ。

 いや、似合いたくもないのだが。


「……よしッ」


 しかし、ずっと落ち込んでなんていられない。

 グッと拳を握りしめる。


 こんな森だ。

 ここには人がいない。

 ここが秘境『アビスバレー』で良かった。

 言うなれば恥ずかしがるような相手がいないのだ。


 目の前にいるのはお気楽天然女のエステル。

 魔剣の精霊のフェアリス。

 そして、いつもオドオドしているネル。

 ここには、この3人しかいない。

 もう十分に辱められた。

 ここは気分を入れ替えて、気にしない方向で行こう。

 そうしよう。


「盾も取りに行くのか?」


 エステルがフェアリスに聞いた。

 フェアリスは頷き、言い放つように口を開く。


「当然じゃ」


「……もう、どうにでもして」


 早々と諦める。

 ここまで最悪なことが連続したのだ。

 もうそろそろ大丈夫だろう。

 次は盾だという。

 盾なら、鎧ほどおかしなことにはならないはずだ。


「行くなら早くした方がいい。魔物の大群が、このアビスバレーに向かっているという情報があるんだ」


「魔物の大群が!?」


 思わず叫んでしまう。

 だって、自分の故郷が魔物の大群に襲われたと聞いていたのだ。

 事実は少し違ったようだが、魔物に王国が滅ぼされたのは間違いようのないことだ。

 さすがのわたしでも気が気じゃない。


「おそらく魔物達の狙いは『魔剣』。だからこそ『聖槍』の使い手である私が、秘密裏にアビスバレーに来て『魔剣』を回収する予定だったのだ。魔物に強大な力をみすみすと渡すわけにもいかないからな。まぁ……色々と予定は大きく変わってしまったが」


 エステルがわたしを見る。

 正確にはわたしが持っているフライパンを見ている。

 つまりは、それをかすめ取ってしまったのがわたしだ。

 魔物もエステルも狙っていた魔剣。

 わたしは、これ以上ない最悪なタイミングで来てしまったのだ。


「それに、『魔人』もいたという情報もあるぐらいだ。誤情報だったら良いのだが、しかし万が一ということもある。さっさと取るものを取って、このアビスバレーから退散した方が無難だ」


「……魔神、ですか? え?」


 何だろうか。

 魔神。

 まじん。

 エステルがそう言ったのに、どこかニュアンスが違うような気がした。

 わたしが思ったそれとは違う、まじん。


「メルル、先ほどは人の魔物は特別に強いと教えたな。覚えているか?」


「え? ええ。最低でも侵蝕率は【40%】以上になるって……」


【30%】のヒュドラで国が滅ぶレベルの強さだ。

【40%】だとすると一体どれほどの強さなのか、わたしには想像すら出来ない。


「人の魔物の強力さ、厄介さ、そして凶悪さ。それらを考慮したうえで、普通の魔物とは一線を画す人の魔物……やつらのことを、我々は、絶対に倒すべき大敵として定め、こう呼ぶ」


