注文したハンバーガーを食べ終えて、メロンフロートを啜りながら私は窓の外を眺める。
道行く人たちの中に、エリーザさんが待っている褐色肌の美丈夫が紛れている事なんて無く、待てど暮らせど現れる様子は無い。
エリーザさんは律儀に待っているのだが、待ち合わせの時間からもうそろそろ一時間経つらしく、流石の私も何かあったのではと訝しむ。
詳しいことは知らないが、世界中のホルダーが何かやらかさないかを監視する仕事についているのだ。
予定外の事なんて幾らでも起き得るだろう。
私と兄さん、みゃー先輩の事件に関しても予定外のはず。
「カルパレさん。何か別の仕事でも入ったとか。そういう事ってあるんですか?」
「そういう事はよくありますね。その場合は大抵、主様かウェザーから連絡があるのですが……。ああ、丁度来ましたね」
「主って。えっ、なに? エリーザさんって管理局に就いてるんじゃないの? ガチガチの会社みたいなところじゃなくて、お屋敷みたいな感じなの?」
エリーザさんの目にしか映らないディスプレイを操作する彼女を余所に、私の中では"主様"の一言で管理局のイメージが一変していた。
てっきり管理局の一番偉い人は代表とか社長とか、現代的な立ち位置の人だと思っていた。
私が考えている通りの主なら、エリーザさんはメイドなのだろう。
カルパレさんもそれに従って執事と考えたら、しっくりくるものがある。
「……ちょっと管理局に興味出てきたかも」
凄い不純な動機なのは分かっている。
けれども目の前にいる金髪赤目の美人な子が、本格的なメイド姿をしていたと考えると、一度は目にしたいし何なら執事服のカルパレさんも見たい。
もしかしたら管理局に入れば、同じようにメイド服を着れたりするのだろうか!?
「あの米国人。またですか。たまには自分でやって欲しいです、まったく」
「ぶっ……! ゴホッ……ゴホッ……!」
メイド服を着た天使なエリーザさんと一緒にメイドをやる。
そんな妄想に耽りながら、メロンフロートの甘さと炭酸の刺激を楽しんでいたら、突然エリーザさんの口から出た冷め切った声の罵倒に、思わず吹き出してしまう。
おそらく飛んできた連絡の内容を見ている視線は、さっきまでの天然気味な天使の表情では無く、自分に言われたら所構わず謝ってしまいそうな冷ややかなもの。
きっと本音を漏らしたのだろうが、イメージからかけ離れているのでしっかりと潜めて欲しかった。
「申し訳ありません、相坂さん。少しやることが出来てしまったので、ここで失礼いたします」
「それは良いんですけど、何があったんですか? ホルダーが暴れてるとかなら、私少し役に立てると思います」
「詳細は分かりません。ただウェザーが、喧嘩を売られたから中指立てて買って来いと」
店を出ていこうとするエリーザさんを呼び止め、私の出る幕は無いと思うけど、アカズキンメダルを踏まえて彼女に同行すると買って出る。
てっきりどう役に立つのかって言われるかと思ったら、そこには何も言わずエリーザさんは逆に私が不安になることを言い放つ。
「待って、なんか凄い不安だから私も行く、行かせて。後何があっても絶対それやっちゃダメですよ、エリーザさん。絶対ダメです」
「前にカルパレさんは是非やれと言っていたのですが、そうですか。やらないよう気を付けます」
両肩を掴んで懇願する私の祈りが届いたのか、エリーザさんは頷いてくれるも少し名残惜しそうにする。
きっと私が止めなかったら実行するのが目に見え、役に立てる云々ではなく、危ない言動をさせない為に同行する決意が固まっていく。
きっとカルパレさんが彼女と一緒に居た理由はこれのせいなのだろうが、彼が煽る側なのも薄々感じ取れてしまう。
「では行きましょうか、相坂さん。アカズキンメダルは何時でも使えるようにしていて下さい」
