神殺しの魔剣をフライパン(極強)にした犯人はわたしです

雪川 轍
雪川 轍

11話 魔剣の鎧

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2021年6月30日(水) 09:02
文字数:3,471

「あ、あの……」


 エステルの話が終わり、焚き火で一段落していたところだった。

 ネルがびくびくした様子で話しかけてきた。


「メルルさま、こ、こちらを……」


 そう言ってネルが差し出してきたのは、小さな金属の欠片だった。

 真っ黒な大理石のような欠片だ。


「これは?」


「ま……『魔剣の鎧』です。メルルさまが魔剣の継承者でしたら、あなたがこれを持つべきかと……」


「おおおっ! さすが魔剣の守手の一族じゃ! これこそまさに『魔剣の鎧』!」


 フェアリスが飛び回り、嬉しそうにはしゃいでいた。


「…………」


 エステルはそれを遠巻きに見ていた。

 どうやら少し警戒しているようだ。

 たしかに、この黒い欠片にはどこか不思議な力を感じる。

 禍々しいというべきか、力強いというべきか。

 魔剣を初めて見た時と同じく、とにかく普通じゃない何かを感じる。


「……何でしたっけ、魔剣の鎧って」


「魔剣には『鎧』と『盾』があると言ったじゃろうがッ! 聞いておらんかったのかキサマ!」


「いたっ、痛いですって!」


 ぺしんぺしんと腕を叩いてくるフェアリス。

 そういえばそんなことを言っていたような。

 たしか、エステルと出会う直前に話していた。

 魔剣は、鎧と盾があって初めてその本領を発揮するとかなんとか。


「さあ、さっそく手に取るのじゃ!」


「えと……」


 言外に、「もらっていいの?」と目で問いかける。

 ネルはそれを献上するかのように差し出して跪き、上目遣いで小さく頷いた。


「…………」


 一瞬で色々考えて、受け取ることにした。

 魔剣。

 そして鎧。


 よっしゃ!

 と、心の中でガッツポーズ。


 正直なところ、力なんてわたしには一切必要ないし、興味もない。

 でも、このふたつを売り払えば、とんでもない大金になるに違いない。

 それはもう、お城がひとつやふたつ買えるほどに。

 魔剣の呪いのせいで今のところ手放すことは出来ないが、呪いがあるなら解呪の方法は多分ある。きっと、多分、おそらく、あってほしいな!


「くっくっく……」


 ほくそ笑む。

 クック城再建の道筋が見えてきた。

 絶対に魔剣を売ってやる。

 せっかく命を懸けてここまでやってきたのだ。

 タダで帰るわけにはいかない。

 転んでもただ起き上がるだけじゃ損だ。

 何がなんでもプラスの方向に持ち込んで、わたしは必ず実家を取り戻す!


「おいメルル、よからぬことを企んでおるな?」


「え!? いえいえ、まさか!」


 いけない、いけない。

 魔剣の精霊フェアリスに気づかれれば、また理不尽な暴力を受けるに決まっている。

 事は慎重に、クールに行う必要がある。


「そ、それでは……」


 ネルが差し出している鎧の欠片を手に取った。

 その瞬間、黒い鎧が光を放った。

 真っ黒な光だ。


「こ……この不気味な光はッ!」


 見覚えがある。

 魔剣を手に取った時だ。

 エグい形状の『大剣』フランベルジュだった魔剣が、この光が消えた後にフライパンになったのだ。


「ま、まさか……ッ!」


「そのまさかじゃ。気をつけよ、キサマのイメージで鎧の形が変わるぞ」


「またそんな大事なことを、こんな土壇場で!?」


「くふふふ。今回は本当に気をつけておけよ? 手に持つ魔剣と違って、鎧はずっと着ていることになるからのう」


「えっ、どういうことですか!?」


 ずっと着ていることになるとは何だ?

 フェアリスが何を言っているのか分からない。

 黒い光が強くなってきた。

 焦る。


「魔剣の鎧はいわば概念の力じゃ。キサマがどんな服を着ようが、その服を魔剣の鎧として変えてしまうのじゃ。これから先、ずっとな」


「えっ、えっ!?」


「くふふふ……これから先、キサマがいかに上品なドレスを着ようが、キサマが着る物全てが、今からキサマが決めるイメージ、その形状の鎧となるのじゃ」


「えええッ!?」


「くふふ、便利じゃろ? 例えボロボロの布きれを羽織っても、キサマが着た瞬間に、魔剣の鎧の形状に変化するのじゃ」


「それって、おしゃれが出来なくなるってことですか!?」


「魔剣の使い手におしゃれなどする意味はない。魔剣の使い手は、闘い続ける使命があるのじゃからな!」


「だ、騙したな!?」


「くふふふふッ! さぁ、今より決めるイメージでキサマのこれからの全てが決まるぞ!」


「な、なんでそのことを先に言ってくれなかったんですかっ!」


「わらわ的には、キサマには死ぬほどダサい鎧をイメージにしてほしいからのう。イメージの準備などされてはたまらぬわ」


「な、なんでェ!?」


 悪魔かコイツ!?


