神殺しの魔剣をフライパン(極強)にした犯人はわたしです

雪川 轍
雪川 轍

7話 それぞれの自己紹介

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2021年6月30日(水) 08:57
文字数:4,113

「ふむ」


 エステルが、ヒュドラに呑まれかけていた少女を診ながら頷く。

 修道女はケガをした人を介抱する知識を学ぶらしいとは知っていたが、エステルの所作は随分と手慣れているようだった。


「ケガはなさそうだな」


『神殿騎士』と名乗ったエステル。

 その言葉のとおり、彼女は神殿を護る騎士だ。

 国や貴族が持つ騎士団や、金で雇われて戦う傭兵とは違う、神の騎士。


 騎士団や傭兵は、基本的にはそれぞれの国や土地を護るために戦う戦士だ。

 その敵対対象には人を襲う魔物はもちろんのこと、悪人や犯罪者も含まれる。

 神殿騎士の活動も似たようなものだが、その根源的な本質はまったく違う。


 騎士団や傭兵の本質は、大なり小なり人を護ることが主な活動目的だ。

 でも神殿騎士は、魔神を倒す、あるいは封印することを第一に考える。

 魔神を倒すために魔物を倒す。


 つまりは、対『魔神』。

 それに特化したのが、神殿騎士だ。

 同じようで根本が違うのが彼女ら神殿騎士なのである。

 という話を、エステルが女の子を診ている間にフェアリスが話してくれた。


「あ、ありがとうございます……」


 小さな声で少女が言った。

 魔物は撃退したのに、まだおどおどしている。

 これはおそらく彼女の性格なのだ、と理解した。


「それでお前は、やはりアビスバレーの原住民か?」


「え……えと」


 押し黙る少女。

 それを見かねてか、エステルが言った。


「心配するな。お前達の一族が『魔剣』を守っていることは知っている。何しろ、500年前にその任を与えたのが、我々『神殿騎士』なのだからな」


「で、ではあなたは……」


「私は『神殿騎士』のエステル・スピアーズという。『聖槍』の所持者だ。確認してくれ」


 エステルがその手に持った聖槍を見せた。

 軽い、ゆっくりとした動作だった。

 攻撃の意図など無いことは明白だった。


「……ひっ!」


 しかし、少女はビクッと驚いてその場に丸まった。

 攻撃されるとでも思ったのか、酷い怯えようだった。

 たしかにエステルは出会ってすぐわたしを殺しにかかってくるぐらい、変な女だ。

 この少女の気持ちはよく分かる。

 よく分かるが、いやいや、今の会話の流れからそんな反応をする方がおかしい。


「…………」


 エステルが何とも言えない顔をして、こちらへ助け船を求めてきた。

 わたしはブンブンと首を振った。


「ハァ……仕方ないのぅ。ほれ、顔を上げい」


「あ……魔剣の精霊さま」


 少女がフェアリスを見て安心したような表情をした。


「え? 知り合いなんですか?」


 わたしの当然の疑問に、フェアリスがドヤ顔で頷く。


「こやつは幼い頃から、わらわに供え物をしていたからな。顔見知りよ」


「ああ、つまりフェアリスのエサやりってこと……痛いッ!」


 フェアリスにぶたれた。

 この理不尽精霊、段々反応が早くなってる。


「まったくキサマはいつまで経っても臆病者じゃのう」


「ご、ごめんなさい……」


「それで……そろそろ確認してもらってもいいか?」


 聖槍を前に出したまま止まっていたので、エステルの手がプルプルと震えていた。

 少女はまじまじと聖槍を確認して、


「たしかに……せ、聖槍です……」


 小さく頷いた。


「も、申し遅れました。私は……ネル・ウィップです。このアビスバレーで魔剣の守を務めている『アロアロ族』の末裔……です」



 どうやら本当に魔剣を守っている一族だったらしい。

 あれ? それじゃ勝手に魔剣を手に取ってフライパンにしたのって、相当にマズい状況なんじゃないか。


「わらわが魔剣の精霊フェアリスじゃ」


 小さな体で尊大な態度。

 それはわたし以外にも同じらしい。


「ふむ……魔剣の精霊とはな。長い年月が経った物に宿る意思か。もしかしたら、魔剣には宿っているのかもしれないとは思っていたが……やはりいたのか」


「む? 魔剣には? キサマの聖槍にはおらぬのか?」


「残念ながら宿っていない」


「ふふん!」


 なぜかドヤ顔をするフェアリス。

 聖槍とは何か因縁があるのか、何度も敵対視しているのがちょっとだけ引っかかる。


「しかし精霊というよりは、まるで魔女だな」


「まぁ、そこはわらわの趣味じゃ」


「悪趣味…………アッ、痛い!」


 叩かれた。

 めちゃめちゃ小さな声でボソッと言ったのに聞こえていた。

 地獄耳すぎる。


「それで、こやつが当代魔剣の継承者じゃな」


「いたたた! 痛いですって!」


 わざわざ後ろへと回り込み、ガンガン、とおしりを蹴ってくる。

 扱いが酷い。


「ま、魔剣の!?」


 少女――ネルが驚きの声を上げた。

 恥ずかしがり屋なのか、その後にちょっと顔を赤らめていた。


「で、でも……魔剣は……」


「これじゃ」


 フェアリスがフライパンを指差した。


「…………うぅ」


 恥ずかしい。

 こんな秘境の森の中で、フライパン片手に立っている自分が本当に恥ずかしい。


「こ……これが魔剣……」


「全部、こやつのせいじゃぞ。キサマら一族が500年間守ってきた魔剣を、こやつがコレにした」


「ご、ごめんなさい……」


 念を押すように言うフェアリスに、謝ることしか出来ない。


