「クルト、君はクビだ」
「……え?」
パーティの拠点にしている一軒家の作戦室に呼び出された僕は、パーティリーダーであるアレクサンダーに突然告げられた言葉に、間抜けな返事しかできなかった。そのことが気に障ったのか、アレクサンダーは片頬を歪めて不愉快そうな表情を浮かべる。
「【勇者の友人】なんて脆弱なギフト、最初から私のパーティには必要なかったんだ」
苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てられた言葉に、僕は身を固くすることしかできなかった。
「これでも最初は君に期待していたのだよ?【勇者の友人】は【勇者】の力を強化するギフトだ」
アレクサンダーはこれ見よがしにため息を吐き、僕を蔑みの目で見た。
「だが、その効果は微々たるものだった。ギフトが成長する気配も無い」
そう。僕のギフト【勇者の友人】は、【勇者】の傍に居ると、【勇者】を強化する只それだけのギフトだ。そしてその効果は、とても弱いものだった。
「今までポーターとして大目に見ていたけど、それもこれまでだ。これから私たちは、どんどん挑戦するダンジョンのレベルが上がる。そんな所に、なにもできない足手まといなんて必要無い」
“なにもできない”という言葉が僕を苛む。僕のギフトは【勇者の友人】。【勇者】を強化はできるけど、僕自身にはなんの恩恵も無いギフトだ。そのため、僕は【勇者】の余分なオマケと呼ばれ、戦力外とされ、ポーターと呼ばれる荷物持ちになった。僕自身鍛えてはいるけど、その強さはせいぜい一般人に毛が生えた程度。戦闘系のギフト持ちに比べると、大きく見劣りしてしまうのは否めない。そんな僕が戦闘に加わっても、邪魔にしかならない。そしてポーターとしても……。
「君より優秀なポーターなんていくらでも居る。だからクルト、君はクビだ」
「………」
アレクサンダーの言葉は正しい。僕よりポーター向きのギフト持ちの優秀なポーターはいくらでも居るだろう。僕は救いを求めるように左右に視線を送ってしまう。先程からなにも言葉を発さない3人。彼らも同じ意見なのだろうか?
【剛腕】のギフトを持つパーティの物理アタッカー。ルドルフ・フォン・ロッツェン。筋骨隆々とした大剣使い。30代半ばの男。若輩者が多い僕たちのパーティの頼れる兄貴分でもある。
【気配遮断】のギフトを持つパーティの斥候。フィリップ・フォン・リンゲン。軽薄そうな笑みを浮かべた20代前半の男。パーティの目であり、敵の不意を打って痛打を与えることを得意としている盗賊だ。
そして……。
【勇者】アンナ・フォン・キュルツィンガー、17歳。明るい茶髪に気の強そうな緑の双眸。その美しい顔付きは、ここ2年でずっと大人っぽくなった。体付きは、ほっそりとしているが、出る所は出ているメリハリの利いた体。パーティの紅一点。パーティの最大火力であり、盾であり、唯一のヒーラー。そして、僕の同郷の幼馴染でもある。
この3人にパーティリーダーにして【魔導】のギフトを持つパーティの魔法アタッカー。アレクサンダー・フォン・ヴァイマルと【勇者の友人】のギフトを持つ僕の5人が、勇者を擁する新規新鋭のパーティ『極致の魔剣』のフルメンバーだ。いや、だった。
「ワシは最初から反対だった。大したギフトも能力も無い奴をパーティに入れても害しかない」
「オレもだ。むしろ今まで2年間もよく我慢したものだと自分を褒めてやりてぇくらいだ」
ルドルフとフィリップから僕へと蔑みの視線が送られる。2人が僕のことを快く思っていないのは知っていた。騎士の称号を得て、フォンの称号と家名を得てからは、2人は僕にそれぞれロッツェン卿、リンデン卿と呼ぶように強要したくらいだ。彼らは僕のことを寄生虫と呼んで憚らないほど僕のことを嫌っている。
2人が僕の擁護なんてするわけがないことは最初から分かっていた。僕の期待は、残るアンナへと向けられる。今までずっと一緒に居る幼馴染のアンナなら……。
「そんな目で見ないでよ。ウザったいわね」
「アンナ…?」
「気安く名前を呼ばないで。キュルツィンガー卿って呼びなさいって何度言えば分かるのよ」
アンナが吐き捨てるように言う。その目は完全に僕を蔑んでいた。
「ごめん……」
最近アンナとの関係は、上手くいっていない。でも、ここで見捨てられたら僕は生きていけない。僕1人ではダンジョンのモンスターを倒せないし、他のパーティに誘ってもらえるほど優秀でもない。故郷の村に帰ろうにも旅費がかかるし、役に立ってないからと碌に冒険の報酬を貰っていない僕はお金を持っていない。そんな諸々の事情を知っているアンナなら……!
「私もアレクに賛成よ。私たちには、もっと優秀なポーターが必要だわ。コイツは邪魔だし、鬱陶しいだけだもの」
「そんな!?アンナは僕に野垂れ死ねって言うの!?」
そこまで僕のことが嫌いなのか!?そこまで僕とアンナの関係は冷え込んでいたのか!?
「そうね。勝手に死ねばいいわ。もういいでしょう?」
アンナが僕から視線外し、つまらなそうに、まるっきり僕から興味を失くしたように言う。
「大したギフトを持っていないあなたが、私たちみたいな英雄と一緒に冒険できて、もう一生分の夢を見たでしょう?もう十分なんじゃない?」
「……え…?」
僕にはアンナが何を言っているのか、最初理解できなかった。まさか、ずっとそんなことを思っていたの…?
「これで分かっただろう?これが現実だクルト。誰も君なんて必要としていない。理解したなら、さっさと消えてくれ」
アレクサンダーが僕に向けて鬱陶しそうに手を払う。
「ま……」
「待て」
僕の声を遮って声を上げたのは、意外にもルドルフだった。もしかして、ルドルフは反対してくれるのか…?
「クルト、お前の装備を置いていけ」
「……え?」
ルドルフは何を……?
「その装備は我々が集めた宝具だ。お前のじゃない。置いていけ」
「だな。お前には過ぎた装備だ」
「ふむ。次のポーターに使わせるか。クルト、装備を置いていけ」
「そうしましょう。その方が効率的だわ」
「……よく、分かったよ」
一瞬でも期待した僕がバカだったってことがな。
僕は1つずつ宝具である装備を外していく。筋力を上げる指輪、気配を隠す首飾り、見た目以上に物が入るポシェット、荷物の重量を軽減してくれるベルト……。1つ1つ外す度に、仲間であった彼らへの情も薄れていく気がした。
「これでいいだろ?」
全ての装備を外す頃には、僕は悲しいも辛いも通り越して虚無の感情へと至っていた。
「ああ。では、今日中にここを出ていくように。以上だ。消えろ」
アレクサンダーのその言葉を最後に、僕は彼らに背を向けて部屋を後にしたのだった。
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