「もはや魔剣がフライパンになってしまったのじゃ。正直楽しくなってきたところじゃからな。キサマが後悔して泣く未来がなッ!」


 フライパンにしたことをまだ根に持っているようだ。

 最低だこの精霊!


「ああ!? フライパンまで光りだしましたよ!?」


「くふふッ! 共鳴しだしたな。そろそろ鎧の形状が決まるぞ! さあ、何をイメージする!? バケツのような兜がついた鉄鎧か? それとも古代アマゾネスの戦士が着た、水着のような鎧か? はたまた原色系の色が散りばめられた、虹色のド派手な鎧か? さあ、決めろ!」


「やめてやめてやめて! 変なこと言わないで! それ想像しちゃうから、やめて!」


「くふふふ!」


 なんて邪悪な笑い顔だ!

 悪辣すぎる。

 信じられない!


「くぅ……ッ! カッコいい鎧、カッコいい鎧、カッコいい鎧……ッ!」


 何とか想像力を総動員して、この先着ていても大丈夫なようなカッコいい鎧を頭に思い描いていく。

 何としても、フェアリスの言うようなヤバい鎧はイメージしないようにしなくては!


「たまらぬなぁ! その顔、その焦り具合! キサマは最高のおもちゃじゃのう!」


「このクソ精霊ッ!」


「何とでも言うがよいわ! 魔剣をフライパンにした罪、その身で受けるがよい! くふふふ、くはははは、ハーハッハッハッ!」


「この……悪魔ァ!」


 そして、魔剣と鎧の共鳴が強くなり、目映い光が強烈に照らし出す。

 その瞬間だった。


「うーん……やはり、そのフライパンに合うのは鎧ではなく、子供用のエプロンドレスだと思うのだが、どうだろう?」


 今まで黙っていたエステルが、唐突にそんなことを呟いた。


「ちょッ!?」


 その言葉がわたしの頭の中でいっぱいになってしまい、


「――――――――ッ」


 そして。

 黒い光が弾けて、消えた。




◇ ◇ ◇




「うん。やはりメルルは子供っぽいから、そういうエプロンドレスが似合うと思っていたぞ」


 満足そうな笑みを浮かべて、エステルが言った。


「うわあああああああああああん!!」


 わたしはというと、小川の端で蹲って大泣きしていた。

 水面に映っているのは自分の信じられない姿。


「くふふふ、くはははははッ! 可愛らしいではないか!」


「うぅ……ヒドい」


 わたしのイメージでその姿が変わった魔剣の鎧。

 青いワンピースの上に純白のエプロン。

 首元には真紅の大きなリボン。衣服のところどころにリボンが取り付けられていて、完全にお子さまが喜ぶ仕様。

 いわゆるピナフォアと呼ばれる女児服だった。

 あの金属の欠片どこいった!?


 いつの間にか、髪のサイドにも白いリボンがちょこんとついている。

 エプロンドレスという名の魔剣の鎧。

 さっきはおしゃれが出来ないと嘆いたけど、これはちょっと別のベクトルでおしゃれ過ぎる。主に子供ならではのベクトルで。

 間違っても、16歳のわたしが着るような代物じゃない。


「エステルーッ! あなたのせいですよ!?」


「ん?」


「イメージが決まる時に、あなたがあんなことを言うから!」


「ふふ、そんな感謝されても、その……困る」


 照れたように、はにかむエステル。

 自分が良いことをしたと思っているようだ。

 そうじゃない。

 決して感謝なんてしていない。

 何が嬉しくてこんな女児服を着なくてはいけないのか。


「うぅ……」


 しかも、わたしが何を着てもこれになるらしい。

 現に今まで着ていた旅人用の服がこのエプロンドレスに変わってしまった。

 これを脱いで別の服を着ても、再びこのエプロンドレスになるらしい。


「メ、メルルさま……すみません、私のせいで」


 ネルが申し訳なさそうに頭を下げた。

 元はといえばネルが魔剣の鎧を差し出してきたから、ということらしい。

 だが違う!


「い、いえ! 悪いのはネルじゃないですよ。悪いのは、この……」


「くふふふふ! まるでママゴトをしている子供みたいじゃな!」


「性根のねじ曲がった邪悪な精霊と……」


「うむうむ。思ったとおり、やはりメルルは可愛いな!」


「……このお気楽天然女です」


「あうあう……すみません、すみません」


 ネルは可愛らしい声を出して、再び頭を下げた。

 わたしの気持ちを分かってくれているのはネルだけのようだ。


「ハァ……お先が真っ暗だぁ」


 これは何としても呪いを解いて、さっさと魔剣を売り払うべきだと。

 わたしは決意した。





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