「つ、着きました!」
鬱蒼と覆い茂る深い樹海。
それを越えた先。
森が一気に開ける。
「ここが、私の一族が住む里です」
アロアロ族の里。
ネルが生まれ育った場所だ。
森の中に広がった空き地。
そこに、テントがいくつも張られている。
里を囲むように柵があるが、これはおそらく魔物用の柵ではない。
魔物を防衛する柵にしては低く脆すぎるから、動物を外に出さないためのものだろう。
羊とか牛とかがそこら中で草を食んでいる。
犬も何匹かいる。牧羊犬としての役割もあるのだろうが、魔物が近づいた際の探知犬としての役割の方が大きいのだろう。見慣れないわたしとエステルに向かって吠えている。
「いいところですね」
わたしは思ったままの感想を言った。
自然と一体となり、しかし、必要以上に自然の中には溶け込んでいない。
人間の生活と自然とは相反するものだ。
便利になればなるほど、自然とはかけ離れていく。
ネルの一族は、そのギリギリのところで止まっている感じだ。
悪く言えば古くさい生活様式。
良く言えば、懐かしい感じ。
原始に自分の先祖がやっていたであろう生活。
自分の血の中に、きっと記憶として残っているのだろう。
その血の記憶が、懐かしいと心を刺激する。
「あ、ありがとうございます。メルルさま」
言葉のままに受け取ったネルは、自分の住む場所を褒められて嬉しそうだ。
歳相応のあどけない笑顔。
彼女をヒュドラから助けられて本当に良かったと思った。
「そ、それではこちらへどうぞ。里の中を案内します」
里に入っていくネルの後をついていく。
わたしはキョロキョロと周囲を見渡した。
こういうところで普通は眼につくのは馬なのだが、馬の姿はどこにもない。
それは当然で、ここは樹海の中だ。
平原や草原を走る馬では移動手段にならないのだ。
ここに来るまでの間、道らしい道は無かった。
あるのは獣道のようなもので、地面には木々の根がそこら中に浮き出ていて、わたしは何度転んだか分からない。
「ネル!?」
里の中ほどに入っていったところで、老人の声がした。
ネルと似たような服装の老人だ。
ネルの控えめな花飾りとは違い、彼の頭には孔雀のような派手な羽根飾りがついている。
「おお……よかった。無事じゃったか」
「長老。はい。あ、あの……」
「ところで、そちらの方々はどなたかの? 魔剣の精霊さまもご一緒のようじゃが」
長老は目ざとく、ネルの後ろにいたわたし達に言及する。
よそ者のわたし達を歓迎するでもなく、しかし失礼な態度でもない、こちらを不快にさせない程度の警戒心で、わたし達の素性を聞いた。
さすが一族を束ねる長老といったところか。
「久しいのう坊主。随分と歳を取ったものじゃな。キサマと最後に会った時は、小さいガキじゃったのにな」
フェアリスが長老の前に出る。
「魔剣の精霊さま。お久しぶりでございます。どうにも、歳を取ってからは忙しく、礼を失しておりましたな。お許しくださいませ」
曲がった腰を更に曲げ、深くお辞儀をする長老。
なんだかフェアリスが偉い人のように見えてしまった。
「こ、こちらは聖槍の使い手のエステルさまです」
「よろしく」
エステルが騎士の礼をする。
ヒジを出して軽く身を屈める礼だ。
「せ、聖槍の……!? なんとまぁ……」
「どうしたどうした?」
「なんだなんだ?」
「長老? 何かあったのか?」
どうやら長老の驚きが里中に聞こえたらしい。
裏で畑か何かの作業をしていたのだろう、老人達が現れてわらわらと寄ってきた。
「ネルが聖槍の使い手さまを呼んできたのじゃ」
「おお……」
「ということは神殿騎士の人か?」
「神よ……」
「ネル、よく無事で……」
様々な反応を見せる老人達。
どうやらエステルは彼らにとって助け船として見られているようだ。
魔人が彼らの警戒網にひっかかり、アビスバレーに入ったことを悟っていた。
聖槍の使い手が現れたのは、渡りに船というわけだ。
「そして、こちらのお方が、魔剣の継承者の、メルルさまです」
ネルに仰々しく紹介されて、少し照れくさい。
促されるままに前に出て、貴族式の礼をする。
スカートの端をちょこんとつまみ、ヒザを屈める礼儀作法。
「…………」
そして、カァと顔が熱くなる。
今の自分が着ているその格好を思い出した。
子供用のエプロンドレスだった!
恥ずかしい!
穴があったら入りたいぐらいだ。
「ま、魔剣の……」
「継承者ッ!?」
息がピッタリの老人達。
眼をパチクリと見開いて、わたしを穴が開くぐらいに見つめてきた。
ホント恥ずかしい。
「な、なんと……この500年、ずっと守りきってきた魔剣。その継承者さまが、とうとう現れたのか……」
「おおお……ようやく、我が一族の悲願が……」
泣き出した老人までいた。
え、何これわたしが泣かせたの?