「で、でも……そうですね。この溢れ出ている魔剣の雰囲気……たしかに魔剣です。ということは、私のご主人さまですね


「へ?」


 ネルが何を言ったのか分からなかった。


「?」


 わたしの疑問の声に、首を傾げるネル。

 しかし、すぐにハッと気づいて、先の言葉の意味を伝えてきた。


「あ、えと……500年前に交わされた誓いなのです。私の一族は、次の魔剣の継承者に仕えると……」


「そういえば、昔の文献にそういう記述があったな」


 ネルの言葉に、エステルが言った。

 ネルが深く頷き、


「そ、そういうわけで、これからあなたの従者になりますネル・ウィップです。ふつつか者ですが、何卒よろしくお願いします……えっと」


 言葉に詰まったネルの意図を察した。

 そういえば名乗っていなかった。


「メルルです。メルル・クック。ええと……その、従者とか……そういうのは別に望んでないというか……」


 なんだか面倒なことになりそうだったので、丁重にお断りさせていただこうと思った矢先だった。


「……メルル!?」


「はい? なんですか?」


 エステルに名前を呼ばれて返事をしたら、エステルが目を丸くして驚いた。


「お前……メルルか!? メルル・クック!? あのメルル・クックか!? 公爵令嬢だった!? あのレクセス王国の!?」


 混乱しているのか、エステルの質問はたどたどしかった。

 でも何を言わんとしているのかは理解出来た。

 レクセス王国の公爵令嬢で、メルル・クックという名はわたししか存在しない。


「は、はい……そうですが」


 エステルにぐわっと顔を寄せられて困惑する。

 うわぁ、この人ホント顔が綺麗。

 羨ましいなぁ、などと思っていると。


「嘘をつけ! お前がメルル・クックのはずがない!」


「わたしの存在まさかの全否定!?」


「メルル・クックは今年で16になるはずだ! お前はどう見ても10歳くらいではないか!」


「ちょ!?」


 人が気にしていることをズケズケと。

 背も小さくて全然成長してなくて、胸もエステルに比べたらぺったんこだ。

 でも、それでもさすがに10歳は言い過ぎじゃないか?

 いくらなんでもヒドい。


「ほ、ほら! これでどうですか! わたしがメルル・クックですよ!」


 わたしは服の中に忍ばせていた大事なロケットペンダントを取り出した。

 この中には両親が生きていた頃に、幼い頃のわたしと両親とで一緒に撮った家族写真が入っている。

 これが、今わたしがメルル・クックだという唯一の証拠だ。

 ほとんど初対面の人間に見せるような代物じゃないけど、わたしの自己存在を否定されてしまっては、メルル・クックの沽券に関わる。


「こ……この写っている男性は、エルデルト・クック公爵だ……」


「父です」


 よかった。

 エステルはどうやら父を知っていたようだ。

 レクセス王国の公爵だったから、他国にも顔は知れ渡っているはずだと思って見せたのだ。


「綺麗な黄金の髪……メルルさまは、お母さま似なのですね」


 ネルが横から写真を見て言った。

 どうやら彼女は父を知らないようだ。

 こんな秘境で暮らしていたら知らないのも無理はない。


「そ、そんなバカな……」


 エステルがまだ信じられない、といった様子でわなわなと震えていた。

 そして、わたしの近くまで寄ってくる。


「お前が……メルル・クック……」


「ちょ……な、なんですか? か、体をまさぐって……あはっ、あはははは! くすぐったいです! やめてやめて!」


 めちゃめちゃに体を触られる。

 ほとんど初対面でこんなこと……変態かもしれないこの人。

 同性で、美人だからって許されることじゃないですよ!


「ど……どういうことだ……」


「どういうことって、こっちが聞きたいですよ! 何なんですか!」


 エステルから素早く離れる。

 辱められたような気分だ。


「うぅ……まったく」


 ぎゅっと体を自分で抱きしめる。

 貞操は守らなければならない。


「いいかよく聞け、メルル・クック」


「……?」


 神妙な面持ちで、エステルが言った。


「お前は、我々『神殿騎士』どころか、この世界全ての『騎士団』や『傭兵』から、最重要危険人物として抹殺命令が出されている


「…………」


 ん?


「…………」


 抹殺?

 それって、え?

 殺されるってこと?


「えええええええええええええええ!?」


 ちょっと待ってどういうこと!?

 意味が分からない!


「メ、メルルさまは……き、危険な、悪い人……なんですか?」


 ネルが不審な目を向けてきた。

 そりゃそうだ。

 抹殺命令が出されているとか、しかも世界中の組織から狙われているとか、もうそれ尋常じゃない。


「待って待って! わたし何にもしてませんよ!? 買い食いだってしてませんし、ポイ捨てなんかもやってませんし!」


「そんなもので狙われるか! キサマ、人畜無害な顔をしておるくせに、ここに来るまでどれだけの人間を殺してきたのじゃ?」


「ちょっとフェアリス!? 怖いこと言わないでくださいよ! ひとりだって殺しちゃいませんよ!? ねぇ、エステル、あなたテキトウなこと言わないでくれます!?」


 助けを求めるように、エステルを見る。

 この人は一体何を言っているのだ。

 どうしてわたしが狙われている?


「メルル・クック……お前は、世界中から――――」


 そうして、エステルが神妙な声を更に切り詰めて、


「――――魔神を復活させる魔物』として認識されているんだ」


 怖ろしいことを、口にした。




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