神殺しの魔剣をフライパン(極強)にした犯人はわたしです

雪川 轍
雪川 轍

6話 フライパンの力

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2021年6月30日(水) 08:55
文字数:3,931

 目の前には巨大なヘビの魔物、ヒュドラ。

 ヒュドラに呑まれそうな少女を助けるため、これをどうにかしなければならない。


「気をつけよ、あやつは侵食率【30%】のバケモノじゃ。油断すると魔剣使いといえども死ぬるぞ」


 魔剣の精霊フェアリスが、ヒュドラを見上げながら言った。


「たしか【10%】のドラゴンは雑魚って言ってたのに、【30%】はバケモノ!? なんなんですかその基準!」


 フェアリスの焦りが伝わってきて、わたしは動揺する。

 文句のようなわたしの疑問に、エステルが答えた。


「魔神の怨念は死して数千年が経って、なお強く残っている。この世界は魔神の怨念に浸っている。その指数が高くなればなるほど、魔神に影響されて魔物と化してしまう。数%違うだけで劇的に強さが変わる。それが侵食率だ」


「エステル、あなた知ってるんですか!? わたし、そんなのあるの知らなかったですよ!?」


 おかしい。

 勉強はちゃんとしてきたはずなのに。


「やはりキサマ……アホじゃったか……」


「可哀想な目でわたしを見ないでくださいよ!」


「これは騎士や兵などの戦士しか知らないことだ。彼女が知らないのも無理はない」


 エステルがまさかの助け船を出してくれた。


「ほら! ね! わたしの勉強不足じゃないでしょ!?」


「お、おぅ……やけに必死じゃの?」


「まったく! ホントにまったく!」


 そりゃそうだ。

 両親が健在だった頃、公爵令嬢として頑張って勉強してきたわたしの過去まで否定されたらそりゃ必死にもなる。

 わたしなりに頑張ってきたのだから。


「ちなみに、侵食率が【100%】になると、その者が魔神になると言われている。侵食率【30%】とは、魔神の力の3割を持っているということだ」


 エステルが付け加えた。

 魔神のことはさすがのわたしでも知っている。

 嫌と言うほど聞かされた、昔々のおとぎ話。

 数千年前に実在した、本物の怪物。


「ま、魔神ってたしか……この世界を滅ぼしかけたんですよね? その力の3割って……」


「簡単に言うと、このヒュドラが人里に出たら――国が滅ぶ」


「バケモノじゃないですか!」


「だからそう言っておるじゃろ……」


 国が滅ぶ。

 それが人事じゃないことを、わたしは知っている。

 事実、わたしが生まれ育った国は、魔物によって滅んでいるのだ。


 一国が所有する戦力、騎士団。

 その騎士団を構成する、訓練を積み重ねた戦闘の達人である騎士や兵隊。

 そんな人達が力を合わせて立ち向かっても敵わない。

 それが、ヒュドラというバケモノ。


「どうやってあのコを助けましょうか」


 そう、無理に倒さなくてもいい。

 目的を間違えてはいけない。

 あの少女を助けるのが最優先であり、最終目的だ。


「…………」


 エステルがじっとこちらを見つめてくる。

 あらためてこの人の顔を見ると、すごく整った顔をしている。

 可愛いというよりは綺麗。

 それでいて、少女の名残りがある美女だ。

 修道服を着ていてもスタイルも良いのが分かる。

 発育が悪い自分とは大違いだ。悔しい。

 居心地が悪い。

 さっきまで自分を殺そうとしてきていたのもあるが、こんな美女に見つめられ続けたら心臓に悪い。


「な、なんですか?」


「……ああ、いや。そうだな……私がヒュドラの注意を引こう。なんとかしてそちらであの娘を救出してくれ」


「だ、大丈夫なんですか?」


 こちらが心配していると、


「私は『聖槍』の使い手だぞ? 心配には及ばん」


 言うや否や、巨大なランスを手に、ヒュドラに突撃していく。

 素直に、頼もしいと思った。


「フェアリス! あのヘビの弱点とか無いんですか?」


「ん? 魔剣でブッ叩けばよかろう?」


「いやいや! あのアホみたいな威力で叩いたら、あのコまで殺しちゃいますよ!」


「あ、そうか。ふーむ……そういえば魔剣で人助けなんてした者がおらぬせいか、分からぬな」


「魔剣の使い手は人でなしばっかりですか!?」


「くふふ……魔剣じゃからのう。自然とそういう者しか寄ってこなかったのじゃ」


「ぐぬぬ……一体どうすれば……」


 見ると、ヒュドラの首を相手取るエステルの姿。

 いくつもの頭の噛みつきを凄まじい反射神経で躱し、頭を横薙ぎに払ったり、その槍の先端で首を突き刺している。

 しかし、相手があまりに巨大なせいか、それでも致命傷は与えられない。

 やはりヒュドラを倒すことは不可能なようだ。

 少女の救出を優先しなければ。

 しかし、今にも呑み込まれそうな彼女をどうやって。


「キサマの心のままにやればよい」


「え?」


 フェアリスがこちらの肩に乗った。

 真っ直ぐと前を向いて、自信満々の笑みで、魔剣の精霊は言う。


「メルル、キサマが魔剣の使い手じゃ。キサマが思うようにやれば間違いない。魔剣はキサマが扱うのに相応しい姿になったのじゃ。だからこそ、そんな……ハァ……フライパンになってしまったのじゃ……」


