マリア・パラドクス

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22.少女たちの知らぬ間に

公開日時: 2021年2月4日(木) 23:40
文字数:3,149

 クーラーの効いたハンバーガーショップは快適そのもので、夏の暑さと掻いた冷や汗をスッと流してくれる。


 店内のカウンターには最小限の人しかいなく、並んでいるお客さんは一人もいない。

 数十年前なら大行列になっていたであろうカウンターは、ネットワーク技術の向上により店内なら何処でも注文が可能になり、技術が世間に認知された今では行列は見ることが少なくなった。


 カウンターを通り過ぎ、空いていた窓際の席へ座る私たちは、そこで初めてメニューに目を通す。

 といっても持っている端末から店舗のネットに接続して、指定のアドレスから見れるオンラインのメニューだ。


 注文したいものを選んで、購入ボタンを押せば専用の番号が端末に発券される。

 後は店内放送で番号が呼ばれるので、カウンターまで取りに行くだけ。


「日本のハンバーガーは手頃なサイズで良いですね。ウェザーに頼むと、いつもアメリカ産ばかりで大変でした」

「本場と比べたらそりゃ小さいですよ。……もしかしてウェザーって、ホルダーですか?」

「はい。管理局の中でも、とても重要な立場の人です。そうですね、ホルダー限定の気象庁みたいな人です」

「例えがよく分からないんですけど。天気ウェザーだから、気象庁……?」


 今一分かりにくい例えを挙げるエリーザは、私とは違い端末からディスプレイを表示させずに、何もない空中を指でスライドさせている。

 パントマイムしている訳では無く、今も彼女は端末を操作している事に気づくのに、少し時間がかかった。


「もしかして、エリーザさんの首のチョーカー。少し前に発表された、目に直接ディスプレイが写されるって奴? えっ、あれ確か何十万する奴じゃ……」

「管理局でカスタマイズされていますが、そうですね。これのお陰で相坂さんとも不自由なく話せています」


 ここで私は違和感を覚える。


 首に着けた端末のお陰とは、どういう事だろう。

 てっきりエリーザさんは素で日本語を覚えている訳では無く、翻訳機能とかでも使っているのか。


「お察しの通り、骨伝導を元にリアルタイムで翻訳を行っています。あるホルダーの協力の下、管理局が試作で作った物なので、一般の方には公開されていない物ですね」

「それ、さっきの日本語が分からないって強ち間違ってないんじゃ……」


 そうこう話していると、私の呼び出し番号が放送で流される。

 続けて言われた番号はエリーザさんのものだろう。


 二人で席を立ち、カウンターへ品物を取りに行った私が見たものは、包んでいる袋から滲むほど赤いハンバーガー。

 中身は何かと思いきや、何と大量に追加されたトマトとケチャップ。

 もうそれってケチャップの味しかしないんじゃと、言葉が漏れそうになったがどうにか呑み込む。


 トレーをエリーザさんに渡す店員さんも、平然と受け取る彼女を前にドン引きしていた。


「………………トマト、好きなんですね」

「はい。管理局の皆さんから食べ過ぎと、よく言われます」

「ですよね」


 注文したテリヤキのバーガーとフライドポテト、メロンフロートを手にする私は、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 席に戻った私たち、いや私に待っていたのは、案の定大量のケチャップで口の周りどころか、服にも大惨事を及ぼしたエリーザさんのお世話だった。


