「海だー、大っきいー」
メイドたちは、靴を脱ぎ捨て波打ち際へ駆けていった。
ソニアもやれやれと言いながらも、その後ろを付いていく。
メイドたちは寄せては返す波と楽しそうに戯れている。
前世で言えば高校生くらいの年齢なのだから、海に来て燥ぎたくなるのも理解できる。
そんな美少女たちを視線で追いながら、目の保養にしていることは内緒にしておこう。
海に来るのは実に久しぶりだ。
前世でもかなり昔の記憶しかない。
波は思ったより荒いが、空は快晴で日差しが眩しかった。
リゾートからは20キロくらいの距離だろうか。
意外と近くに海があるんだなぁと水平線をゆっくり見廻す。
すると右手100mくらいの砂浜で海鳥が流木のような物を突付いていた。
なんだろう、黒っぽいけど流木か?
好奇心が頭をもたげ、その方向へ歩いて行った。
近くまで来ると、それが人の形をしていることに気付いた。
打上げられた死体か?
徐に近づいて行くと、流木が動き、海鳥を追い払った。
人間だ、まだ生きているのか?
「おい、大丈夫か?」
オレが近づいて言うと、嗄れた声で、それが何か言っているのが聞こえた。
「み、みずがほしい…」
弱く微かな声だが、確かにそう言っている。
水か、車の燃料タンクには水はある。
さすがにそれを飲ます訳にはいかないが、他に水はあっただろうか?
車のバックドアを開けてトランクルームを見た。
前世で買った未開封のミネラルウォーターが数本出てきた。
賞味期限?、記憶ではそんなに経ってないし、まぁ大丈夫だろう。
オレが戻るとメイドたちが、男の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「おい、水だぞ」
そう言って、男の上半身を片手で抱え起こし、少しずつ水を飲ませる。
褐色のトーガのようなダボダボの服を来て、頭もすっぽりとフードで覆っている。
見た目は痩せてガラガラで、男にしては随分軽いし、まだ子供なのか。
そいつはゴクゴクと喉を鳴らしながら美味そうに水を飲んだ。
やはり漂着した遭難者なのか?
暫くして水を飲み干すと、肩で息をしながらも今度は食料を要求した。
「た、たべもの…、ほしい…、おねがい」
「そう言われてもなぁ、オレたちも食料持ってないし」
嗄れた声を絞り出すように懇願は続く。
「おれいする、なんでもきく…」
「たべもの、ください…、たすけて…」
「何でもするって言っても、ホントに何も持ってないんだよ」
ちょっと海辺にドライブに来ただけなのに、なんか変なのを拾ってしまったなぁ。
そう思いながらも、オレの『正義感』は、この状況を放っておけないと言っている。
うん、このまま放置できないし、助けるのが『人情』というものだ。
オレは遭難者を抱きかかえて、アウリープ号に運びトランクルームに寝かせた。
城までは車で20分くらいだし、ゆっくり走れば問題ないか。
本当はもう少し海でゆっくりして夕陽を見て帰りたかったんだが、そうも行かなくなった。
オレは焦らず急いでリゾートへ戻り、ソニアが持ってきたストレッチャーに遭難者を乗せ、救急搬送さながらにダイニングへ運んだ。
ダイニングに到着するとソニアが厨房から賄い飯の残りを持ってきてくれた。
「今は、こんなものしか無いけど、召し上がれ」
そう言って遭難者を椅子に座らせ、賄い飯をテーブルに置く。
「た、たべものだぁ」
そう言うと出された賄い飯を、腹ペコの犬のようにガツガツと食べ始めた。
「おい、そんなに詰め込んだら喉を詰まらすぞ、ゆっくり食え」
そう言っても聞かず、出された飯をあっという間に平らげ、お代わりを要求した。
そして、それも食べ終えると今度は
「水、水がほしい」
そう言ってソニアが出してきた水を腹がタプタプ音がするほど飲んだ。
「ふ~っ、まんぷくだ~」
と言い、ようやく少し落ち着きを取り戻したようだ。
そしてオレと目が合うと、床に跪いて、嗄れ声でこう言った。
「わたしは東の大陸から来たトリンといいます」
「旅の途中、嵐で船が転覆し、この海岸に流れ着きました」
「私を助けていただき、ありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げた。
「ああ、オレはこの館の主、ハヤミ・カイト」
「困っている時はお互い様だよ」
「まあ、少しは落ち着いただろうから、風呂でも入って汚れを落として、今夜は客間でゆっくり休むといいよ」
そう言って専属メイドたちに客間の準備を指示し、ソニアに客人を大浴場へ案内させた。
今日オレたちが、あの海岸に行ったのは全くの偶然。
もし別の場所に行ってたら、彼は一体どうなっていたのだろう。
恐らく力尽きて、海鳥や小動物の餌食になっていたのでは無いか。
そう考えると何か運命的なものを感じる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の朝食後、オレが自室のリビングでコーヒーを飲んでいるとソニアが入ってきた。
「ご主人さま、失礼致します」
専属メイドの他に、見慣れないメイドが一人いる。
真っ白な肌で、目の色は黒、かなりの細身だが、他のメイドたちにも負けないくらいの美少女だ。
「誰?、新しい専属メイド?」
「いいえ、この方はトリン様でございます」
「えっ?、トリン様って誰だっけ?」
「昨日、ご主人さまが私たちと一緒に砂浜で救助した方でございます」
「えぇ~!!」
オレは飛び上がるほど驚いた。
なんだ、そうか女性だったのか。
かなり細くて軽くて痩せているとは思ったが、まさか女だったとは!!
