わたしがどうして魔剣を狙ってアビスバレーにやってきたのか。
それを話すには、少しだけ過去のことを伝えなければならない。
レクセス王国、エルデルト・クック公爵。
広大なクック領を治める公爵。
それがわたしの父だった。
つまりわたしは公爵令嬢という立場の人間として生まれた。
強い父、優しい母を両親に持ち、蝶よ花よと愛でられて育てられた。
何の不満もなく、このまま貴族として生きていくのだと思っていた。
でもそんなわたしの人生は、すぐに転落していくことになる。
父と母の死。
幸せは簡単に壊れてしまうものなのだと、この時初めて知った。
両親が事故で亡くなってから全ては変わった。
わたしの家のクック城に、見知らぬ人達がやってきた。
「はじめまして、メルル」
やってきたのは貴族の女性だった。
父と母と交友関係にあった貴族らしい。
ひとりになってしまったわたしを見かねて、遠くの辺境からやってきたようだ。
いつまでも領主不在では立ちゆかない。
新しい領主を迎えなければならない。
しかし、領主エルデルト・クックの子は、世間知らずのわたしひとり。
どういった経緯で選ばれたのかは分からないが、父の後釜としてやってきたのが彼女だった。
「私達はこれから家族になるのよ、よろしくね?」
義理の母が出来た。
わたしに拒否権は存在しなかった。
父に仕えていた人達や、城で働いていた人達は、全員すぐに辞めさせられた。
わたしと仲が良かった人達は全員、わたしの前からいなくなってしまった。
代わりに、義母が雇った使用人達が城で働くようになった。
自分の生まれ育った城なのに、知らない人達しかいなくなった。
「うふふ」
「くすくす」
義母には娘がふたりいた。
わたしより2歳年上の長女と、1歳年上の次女。
いつの間にか、義理の母と、義理の姉がふたり出来た。
両親の死を悲しむヒマもなく、わたしの新しい生活が始まった。
「それじゃメルル、私達はお城のパーティに行ってくるわね」
「お留守番、よろしくね。いいコにしていてね」
「あなたのドレス、もらったわよ。ありがたく思いなさい?」
簡単に言うと、わたしは全てを奪われた。
父が持っていた公爵の権力。
財産、そして領地、人脈。
あらゆるものを乗っ取られた。
わたしの存在は彼女達にとって、邪魔以外の何者でもなかった。
わたしは公的な場に姿を出すことは許されず、城の地下牢に幽閉された。
その状態が数年続いた、ある日。
城の地下牢に入れられていたわたしの元に、見知った人が現れた。
「メルルさま……やつれてしまわれましたな」
辞めさせられたはずの、執事長だった。
ずっと昔から城の執事をしている人で、もうお爺ちゃんだ。
時々厳しいけれど、しわしわの顔で優しく笑う人で、わたしはこの人が好きだった。
彼は大ケガをしていて、大変なことになっていた。
ここまで来るのに、相当な無茶をしてきたのだろう。
「メルルさま、お逃げください。このままでは殺されます。残念ながら……もはやこの王国に、あなたさまの居場所はございません」
義母は外面が良く、王国の貴族は彼女の味方だという。
牢の扉を壊した執事長が続けた。
「これは私の手記です。あなたさまが生きていくうえで必要なことを書いておきました。当面の路銀も、少々ですが……」
執事長は必死だった。
血を流し、息も絶え絶えでわたしの手を握った。
「いたぞ! こっちだ!」
衛兵の声が聞こえた。
大勢の足音が、この地下牢に向かってきているのが分かった。
「私が道を切り開きます。後ろを振り返らず、走ってください」
泣くわたしを無理やり走らせ、執事長は、最後に笑った。
しわしわの顔で、いつもと同じような笑顔だった。
「僭越ながら、孫のように思っておりました。メルルさま、せめてあなたさまだけは、生きてくだされ」
最後に聞こえた言葉は、そんな優しい声だった。
◇ ◇ ◇
「……そうか。そういう事情で魔剣を求めたのか」
「はい。お金が必要でしたので、魔剣を手に入れて売ろうかなって」
魔剣の精霊フェアリスに、自分の過去を無理やり聞き出された。
あまり人には聞かせたくない話だったけど、彼女は真剣に聞いてくれた。
もしかしたらこの精霊、意外と良い人なのかもしれない。
