エステルの口から、怖ろしい事実が出てきた。
世界中の組織から、わたしが狙われている。
しかも命をだ。
その理由が、わたしが魔神を復活させようとしている魔物だと思われているからだという。
ずっとずっと昔に、世界を滅ぼしかけた魔神。
倒されて幾星霜が経った今もなお、その怨念は世界中に蔓延している。
そんな太古の怪物を、わたしが復活させようとしていると。
「なんで!? なんでそんなことになってるんですか!?」
混乱する。
だってしょうがない。
世界中から命を狙われているなんて聞かされて、しかもそれが冤罪なのだ。
手を鳥の翼のようにバタバタしてみっともなく焦っていても許してほしい。
「メルル、キサマいつもあたふたしておるのう。ちょっとは冷静になれんのか? くふふふ……みっともないぞ」
「これが落ち着いていられますか!」
魔剣の精霊フェアリスが肩に乗ってきて、ニヤニヤしながら煽ってくる。
わたしがみっともなく焦っているのを楽しんでいるのだ。
「ふむ……やはりどう見ても人間だ。魔物ではないな……」
わたしを混乱に陥れる発言をした張本人、エステルが言った。
「当たり前じゃないですか! わたしは人間から生まれたんですよ!? 魔物のわけないじゃないですか!」
「え?」
そのわたしの言葉に、何言ってんだコイツみたいな顔をしたエステル。
他を見渡すと、フェアリスも同じような顔をしていて、ネルはおどおどした目でこちらを見ていた。
「ああ、なるほどそういうことか。知らぬのじゃったな」
フェアリスが納得したように言った。
「言っておくが、魔物は魔物として生まれてこぬぞ。最初は普通の動植物として生まれてくる。そして、魔神の怨念に侵蝕されて、魔物と化すのじゃ」
「植物も?」
「うむ、例外はない。ドラゴンになったトカゲのような爬虫類もじゃな。そして、動物だけではなく、人間も魔神の侵蝕を受ければ魔物になるぞ?」
「えええ!?」
「この世界に生まれたあらゆる生物は、魔物になる可能性があるのじゃ」
「そ、そんな……」
トカゲが魔神の怨念の侵蝕を受けてドラゴンになったり、ヘビがヒュドラみたいな魔物になったりするのはフェアリスに聞いていた。
でも、何となく人間だけは勝手に除外して考えていたけど、そう甘くなかった。
人も動物も関係ない。
魔神の怨念に侵蝕されれば、人間だって例外じゃないのだ。
エステルもネルも、フェアリスの言葉に頷いた。
「なるほど……だからわたしが魔物になったと勘違いして……え? でも、どうしてわたしなんです?」
誰もが魔物になる可能性があるなら、どうして自分が世界中の組織に狙われているのかが分からない。
別に魔物のように人を襲ったこともなければ、何か罪を犯したこともない。
自分が狙われている理由がぜんぜん分からない。
「それは魔神の怨念……我々神殿騎士の間では『瘴気』と言っているが、その瘴気が異常なほど濃い場所で、お前がずっと生活していたからだ」
「濃い……場所?」
「レクセス王国、クック領にある領主の城――クック城。そこが、今現在……世界の中で5本の指に入るほどの、瘴気の濃い場所だ」
「えええ!?」
初耳だ。
わたしの実家が、いつの間にか魔神の怨念が渦巻く魔城となっていた。
「お前がそこで生活していた事実が確かにある。それこそが――お前が魔物だと、世界中の組織が断定した理由だ」
「いやいやいや! 待ってくださいよ! お城にいた使用人達だって、わたしが小さな頃から普通に住み込みで働いてたりしてましたよ!? わたしだけじゃないですもん!」
「いや、その使用人達は問題ない。その頃のクック城は、普通の城だったからな。クック城がおかしくなったのは、もう少し後のことだ」
「もう少し……後?」
「そう、エルデルト・クック公爵と公爵夫人……お前の両親が亡くなった後のことだ」
「…………っ」
言葉が出なかった。
両親の死。
あの頃のことを思い出すのも辛い。
誇らしい父と、優しい母。
あの幸せな日々はもう帰ってこない。
ペンダントの写真の中で、過去のわたし達だけが幸せそうに笑っている。
「使用人達は全員追い出されただろう? 城に残っていた『人間』は、お前だけのはずだ。裏は取れている」
「ん……? どういうことです?」
たしかに使用人達は追い出されるような形で辞めさせられた。
両親が亡くなり、義母と義姉達がやってきて、無理やりそうしてしまったのだ。
頭が混乱してきた。
エステルの話は、前提をまず知らないと分からないことばっかりだ。
彼女は一体何が言いたい?
ちゃんと最初から説明してほしいのだが。
「使用人達を追い出し、お前ひとりになったクック城を、魔神の怨念が淀みきった魔城にしたのが他でもない――魔物の仕業だ。元人間のな」
「ま……まさか、その魔物って……」
ちょっと待ってほしい。
もしかして、という気づきが頭によぎる。
やっぱりか、という気持ちが心をよぎる。
「お前の後見人になった貴族夫人とその娘達――いや、貴族に扮した、強力な3体の魔物。そいつらが、クック城を魔城にした犯人だ」
義母と義姉達が――魔物。
そうエステルから聞かされて、わたしは妙に納得がいってしまった。
わたしを地下牢に監禁して、数年も閉じ込めた人達。
わたしが持っていたもの全てを奪われて、捨てられて。
執事長が助けてくれなかったら、まず間違いなくわたしは命がなかった。
「…………」
知らない間に、わたしはフライパンを強く握りしめていた。
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