斬り落とされた蜂は液体の姿に戻り、蠢くことなく沈黙を保つ。
みゃー先輩はかなり余裕があったのか、私の周りにあった刀剣を使い切ることは無く。
十本以上残っている剣は、未だに私を守る柵の体を成している。
機械蜂だった液体が全て動かないことを目視で確認した先輩は、長剣を一本持ったまま前進していく。
次の攻撃を用意するのかと思い女帝へ目を向けると、表情は無いが逃げ腰になっているのが分かり、今の液体がアレの唯一の武器だと判断できる。
「ナノマシンを使い液体金属を自由な形状へと変化させる。それがアナタの機能。他のメダルと併用するならともかく、単独ならこの程度みたいね」
みゃー先輩は女帝が使う液体を理解しているみたいで、この事態を収める希望があっさりと見えて来てしまう。
相手の攻撃がどういうものか分かっていて、さっきの先輩の強さなら万が一にも負けることは無いだろう。
先輩があの剣を振って女帝を壊せば、藤木さんは元の姿に――
「……あの、みゃー先輩。ソレを壊したらちゃんと藤木さんは無事なんですよね?」
「こんな機械の姿にされて、リツはただで済むと思う? 病院への連絡準備しておいて」
はっきりとどうなるかは言われなかったけど、笑いもしないみゃー先輩の態度は全てを物語っていた。
当たり前と言われたら、返す言葉もない。
度重なる異常なことの中で、都合よく五体満足後遺症無しと行く訳がなく。
誰かが言った現実は残酷だという言葉は、今この状況に相応しい。
「――……やっぱり、あの占い師のメダルね。そう来るなら加減はしない」
強風が私の全方位から吹き荒れ、思わず目を閉じてしまう。
いったい何があったのか、パニックになりながら周りを見渡すと、柵として刺さっていた刀剣たちに液体金属がこれでもかとへばり付き、地面の至る所に鋭い物が通った痕跡がある。
女帝の不意打ちなのは察せられるけど、目を閉じた一瞬の間に起きた出来事は想像しがたい。
壊れたと見せかけた液体金属が不意打ちして、私の周りにある剣たちが守ってくれた。
要するに先輩のお陰で死を免れた、その事しか実感が湧かない。
そんな非現実的なことよりも声音が低くなったみゃー先輩から漂う、殺意だと窺える気配に私は叫ぶ。
「ミアさん! 待って!」
『一つ質問をするね、リツちゃん。今エンプレスが壊れたらクラスメイトは助からない。でも本当にそう思う? ミアさんの言うことを全てリツちゃんは信じるの?』
あらゆるものの動きがスローモーションになる中、後ろから聞こえてきた懐かしさを感じる女の子の声。
振り向けないけど、視界の端に見える黒い長髪が見えることから、声も合わせて女性で間違いないだろう。
いったい誰で、こんな状況のなか良く分からない質問をする彼女は何がしたのだろう。
『ミアさんは知っているかもしれないけれど、リツちゃんは本当に助からないのかどうかは、まだ知らない。見たことも無いのにこうだと決めつけられるのは、嫌だよね』
「だったら、何なの」
声を出せているのか分からないけれど、聞こえてくる声に短く言葉を返す。
まだ知らないことを、証拠も無しに決めつけられて一方的に押し付けられるのは、誰もが嫌だろう。
しかも人の命がかかっているのに、人を置いて勝手に諦めて、助からないと切り捨てて。
――人の命を助けられる方法がまだあるのなら、試さない方が損に決まってる!
『今はまだ、あの子がどちらの運命に転ぶのかは未確定。告白だってそうでしょう? 相手の答えを聞くまでは分からない』
それまで足掻くのならコレをと、彼女が私の目の前に一つのメダルを落とす。
エプロンドレスを着た走る少女が描かれている、銅色のメダル。
言うまでもなく、みゃー先輩が使っていたものと同じ物だ。
『使い方は見てましたよね』
「うん、■■■■」
違和感なく口走った言葉は、何を言ったのか自分でも分からなくなっている。
別に構わない、今はそれを考えている暇はない。
考えるべきはみゃー先輩が女帝を壊すまでに、何を出来るかだ。
「――高次元物質、口演」
後ろにいた少女の気配は消え、告げた言葉に反応してメダルは砕け粒子を溢れさせる。
水色の粒子は女帝みたく全身を金属に変えることも、先輩みたいに装甲を作り出すこともしない。
今着ている制服を粒子なりに作り替え、自分たちはこういう物を作れるのだと答えてくれる。
私がメダルを使ったことに感づいたみゃー先輩は振り返り、止めようとしているけれど、もう遅い。
「ナーサリーシステム、セットアップ」
制服は白いエプロンを併せた青いドレスになり、一束に纏めていた茶髪は解かれ、亜麻色のロングヘアーに変わっていく。
イメージ通りなら茶色の瞳は、碧眼になっているはず。
変わったのは外見だけかと思ったら、体内は彼女たちと同じ機械になっているのが直感的に分かる。
規則正しすぎる心臓の鼓動、冴え渡った五感は人間離れしていて、知りもしないメダルの使い方が脳内に流れ込んできた。
「リーディング。アリス、シロウサギ!」
使いたいメダルの名前を呼び、体へと装填していく。
私の体を作り替えたアリスメダルはそのままに、新たに呼び出した白ウサギのメダルを心臓へ搭載。
メダルから放出される粒子は心臓を介して血流を高速で巡り、何度も何度も粒子同士がぶつかり合い、その衝撃が他の粒子を更なる加速へと導いていく。
――チックタック、チックタック。
体内から鳴り響く懐中時計が回る音。
自分以外の時間を置き去りにして、私は誰よりも速く女帝に向かって走り出す。
考えられる時間はごく僅か。
絶対的な策なんて無いし、驚異的な発想力なんてもってのほか。
それでも何もしない選択肢はとうの昔に置いてきた。
頭の中を流れるメダルの情報を精査し、童謡の意味を込められたメダルを信じて、一つのメダルを体から排出する。
飛び出したのは頭巾を被り、バスケットを抱えた少女が描かれているリンゴのように赤いメダル。
「……リーディングッ! アカズキン」
右手に赤いメダルを握り締め、力の限り名前を叫ぶ。
みゃー先輩と女帝からすれば、一番遠くにいた私が突然女帝の後ろにまで走り抜けていたとしか見えないだろう。
先輩の予想外の事態に呆気を取られ、女帝も処理落ちしたコンピューターみたいに動きを止めている。
正直に言って、シロウサギの効果は体への負担が強すぎて起きているのがやっとな状態だ。
シロウサギの効果が切れた途端、目まぐるしく動く心臓の音が煩く耳元に響き、全身を駆け抜ける痛みとぼやける意識は、長時間息を止めていたソレに近い。
それでもやるのだと、手にしたメダルを粒子に変換しある武器へと作り替えていく。
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