 エステルが聖槍を一度振るい、気合いを入れ直す。

 丁寧に、間違いなく、その脅威をわたしに伝えるために。


「魔の人と書いて――『魔人』と」


「魔人……」


 魔に染まった堕ちたる神、魔神。

 それに連なる眷属である、魔人。


「そうだ。やつらがもし、このアビスバレーに来たとしたら、大変なことになる。もし仮に、グレア・ブレイディアのような魔人だったなら、我々の戦力では敵わない」


「…………」


 滅んでしまった故郷のレクセス王国。

 魔人が滅ぼした、わたしの故郷。

 わたしの義母と義姉が、わたしの国を滅ぼした。

 そんな恐るべき魔物が、このアビスバレーに来てしまったら。

 ぶるり、と身が震えた。


「あ、あの……エステルさま」


「どうした? ネル」


 それまで黙って聞いていたネルが、おずおずと話しかけた。


「……もう、侵入されています


「……なに?」


「わ……私達一族の警戒網に、かかったので間違いありません」


 ネルは震える声で、懸命に伝える。


「……魔人はもうこのアビスバレーに存在しています




◇ ◇ ◇




「おいおい、頼むぜ人間」


 アビスバレーの樹海の中で、大変なことが起こっていた。


「ア……ぐッ……」


 ネルと同じような衣装を着た男が、血だらけになっている。

 そして、その彼の首を掴んで離さない男が、ひとりいた。


「そろそろ教えてくれてもいいんじゃねェの?」


 貴族がパーティで着用しているような、背広の服を着ている男。

 ざんばら髪で、少年ほどは若くはなく、それよりももう少し上、青年といった歳の程か。

 人とほとんど変わりない姿。

 しかし、その瞳の雰囲気は、明らかに異質だった。


「ナァ、『魔剣』はどこだ?」


 その瞳は、輝くような血色の紅蓮。

 そして、白眼の部分が、深く沈むような闇色の漆黒だった。


「……誰が、キサマなどに教えるか……『魔人』め」


「チッ、テメェも死ぬまで言わねェタイプなのかよ」


 魔人と呼ばれた背広の青年が、不機嫌そうに言った。


「オレァよ、さっさとこんな森しか無ェクソ辺鄙なところからおさらばして、人間がいっぱいいる国とかで大暴れしてェんだよ」


「うグッ……ッッ」


 魔人が男の首を強く握る。

 ネルと同じ衣装を着た、一族の男は苦しげに息を吐く。


「テメェらが教えてくれたら、オレァすぐ帰れるんだよ。ナァ頼むよ、教えてくれよ『魔剣』の場所をよォ?」


 怒りを抑えたような小声で、一族の男の耳元でささやく魔人。

 極限の脅しである。

 しかし、


「……そう言われて、誰かひとりでも……我ら一族の者が、魔剣の場所を喋ったか?」


 男は怯まない。

 口から血を流しながら、不敵な笑みで魔人に聞く。


「…………」


 魔人が黙る。

 それはつまり、誰ひとりとして彼らに情報を渡していないということ。

 そして、


「我らは誇り高きアロアロ族の戦士だ。我らは魔剣の守手。たとえ一族の全員が死に絶えようとも、キサマに話すことなど何も無い」


 今まで魔人が問い詰めた相手は全て、死んでしまっている。

 それを知ってなお、血塗れの男は不屈だった。


「…………ッ」


 次の瞬間、ドズッ、という鈍く重い音が響き渡った。


「ガッ……ぐ……ッ、ガハッ……ッ」


「ア、また殺っちまった」


 魔人の手が、一族の男の胸を貫通していた。


「最後のひとりだったってのによォ……あーあ、なんでオレをイラつかせるようなことばっかり言うんだ? 何なんだお前ら、頭おかしいのかよ? 全員こんなヤツばっかりかよ。クソ、せっかくの情報源が……」


 言いながら、一族の男を放り捨てる魔人。

 血で服が汚れたからか、ポケットから出したハンカチで腕を拭き続けている。


「ァ……ぐゥ、長老、みんな……すまん、逃げ……て、くれ。ネル……鎧は、頼んだ……ぞ」


「……んん? 誰だそりゃ? ナァ、もしかして、そいつが魔剣を持ってんのか?」


 小さく呟いていた男の言葉を、耳ざとく聞いていた魔人が近づく。


「おい聞いてんのか?」


 しかし、既に男は絶命しており、何の返事も返ってこなかった。


「…………チッ、人間はすぐに死にやがる。まぁいいや、ちょっとは楽しめたぜ。弱いなりにテメェはお前らの中で一番強かったからな」


 魔人はそう言いながら、死んだ男の頭を足でグリグリと踏みつけた。


「さぁて、次はどうしようかねェ」


 凶悪極まる魔人は、アビスバレーの森の中へゆっくりと入っていった。

 大量の血の匂いをさせながら。

 どうしようもない暴力と共に。




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