俺たちの前に差し出された、タロットカードの束。
現実のカードではなく虚像なのは今時な感じで、彼――アルカの第一印象とは違い、時代に適した占いをしているようだ。
通報されることも辞さないところから、占いに使っているソフトを彼の都合の良いように改造をしたり、違法な物を使っている感じもない。
「このカードの表には絵柄が有ってね。一つ一つ意味が込められている。一人一枚。引いたカードが今日の君たちの運勢……。そう言ったゲームでどうだろう」
「おお。つまりは毎日やってる星座占いみたいなもんだろ? おもしれえ。俺の告白が成功するか占ってくれ」
「占いに頼らず、自力で成功させろよ」
「シンリ、これぐらい良いじゃないか。願掛けだよ、願掛け」
息巻く泉には悪いが、占い師であるアルカが"ゲーム"と称するぐらい、このカードたちにはそんな期待を込めるほどの力は無い。
森川も同意見なのか、気休め程度にしか考えていない様だ。
アルカは静かに膝をついて俺たちがカードを引くことを待っており、腕を回し両手の指を鳴らす泉はやる気満々と彼の前に立つが、伸ばした右手は震えに震えてカードにまで届かない。
おそらく触れたら自動的に絵柄を見せてくれる機能が付いてるはずだが、いったい何を戸惑っているのだろう。
「な、なあ。相坂、森川。お前ら先に引いてくれないか? 俺、緊張しちまって」
「あー、はいはい。……ったく。妹の前でもだが、重要な時に緊張で動けなくなるの何とかしろよ」
「じゃあ、僕たちが先に引くか」
カードを引くだけのゲームに、それだけ大きな期待をしていたのか。
ガチガチに緊張した泉を余所に、俺と森川はアルカの右手に重ねられたカードに触れる。
森川が触れたときは、表に偉そうな宗教家っぽい人が描かれたカードが引かれた。
俺のときは円になった植物の真ん中に人物が描かれているカードだったが、何故かカードの向きが反対になっていた。
「教皇の正位置に、世界の逆位置。これはまた面白い。君は人柄良いと出たよ。そして君は迷いや不幸が訪れると出た」
アルカから伝えられた森川と俺の占い結果は、予想通り気休め程度の内容だった。
追い込まれている人とかだったら救いにもなるのだろうが、暇を持て余しているだけの俺たちにとっては、大した意味を持たない。
「随分とざっくりとしてますね。もっと詳しく教えてくれると思ったんですが」
「所詮はお遊び。第一詳しく聞いたところで、君たちには退屈なものだろう」
「なんつうか、アルカさんは占うこと自体が好きって感じか。占えればそれでいいと」
「その通り。元々若者の話を聞くのが好きでね。言ってしまえば、この占いも話を聞くための手段に過ぎない」
若い人の話を聞くのが好き。
それはきっと恋バナや悩める少年の相談、大人からすればどうでも良いと一蹴される話。
不安を抱える少年少女の一喜一憂を見ているのが好きなのだろう。
正直に言うと俺は趣味が悪いと思ってしまったが、こういった率先して話を聞いてくれる大人は貴重と言えるだろう。
そして今まさに、泉が必要としている相手と言えなくもない。
「では少年。最後は君の番だ」
「お、おお。やってやるよ!」
心臓の鼓動が聞こえてきそうなくらい、恐る恐るカードに手を伸ばす泉。
震える指がついにカードへ触れた瞬間、ひっくり返ったカードに描かれていたのは、両手を後ろに隠し片足立ちをしている男性。
いや、違う。
逆さに吊られている男が描かれているカードが、俺と同じく反対向きで引かれていた。
「逆位置の吊るされた男。意味するところは、徒労。……残念だが、この占いでは骨折り損と出た」
「そんな、馬鹿な……!」
「有ってるよな」
「シッ。静かにしてよう、シンリ」
余程ショックを受けたのか、その場にへたり込む泉にアルカは優しく肩に手を添える。