 先ほどの自信はどこにいったのか、辛そうな顔をしてフライパンを見る。

 罪悪感がスゴい。


「わたしの心のままに……」


「そう、それこそが魔剣の使い方。魔剣はキサマの想いに応えてくれるじゃろう」


「…………」


 フライパンをギュッと握る。

 なぜか分からないけど、今なら、何でも出来るような気がしてきた。


「…………ッ」


 ふと、思いつく。

 フライパンの使い方。

 否、魔剣の使い方。

 これが間違っていれば、少女を助けるどころか、エステルさえも殺してしまいかねない。

 不安に思っていると、


「……フライパン……」


 フライパンが淡い光を放った、ように見えた。

 大丈夫、と言っているかのようだ。


「よし……ッ!」


 ダッ、と駆ける。

 救出すべき少女を呑み込もうとしている首の元へ。


「どうする気じゃ?」


「見てて!」


 そんなわたしを警戒したのか、別の首が襲ってこようとする。

 が、しかし。


「――行かせるかッ!」


 すぐにエステルの聖槍に阻まれる。

 巨大な槍を思いのままに操る修道女。

 更に巨大なヒュドラの首を8つも相手取るその姿は、もはや優雅ささえ感じてしまう。

 なんというか、スゴく格好良く思えた。


「…………よしッ」


 もう一度気合いを入れる。

 負けるわけにはいかない。

 少女を呑み込もうとしている首は、そのせいで動きが鈍い。

 エステルが他の首の相手をしてくれているため、近づくのは容易だった。


「これで――――どうだッ!」


 フライパンを縦にする。

 ヘリの部分で、ヒュドラの首部分を押し潰す。


「――――切れてッ!!」


 ひとり旅をするようになってから、旅先で料理をすることも多くなった。

 その際、包丁が無かった時に、よくこうしてフライパンを使っていた。

 ジャガイモや大根をフライパンのヘリで潰し切ったりと、そんな横着な使い方。

 しかし、今はそれが最も効率的だと思ったのだ。


 思った通りあの大破壊は起こらない。

 威力を局所的に集中させた攻撃になっていた。

 これがフライパンの力だ!


『ギィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』


 ブチブチブチッ、と音を立ててヒュドラの首が潰し切れていく。

 断末魔のような凄まじい悲鳴。

 耳が痛い。

 鼓膜が張り裂けそうだ。


「……ん? 叫んだ、ってことは!」


 ヒュドラの口から、少女がこぼれ落ちていた。

 すぐに少女の落下地点に行って、


「お待たせしました! 大丈夫ですか?」


 少女をフライパンで受け止めた。

 このフライパンの上に乗せると、どうやら重さを感じないようだ。

 わたしの細腕でも余裕で人ひとり持ち上げられる。

 さすが魔剣。

 不思議な力が備わっている。


「あ……あ、ありがとうござい……ます」


 可愛らしい声だ。

 まだ幼さの残る、あどけない少女。

 綺麗な褐色の肌には、彼女の民族の魔除けなのだろうか、紋章が彫られている。

 漆黒の長髪はさらさらで綺麗だ。

 黄金の花を模した髪留めが、まるでティアラのようで妙に目を惹く。

 服は南国でよく見るようなタイプの民族衣装で、何とも健康的な印象がある。

 なのに、彼女の表情はどこかおどおどしていて、とても弱々しく儚げだ。


「エステル! 成功しましたよ!」


「よし、早いな!」


 エステルがこちらに向かって来る。

 首がひとつ千切られたヒュドラは、激怒の咆吼を撒き散らしながら追ってきた。

 その様子を見て、ふと思いつく。

 このまま逃げようかと思ったりもしたけれど、


「――ふっ」


 ダッと駆ける。

 フライパンを横に構えて、エステルとすれ違う。


「む?」


 目の前には、明らかな殺意を見せているヒュドラ。

 おそらく、ヒュドラの巨体に近づくだけで危険だ。

 自分なんてすぐに踏み潰されるだろう。

 怖さを堪える。

 フライパンをギュッと握りしめるとなぜか、やれる、という妙な自信が湧いてくる。

 ぐっと力を込めて、


「ぜええええぇぇぇぇいッ!」


 ヒュドラに向けて、薙ぎ払うようにフライパンを振るう。

 近づかず、扇ぐように振るった。

 すると、とんでもない豪風が吹き荒れる。


『ゴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』


「とんでけぇええええええええええええええッ!」


 風が木々を叩き折られていく。

 まるで台風か、あるいは竜巻か。

 その豪風でヒュドラを文字通り吹き飛ばす。

 やがて、見えなくなるまでヒュドラは遠くに飛んで行った。


「よしっ!」


 一件落着。

 だいぶこのフライパンの使い方に慣れてきた。

 ちょっと工夫すれば、思ったとおりの攻撃が出来る。

 後ろを見る。


「す……すごい」


 原住民の少女は無事に救出することが出来た。


「……なんて威力だ。信じられん……」


 エステルはポカンと口を開けて、わたしを、いや。

 この、『極強』フライパンを見ていた。


「よーし! よくやったぞ、褒めて遣わす!」


 わたしの肩の上で、フェアリスが満面の笑みを浮かべていた。

 けっこうムチャクチャなことを言われ続けていたけれど、褒められると嬉しいと感じてしまう。

 彼女の言うとおり、本当にこの魔剣はスゴかった。

 今はもうフライパンになっちゃったけど。




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