どうしたらいいの?
「ま、真ですか? 魔剣の精霊さま」
長老が聞く。
フェアリスはドヤ顔をして、宣言する。
「こやつが、わらわの魔剣の使い手のメルルじゃ。これもキサマら一族が一丸となって魔剣を守り続けたおかげじゃ。よくやったぞ、アロアロ族よ」
「おおおお…………」
長老がわたしの手を取って、縋るように泣き出した。
わたしは自分の格好のあまりの恥ずかしさに身動きが取れない。
「ようこそ、おいでくださいました。メルルさま……これより我ら一族一同、あなたさまの手となり足となり、忠実な僕として働く所存でございます」
老人達全員が、わたしの前に出てヒザを地面についた。
臣下の礼と言って、絶対の服従を示す礼節作法だ。
「ええ!?」
そういえばネルの時もこんな感じだった。
この一族全員こんななの?
「そ、そういうのはいいですから、立ってください!」
「はっ。ありがたき……」
わたしの言葉どおり、長老を含めた老人達が元の体勢に戻った。
ハァ、落ち着かない。
わたしも公爵令嬢だった過去がある。今は没落してしまったが。
家臣や使用人達との関わりもたくさんあった。
でも、今の自分はただのトレジャーハンターだ。
こんな風にされるのは正直、困る。
困ってしまう一番の理由としては、わたしの家臣はやっぱり、当時の彼らなのだ。
他の誰でもない、彼らだけがわたしの家臣なのだ。
わたしが不甲斐ないせいで、神殿騎士のところにまで追いやられてしまった家臣達。
そして、わたしを助け出すためにその身を犠牲にしてくれた執事長。
彼らの想いは、今でもわたしの心の中にある。
だからこそ、他の誰かを家臣として仕えさせるのは抵抗があるのだ。
「……して、肝心の魔剣は……いずこに?」
「あっ……あ~~……」
冷や汗が出た。
まずいまずいまずい。
500年間も魔剣を守り抜いてきた一族だ。
その魔剣をどこの馬の骨とも言えないわたしが、フライパンにしたなんて知られたら。
もしかしたら殺されちゃうんじゃないか?
ここは何とかうまく誤魔化して――
「このフライパンじゃ」
「なんで言っちゃうんですか!?」
早速フェアリスが裏切った。
「な……なんと」
「フライパンに……」
「なんてことだ……」
「だ、誰がこんなことを……」
ああ、まずい。
老人達がショックを受けている。
そりゃそうだろう。
自分達が守り抜いてきた魔剣が、今やフライパンだ。
「あぅう……」
もうバレてしまったのなら、しょうがない。
ここは素直に謝った方がいい。
フェアリスがもっと裏切ってしまう前に、自分から言った方が印象がいいはずだ。
「す、すみません……魔剣をフライパンにした犯人は、わたしです……」
頭を下げる。
罪悪感はたしかにあるが、実のところを言うと別にあんまり悪いとは思っていない。
だってしょうがないじゃないか。
アレはフェアリスが悪いと思う。
何の説明もなくわたしに魔剣を見せたのだから。
「ふ……ふっふっふ」
「くっくく……」
「あははははは!」
老人達が笑い出す。
ショックすぎてどうかしてしまったのか?
「……え? ええ?」
困惑する。
なんでこの人達笑っているの?
「ふふふ……すみません。あの悪名高き魔剣が、こんなに可愛らしい姿になっていたので、つい……」
「あの凶悪な姿の魔剣が、フライパンに……くくく」
意外な反応だった。
フェアリスを見ると、呆れ顔をしていた。
「ま、そういう反応になるとは思っていたのじゃ。キサマ等にとっては、魔剣の印象はそんな感じじゃろうなぁ……」
どうやら、色々と事情がありそうだ。
わたしのまだ知らない何かが。
「しかし、その幼さで魔剣の使い手になるとは……いやはや、メルルさまは、末怖ろしい幼子ですな」
長老がニコニコと笑いかけてくる。
ん?
幼子?
「わ……」
プルプルと震える。
なんでこう、いつもいつも間違われてしまうのか。
宿屋に泊まろうとした時も、子供と間違えられたり。
情報を集めに酒場に行くも、ガキは帰れと追い出されたり。
まったく!
まったく、ホントにまったく!
「わたしはもう16歳のレディです~~~~ッ!」
会う人会う人みんなに間違えられる。
ホントにみんな失礼すぎる!
「……うそォッ!?」
長老達がこれまでにないぐらい。
魔剣の使い手が現れたと聞いた時よりも。
魔剣がフライパンになったと知った時よりも。
これが一番驚いていた。
なんというか、普通にショックでした。
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