エステルの話は続いた。
長い話になるということなので、近くの小川が流れる場所に陣取って休憩することになった。
原住民の少女ネルが、手際良く火を起こして焚き火を作ってくれた。
おまけに樹に登ってヤシの実のような果物を取ってくれた。やはり原住民だけあって、手慣れているようだ。
「おいしい!」
実の中身は水分がたっぷりと入っていて、ジュースのような甘い味がした。
わたしは子供舌なので、久しぶりの甘味ある飲み物に喜んだ。
「よ、よかったです」
ニッコリと笑ったネルは、年頃の少女特有の可憐さがあった。
ネルは14歳になるらしい。
わたしより2歳も年下だった。
なのにわたしより背が高い。
体の発育は完全に負けていた。
「……ガリッ、うむ。これは美味だな」
エステルは実を皮ごといっていた。
自分の持っている実を確認してみる。
「…………」
わたしが持っているものと同じものだ。
この実はたしか、ネルがナイフでグリグリしてようやく穴が開いたものだったはずだが、エステルはそれを歯でガリガリと噛み潰して食べている。
「そ、その皮は硬くて食べられな……」
「ん? なんだ?」
「あ、いえ……なんでも、ありません……」
ネルが小さく縮こまった。
気持ちは分かる。
なんだあのエステルの歯は……異常だ。
コンコンと実を叩くと、実に硬いことが分かる。
比喩ではなく、石のように硬い。
それをまるで酒のつまみのイカのように、ガリガリと歯で噛み千切って食べている。
「うむうむ! うまい」
そんなエステルの歳はなんと17らしい。
黙って大人しくしていると色気がスゴいので、もっと歳がいっているのかと思っていた。
エステルは『聖槍』に選ばれたおかげで神殿騎士になったらしい。
自分も『魔剣』に選ばれたらしいから、どうして選ばれたのかだとか、その槍は一体何なのか等、色々と聞いてみたくもあったが、あまり深く詮索するのもマズいと考えて自重した。
今でこそヤシの実みたいなものをガジガジ食べているアホっぽい人だが、そもそもこの女、初対面でイキナリ人を殺そうとするぐらいアレな性格をしている。
危ない人には近づいてはいけない。
これ大事。
亡き両親にも言われていたし、執事長の手記にも書かれてあった。
とりあえず、隙を見て逃げ出すのが最もいい選択だと思われる。
今はエステルもニコニコとしているが、いつ牙を剥いてくるかも分からない。
正直さっさとこのアビスバレーからオサラバしたい。
ここに来てからドラゴンやらヒュドラやら、人里近くでは考えられないレベルの、とんでもない魔物と遭遇するし、命がいくつあっても足りやしない。
とにかくここは危険過ぎる。
早くアビスバレーを脱出して、何とかこの『魔剣』から逃れられる術を見つけて、あわよくば『魔剣』を売り払いたい。
そうして、自分の実家があった土地を買い取りたい。
あ、でも今は魔城跡みたいな感じになっていて、とてもじゃないけど人が住めるような場所じゃないらしい。
何はともあれ、とりあえず自分の目で見てみないと話しにならない。
どんな惨状だったとしても、あの場所は自分が住んでいた大切な実家だ。
色々問題は山積みだけど、ひとつひとつ解決していくしかないのだろう。
「…………」
「浮かない顔をしておるな」
物思いに耽りながらフライパンになった魔剣をいじっていると、フェアリスが近くに飛んで来た。
「キサマの人生を直接見てきたわけではないから、特に言うことはないが、まぁ、なんだ……気を落とすな」
そっぽを向きながら、フェアリスがそんなことを言ってきた。
義母と義姉が魔物だった。
彼女達が連れて来た、顔も知らない使用人達もおそらくその配下で、わたしの城は魔物に乗っ取られたのだ。
そして、わたし自身は地下牢に閉じ込められていた。
執事長も、わたしを助けるために犠牲になった。
何もかも全部、魔物のせいだったということを突然、しかも一気に教えられたのだ。
自分では気づかない内に、気落ちしていたのかもしれない。
「……もしかして、慰めてくれてるんですか?」
「は、ハァ!? そ、そんなわけないじゃろ!」
誤魔化すように、あたふたしながら手をバタバタさせたフェアリス。
顔を真っ赤にしている。
図星らしい。
そういうのホント止めてほしい。
優しさなんて見せられたら、甘えてしまいそうになる。
理不尽にすぐ人を叩いたりするのに、まぁいっかとか思ってしまう。
ふいにギャップを見せてくるなんて卑怯だ。
ホントに。
「ありがとうございます。わたしは大丈夫ですよ」
「……、…………ふんっ」
不機嫌そうに、フェアリスがわたしの肩に、そっと乗ってきた。
フェアリスの温もりが肩越しに伝わってきて、ヒドく安心している自分を自覚した。
「この果物は本当にうまいな! ネル、おかわりはあるか?」
「あっ、はい! お持ちします!」
エステルが実を丸ごと食べていた。
それでもまだ足りないらしく、ネルが木に登って実を取りに行った。
「……ふふ」
人がいる。
こうして、人と食事をするのは何年ぶりだろう。
いや、食事と言っても実のジュースを飲んでいるだけだけど。
それでもこうして焚き火を囲んで誰かと一緒に過ごしている事実が、すごく嬉しかった。
最近まではずっと地下牢の暗く冷たい部屋で独りだったから、外に出られて、こうしていることが嬉しくてたまらない。
そう、そうだ。
嬉しいのだ、わたしは。
ここはとても温かくて、心地良い。
隙があったらすぐ逃げ出す予定だったけど、もうちょっとだけ。
一緒に居てもいいかな、って。
わたしは思った。
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