「ひぎゃああああああッ!!」
みっともない悲鳴を上げながら、木々が生い茂る森を走る。
人生最大のピンチだった。
トレジャーハントという仕事は危険な場所に赴くことが多い。
金銀財宝を見つけ、それを売り払ってお金を稼ぐ。
危険だけど夢のある仕事。
宝石や装飾品、はたまた古代技術で作られた不思議な道具。
それらをどんなにお金を積んでも手に入れたいという人間達がいる。
その要望を満たすため、トレジャーハントという仕事がある。
人生のどん底にあった人が、お宝を見つけて一発逆転で大金持ち、という話がゴロゴロ転がっている仕事が、トレジャーハントだ。
問題なのは、お宝のある場所が、命がいくつあっても足りない危険な秘境やダンジョンにあるということ。
人が容易に行けるような場所のお宝なんて、とっくの昔に誰かに盗られている。
多くの財宝を見つけるなら、誰もいないような場所――つまり、危険な場所に行けばいい。
「あひぃいいいいいいいいッ!」
わたし――メルル・クックは、死にそうです。
トレジャーハンターとして成り立ての初心者で、今回がわたしの初めての仕事。
ここ、秘境『アビスバレー』は、そんな初心者の甘ちゃんがいきなり来るような場所じゃなかった。
「ひぃ……ヒィ、ひぃ!」
もう呼吸もおかしくなるぐらい、走り続けた。
想像もしていなかったぐらいの、とんでもない目に遭っている。
涙目で後ろを見ると、巨大な影が迫っていた。
見た目だけで言うなら、大きいトカゲだった。
「ムリムリムリッ! あんなのムリッ!」
明らかな殺意と敵意を滲ませた、凶悪な面構えをしている。
その瞳は黄色く光り、縦長の瞳孔からは意思疎通の意図なんて微塵も感じない。
家一軒分ぐらいある巨大な体躯。
それを支える強靱な四肢は、小さなわたしを踏み潰すのに余りある。
牙のひとつひとつが大型ナイフのような鋭利さで、こんなのに噛まれたら一発であの世行きなのは確実だ。
というより、大きさ的に、あれ多分わたしを丸呑みにする気だ。
「ドラゴンがいるなんて聞いてない!」
真後ろから迫ってきている怪物。
ドラゴンなんて、完全武装の兵士が隊を組んでようやく相手に出来るかもしれない、というレベルの魔物だ。
わたしが持っている武器なんて、そこらの街で買った料理用の小さいナイフぐらいのもの。
こんな怪物と出くわすなんて思ってもいなかった。
『グルルルルルルルルッ』
わざと木々が重なっている狭いところを通っていたのに、ドラゴンを見ると、その巨体で太い樹木を次々と薙ぎ倒している。
ベキベキベキッという、太い樹が倒れていく音がなんとも怖ろしい。
なんて力。
障害物がそれとして機能していない。
ドラゴンが動くだけで大木が崩れていく。
どう考えてもこんな怪物には敵わない。
「……し、死ぬ! 死んじゃう!」
もうイヤだ!
一刻も早く帰りたい!
帰る家なんて、もうどこにもないけれど。
それでも、この『アビスバレー』から脱出したい。
ここは地獄だ。
『グルルルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
ドラゴンが口を大きく開いて咆吼し、捕食の態勢に入った。
よだれがダラリと流れたのが見えた。
「ぴぎゃああああああああああああッ!」
わたしも咆吼する。
恥じらいの欠片もない、品性のない悲鳴。
亡き両親がこの場にいたら怒られていたことだろう。
――――こっちじゃ――――
と、突然そんな声が聞こえた。
数日ぶりに聞く、人の声。
女性の声だ。
「…………んんんんッッ!」
何を考えるまでもなく、わたしはその方向に向かって駆けた。
それはもう必死に。
もしかしたら助かるかもしれない。
そんな一抹の希望。
僅かに開いた生存への道。
声がした方向、そこは――
「……へっ?」
――ガケだった。
呼ばれるままにそこから飛び出した形になって、
「キャアアアアアアアアアアアア!?」
わたしは真っ逆さまにガケ下へと落ちてしまった。
◇ ◇ ◇
「うぅ……ひっぐ、ひっぐ……」
あまりの恐怖からか、涙が止まらない。
ドラゴンに追いかけられた。
変な声に誘われて、ガケから転がり落ちた。
体中が痛い。
運が良かったのか、骨とかは折れてなさそうだった。
「うぅ……怖かった」
上を見る。
かなり高いガケから落ちたようだ。
ドラゴンはわたしを見失ったようで、見当違いの場所から足音とうなり声が聞こえて来る。
どうやらドラゴンからは逃げられたようだ。
優しい木漏れ日が、生きていることを実感させてくれる。
「情けないのぅ、小娘。泥だらけではないか。あんなトカゲ程度にみっともない」
「……だ、誰ですか!?」
声がした方に顔を向ける。
しかし、誰もいなかった。
見渡しても、声の女性は見当たらない。
そこにいるはずの人がいない。
背筋がゾッとした。
「…………ヒェッ」
もしかしてお化け?
魔物が徘徊する秘境。
ただでさえ怖い場所なのに、これ以上はホント勘弁してほしい。
心がもたない。
もういっぱいいっぱいだ。
「どこを見ておる。こっちじゃ!」
「……へ?」
「いつまでもビクビクガタガタと……キサマ本当にみっともないのぅ、金髪の小娘。優雅なのは容姿だけか?」
下から声がした。
足元だ。
よくよく見てみると、そこには、
「くふふふ。だが、さっきの悲鳴はわらわ好みじゃった。泣き顔もなかなか良いぞ。そそるではないか。堪らぬのぅ……くふふふふ」
「……こ、小人?」
手の平サイズの小さな人間がいた。
魔女のような格好をしている。
黒のとんがり帽子と黒のローブ。
容姿は若い少女だ。
魔女というよりは見習いの魔女っ娘という感じ。
「バカモノ! わらわは精霊じゃ!」
そのコは精霊というよりは悪霊のような邪悪な笑みで、
「よろこべ、金髪の小娘。ちと背丈が小さいのが不満だが、キサマに決めたぞ。
我が『神殺しの魔剣』の持ち主にな」
わたしの崖っぷちの人生を、大きく変えてしまう提案をしてきたのだった。
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