正直占いは信用できないが、この結果が出たことに俺は面白さを見出していた。
森川も口では俺をそれ以上言うなと止めてはいるが、そっぽを向いて口元を隠している辺り、ツボに入っているみたいだ。
「深くは聞かぬが、良き結果を齎せなかったことをここに謝罪しよう。然らば、詫び賃としてこれを受け取ってくれないか」
「詫びって、なんすかコレ。コイン?」
ついには啜り泣く声すら上げ始めた泉だが、アルカがどこからか取り出した何かを見て、顔をあげる。
タロットカードのホログラムを消した代わりに、彼の右手にあったのは一枚のコイン。
鈍く光る金属の硬貨には、さっき泉が引いたカードと似た絵柄が描かれていた。
「これは私がいつも持ち歩いている、呪いのメダルだ。予期せぬ結果を受けたお客に渡している。これをカードの正位置と同じ向きで持っていれば、きっと不幸も打ち消せることだろう」
にこやかに話しを進めるアルカは、憎いほどに優しさを感じさせる手際の良さだった。
相手の目線に合わせて、認めたくない結果を無かったことに出来ると小道具を使う。
自分のせいではないのに、非があったと謝罪するアルカから両手でメダルを受け取る泉は、今度は別の意味で泣きそうになっていた。
「いや、アルカさんが謝る必要なんて無いっすよ。ゲームなんすから」
「そうだな。では、遊びは終わりにしようか」
チャリンと。
泉の手の平に乗せられたはずなのに、メダルが金属の上へ落ちた音が響き渡る。
渡されたはずのメダルは泉の手には握られていなく、何も言わず立ち上がるアルカは静かに変わらない笑みを浮かべていた。
刹那、泉の片足が空に向けて飛んだと思いきや、異変が起こるのに時間はかからなかった。
空に向けられた足は銀の粒子へと変えられ、再び粒子が集まり出来上がったのは、先端が空中に固定された鋼鉄の鎖。
頭どころか指先すら地面に届かず、恐怖に染まり俺たちに助けてと訴えようとした泉の顔は、金属に変換された銀の粒子により閉ざされる。
鎖にされた片足以外、体を余すことなく類似の金属へと変えられていく泉は、苦痛に満ちた声をあげることはなく。
代わりに聞こえてくるのは、全身の金属が擦れて発せられる背筋が凍る音だけ。
『高次元、物質……』
瞬く間に片足が鎖の鎧姿へと変えられた泉からは、元の声なんて想像できないほど無機質な機械音が、何かを告げる。
見た目はアニメやマンガに出てきそうな、人型ロボットを彷彿とさせる。
だが西洋鎧にも似た全身の造形と、柔軟な人の動きはファンタジー系の鎧が近いのだろうか。
『――駆動』
泉の人柄何て欠片も感じない逆さ吊りの鎧は、俺たちを一瞥すると片手を向けてきた。
ゆらゆらと振り子のように揺れ、両足で数字の四を表す鎧は、何も握られていない手をゆっくりと拳の形にしていく。
少しずつ、少しずつ形を作っていくコイツは、表情が無いのに細く笑んでいるみたいだった。
「では少年たち。ここからは趣味の時間」
あまりの事態に立ち尽くすしか出来ない俺たちを、余裕の表情で笑いかけてくるアルカは、優しい印象なんて皆無な冷たい瞳を俺たちに向けていた。
笑っているようで、笑っていない。
楽しいゲームは終わりだと告げるアルカは、逆さ吊りの鎧と共に一つの答えを教えてくれる。
泉は人ではない何かに変えられ、それをしたのはアルカなのは間違いない。
誰もいない公園、温かさを感じない冷たい視線、冗談で済まされない異常事態。
訳が分からない中でこれだけは分かる。
これから行われるのは――殺人だ。
「吊られた男、テスト開始だ」
吊られた男と呼ばれた逆さ吊りの鎧は、握りかけの拳に力を籠める。
それに連動してか俺と森川の首には鎖の跡が浮かび上がり、徐々に締め付ける感覚が強くなっていった。
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