人じゃなく精霊だけど。
「……ん? 待て、売る?」
「お城を取り戻すには、お金が必要なので」
執事長の手記には、色々なことが書かれていた。
生活の仕方、旅の仕方、宿の取り方など。
トレジャーハンターをすることになったのも、執事長の提言だった。
身分を隠して生活するのにうってつけの職業だったからだ。
「ハァ!? バカかキサマ!」
耳もとまで飛んできて、大声で怒鳴られた。
耳がキィンとする。
「魔剣を手に入れたのじゃぞ、キサマをそんな目に遭わせた奴等に復讐してやればよかろう。キサマも見たであろう、魔剣の力を」
フェアリスの言葉に、わたしは首を振った。
最初はそのつもりだった。
義母達に復讐して、自分の城を取り戻す予定だった。
魔剣を求めていたのはそういう理由もあった。
でも、事情が変わった。
「もういないんですよ、義母も義姉も、誰も彼も。レクセス王国は、なくなったんです」
「なくなった?」
「わたしが王国から脱出した後、レクセス王国は魔物に滅ぼされたんです」
「…………」
苦労して国外に出て、しばらくしてのことだった。
大ニュースになっていた。
魔物に国が滅ぼされるなんて近年ないことだったから、余計に。
「わたしの復讐は……わたしが知らない間に、もう終わってしまったんです」
何もかもが滅ぼされたレクセス王国の跡地。
生き残ったのはわずかな人々。
その中には、わたしが知っている人はひとりもいなかった。
その後、レクセス王国は別の国に吸収されて今は復興している途中だ。
滅ぼされた国の土地は、競売に出されていた。
生まれ育った城は完全に破壊されてしまったようだが、土地がある。
自分の城があったその土地を買うために、わたしにはお金が必要だった。
この魔剣は本物だ。
今はフライパンだけど、土地を買うぐらいのお金にはなるだろう。
「わたしには荷が重すぎますしね、この魔剣は」
「ああ、なるほどキサマ勘違いをしておるな」
「え?」
フェアリスが「くふふ」と笑う。
「残念じゃが、魔剣は売れぬぞ」
「はい!?」
「そこにガケがあるじゃろ。ちょっとそのフライパ……魔剣を投げ捨ててみよ」
「え、もったいない! せっかく手に入れたのに、無くしちゃったらどうするんですか!」
「いいからやれ!」
「ヒェ……怒らないでくださいよ!」
言われたとおり、しぶしぶガケ近くまで行って、フライパンを投げてみる。
ガケ下に落ちていくフライパン。
深い木々の中に、その姿が消えていく。
すると、
「わっ!?」
ドンッと音がするぐらい勢い良く、手元に戻ってきた。
「飛んできた!?」
「くふふふ、便利じゃろ?」
「なんで!?」
「魔剣はキサマを主として認めたのじゃ。捨てられるわけがなかろう。無理に捨てようとすると、呪い殺されるぞ」
「な……な……」
なんてことだ。
手放すと飛んでくるフライパン。
売ろうとしたら、戻ってくるということだ。
「詐欺だ――――――――ッ!!」
「何も騙してはおらんぞ。わらわは最初から、キサマを主に認めたと言ったではないか」
「こ、こここコレ、どうしたら手放せるんですか!?」
「さて? これまで魔剣を手放した者はおらぬからな。ああ、ひとつだけ。死ねば解放されるぞ」
「そ、そんな……」
ちょっと待ってほしい。
ということは、死ぬまでこのフライパンを持ち歩かなければいけないということにならないか?
旅をしながらフライパンを背負い。
宿でフライパンと一緒に寝て。
おめかしをして街を歩く時も、フライパン。
「くふふふ。だからイメージをちゃんとしておけと言ったのになぁ?」
「うわあああああああああああッ!」
最悪だ。
呪いの道具にもほどがある。
まだ剣なら良かった。
剣士だからと誤魔化せる。
でも今の魔剣はフライパンだ。
それをいつでも持ち歩くわたし。
マヌケすぎる。
最低だ。
「くふふふふ」
心底から楽しそうに笑う邪精霊。
いくらなんでもあんまりだ。
わたしが一体何をしたっていうのか。
「神殺しの魔剣をフライパンにした犯人には、ちょうどよい罰ではないか」
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