「トリン様に合う服を見つけられませんでしたので、とりあえずメイド服を着ていただきました」
ソニアは、そう言うとトリンに合図した。
その合図の意味を理解し、トリンは一歩前に出てこう言った。
「カイト様、私のような者の命をお救い下さいまして、誠にありがとうございます」
そう言うとトリンはオレの前にひれ伏し謝意を示した。
「君が昨日の遭難者だったとは思いもしなかったよ」
「まあ、そこに座って話しましょう」
オレはそう言ってトリンに対面のソファを勧めた。
「本当に大変な目にあったね」
「体調はどうなの?」
「はい、一晩ぐっすり寝たら、だいぶ回復しました」
「そうか、それは良かった」
「体調が戻るまで、暫くはこの館に滞在するといいよ」
「それにしても、あんな格好してるから男だと思っていたけど、こんなにキレイな女性だとは思わなかったなぁ」
最初に助けた時は彼女は確かに男装だった。
トリンは『キレイな女性』という言葉に反応し、照れながらこう言った。
「あれは、女が一人で旅をしていると良からぬ輩に目をつけられてしまいトラブルの元ですから、敢えて男装をしていたのです」
「なるほど、そう言うことだったのか」
「しかし、若い女性が一人旅とは」
「いったい、どこに行くつもりだったの?」
「私はリルトランデ王国の筆頭宮廷錬金術師メルキューラ様の弟子として6歳から仕えておりました」
「しかし、兄弟子の卑劣な罠に嵌められて、メルキューラ様のお怒りを買ってしまい、破門となりました」
「破門された私には最早リルトランデ王国に居場所はなく、新たな仕官先を探すため逃げるようにして旅に出たのです」
「そうか、まだ若いのに大変な目にあったんだね」
「宮廷錬金術師に破門されて、それで仕官先を探して一人旅」
「それなのに嵐にあって遭難するなんて、つくづく不運だねぇ、同情するよ」
そう言って彼女を慰めた。
そこまで言ってオレは思った。
あれ『錬金術師』って言うキーワード、最近どこかで聞いたぞ!
オレはすぐに思い出した。
そうだ、ステータス情報のイベント一覧だ。
その場でステータスを開いて、イベント情報を開いてみる。
あったあった。
「錬金術師招聘、難易度D、HP1000、LP2000」
おぉ、結構良いポイントだな。
オレが突然黙り込んで、宙で人さし指を動かし、見えない何かを操作するのを見てトリンはポカンとしていた。
「錬金術師の弟子って言うことは当然錬金術は使えるんたろう?」
「はい、私は師匠のもとで10年間、厳しい修行を積みましたので基礎錬金術はもちろん、応用錬金術もある程度は使えます」
「ほ~、なるほど10年も修行したんだ」
「例えば、どんな錬金術使えるの?」
「はい、例えばポーションですと、回復・増強系はほぼ全て作れます」
そう言うとトリンは自分のポーション・レパートリーを披露し始めた。
「その他にエリクサー(万能霊薬)も薬効20%までなら作れます」
「ほ~、色々と作れるんだね~」
「勉強不足で申し訳ないけど、ポーションの需要ってどれくらいあるの?」
「ポーションは民間薬と比較にならない位の効果がありますので、どこでも売れると思います」
「ですが、ポーションを作るには原料となる薬草が必要です」
「そこまで色々できると言うことは錬金術師としてキミは一人前なんだね?」
「はい、師匠からは、まだ半人前だと言われていましたが、私も16歳になり、昨年成人は過ぎておりますので、もう一人前だと自覚しております」
うん、この娘、錬金術師として十分に使えるな。
ここに住まわせてポーションを作らせて売れば現金収入になるし、これはスカウトしない手はない。
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