*


 真夏の平日でも栄える大通り。

 人の行き来が絶えない筈の場所は、三人の男たちだけを残して閑散としていた。

 二人は腰を抜かし恐怖に怯え、一人は不満げに二枚のメダルを宙に放っては掴み遊んでいた。


「うっわ、最悪。レアどころかコモンじゃん。使い捨てのソードとガンメダルとか、ゴミだな」

「お、おい。もういいだろ。アイツらを返してくれよ。ホント、調子乗ってただけなんだからさ!」


 スーツを着た男に仲間を返せと懇願する男は、目の前で起きた出来事を正確に把握できていなかった。


 海外の女の子にナンパしていた事を、軽く叱られる程度。

 そんな認識でついてきた結果、ただ生活しているだけでは遭遇しようも無い現象を目の当たりにした。


 突然周りの人が捌け始めたと思ったら、サラリーマン風の男が彼の仲間に触れた途端に、空間が捻じれて仲間の体はメダルになっていた。

 そうとしか言い様がない現象に困惑するが、マジックか何かと希望を持った次は、明らかに調子に乗っていた二人目もやられて確信に変わる。


 コイツのせいで、二人はメダルにされた。


「ああ、それ無理。ほらガチャの金って、使ったら戻ってこないじゃん。あれと同じ。下位のメダルってのがムカつくけど、元を考えれば仕方ないか」

「ガチャって、ふざけんなよ! 訳分かんねぇこと言ってないで、さっさと二人を戻せイカレ野郎!」


 声だけは威勢の良い一人が怒鳴り散らすも、対する男は効く耳を持たずメダルを右手で握り締める。

 パキィンと金属が割れる音と共に、男の手の内に現れる拳銃。

 デザインは現実的ではなく、発光するラインが幾つも張り巡らされている未来的な物。


 叫んだ一人に迷いなく向けられる銃口。

 軽く引かれたトリガーに連動して、備え付けの赤いレーザーポインターが彼の額を捉える。


「へっ……。おい、冗談だよな。それ本物な訳――」


 両手で構えることなく、片手だけの気取った狙い方をする男は、空いた片手で耳を塞ぐ。

 涙を流し顔を引きひきつらせながら実銃かと問う男の言葉は、二回鳴らされる乾いた銃声によってかき消される。


 軽い金属音を鳴らして地面へと落ちる空薬莢は、光る粒子へと還元される。

 声も力も無く崩れ落ちる仲間を前に、残る一人となった男は現実を理解できず、徐々に広がる赤い液体を目にしてようやく事実を受け入れた。


「うっ、うぅぁ……うあああああぁぁぁぁぁぁ!」

「今さらかよ。脳みその回転悪すぎ。てか、うるせぇよ」

「ぃっ――!」


 薙ぎ払われるレーザーポインターが泣き叫ぶ男の足を通り、一発の銃声が鳴り響く。

 彼の太ももに赤い点が染み渡り、痛みを我慢する男は足を押さえながら前のめりに倒れ込む。


 足に広がる熱い痛みに悶えながらも憎しみを込めた目で男を睨むが、次に取った彼の行動で憎悪の色は呆気なく色褪せていく。


「こっちはアニマルメダルか。犬とかマジかよ。ホント外ればっかだな」

「おまえ、ふざけんなよ……!」


 動かなくなった仲間を足蹴にした男は、踏んだまま何の苦も無くメダルへと変える。

 足で器用に手元までメダルを弾き、絵柄を確認した第一声は、やはり心無い罵倒。


 ゲーム感覚で命を奪われ、訳の分からない物に仲間を変えていく男に、怒りはもはや恐怖へと塗り替えられる。


「なんで、なんでお前はこんなことをするんだ!」

「何で? あーマジでそれ聞いちゃう。そっかそっか」


 恥ずかし気に頭を掻いてカラカラと笑う男は、それでも銃口を彼へ向ける事は止めなかった。

 狙いは寸分違わず額のど真ん中。


「ゴミ掃除。だってさぁ、お前らみたいなの正直いらないと思うんだ」


 言い終わるや否や、三発放たれた銃弾は最後の一人の頭部を真紅に染める。

 笑って誤魔化すどころか当然だろと同意を求める彼は、銃口の硝煙が収まらない内に彼へ近付き、大した意味も無く真っ赤な頭を踏んづける。


 流れた血を残して死体はメダルへと変換され、汚れることを厭わず拾い上げる彼は、絵柄を確認すると上機嫌に口笛を吹く。


「ヒュゥー。SRスーパーレアじゃん。青天井の確率クソゲーだと思ったら、やるじゃん。アルカナメダルのストレングスかー」


 メダルに描かれていたのは、口を開けたライオンの頭を押さえる一人の女性。

 空に掲げて目を輝かせる男はメダルを太陽と重ね、目では捉えられない空の遥か先にいる相手へ語り掛ける。


「つう訳で、どうせ見てるんだろウェザーのホルダー。このオレ、平間ひらま裕二ゆうじがゲーミングメダルで人生クソゲーをぶっ壊してやる」


 相手からの返答は当然無く。

 宣戦布告を告げた彼――平間裕二は、それでも満足げに口角を上げて血塗られた大通りを去っていく。

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