「ああ、やっぱり知ってたんですね」
店外に向かいながらチョーカーに触れて何かを操作するエリーザさんは、やはりというか私のメダルをある程度把握しているみたいだった。
しかし管理局の仕事?として動くからにはメダルを使うのだろうが、こうも人が多い中だと私は取り出すのを躊躇してしまう。
万が一、あの姿を見られてしまったら恥ずかしいのだが、いったい管理局ではこういう時はどうしているのだろう。
そう思っていた隣で堂々とメダルを排出するエリーザさんに、私は慌てて止めにかかる。
「いや待って待って、ストップ! エリーザさん堂々としすぎ!」
「大丈夫ですよ、相坂さん。メダルの周波数はしっかり制御してあるので、誰も私たちを気にする人はいません」
「周波数? 何それ?」
ピキンと空気が固まる音が聞こえる。
呆然と私の顔を見るエリーザさんは、数拍置いて納得する理由が見出せたのか、静かに話を始める。
「そういえば貴女の周りには、ホルダーはヴァルキュリアしかいませんでしたね。――簡単に説明するとメダルからは人が嫌う電波が出ています。ですので管理局ではその電波の周波数を解析して、ある程度の指向性を持たせることに成功しているのです。つまりこのチョーカーがあれば、メダルを使っても問題ありません」
「とりあえず今はメダルを使っても、ホルダー以外は気づかない訳ね」
いくらメダルに人避け効果があっても、衆人環視の中だと流石にバレると思ったけど、管理局ではしっかりと対策が立てられているみたいだ。
正直に言ってどういう事かは分からないけれど、エリーザさんたちと一緒ならメダルを堂々と使えるのは理解できた。
二人店外へ出ると同時にメダルを出す私が選ぶのは、アリスとシロウサギ、それにアカズキンのいつもの組み合わせ。
対してエリーザさんが取り出したメダルは、翡翠色をした宝石のメダル。
三対の翼を持った天使が描かれている彼女のメダルは、お兄ちゃんのマルクト同様に目を引くものがあった。
「高次元物質、口演。ナーサリーシステム、セットアップ」
「高次元物質、降臨。エンゼルシステム、セットアップ」
メダルに階級とかレベルがあるのなら、きっと私のは下の方でエリーザさんのは遥か上だろう。
そう思ってしまうくらい質の良い高音域を出して砕け、幻想的な緑の粒子を放出する彼女のメダルは、私と同様にエリーザさんの全身を包んでいく。
「リーディング。アリス、シロウサギ、アカズキン」
「伝令せよ、ラファエル」
緑色に輝く天使の輪。
いくつもの羽根が集って形成された三対の翼に、露出は無いが惜しげも無く体のラインが浮き出ている、未来的なボディスーツ。
金色の長髪は風で揺れる度に虹色が織り交ざり、赤く光る瞳を宿す彼女の顔は、ロボット染みた印象がより端麗さを際立たせている。。
本人の体を含め、そのどれもが幾何学的な電子回路を走らせ、未来科学と古代幻想が違和感なく融合されていた。
機械天使。
メダルを使ったエリーザさんを見て浮かんだ言葉は、私にはそれ以外に形容する事が出来なかった。
「それでどこに行けばいいんですか? エリーザさ――」
綺麗過ぎる横顔にドギマギしていた事を悟られないよう、いつもの調子で話しかけようとしたが、吹き付ける突風に言葉を遮られ、あまりの風の強さに目を瞑る。
間違えようのない浮遊感と、優しさを感じる穏やかなそよ風。
いったい何が起きたのかと思い、目を開けた先にあったのは、これ以上無いくらいの高度で見る青い空と白い雲。
ほぼ雲の真横にまで到達している私の体は落ちることなく安定していて、しかしそれでも何もない足場と突然の状況に、平然と翼を広げて街を見下ろしているエリーザさんに、アカズキンのライフルを手放して泣きつく。
「待って待って待って! ここどこっ! エリーザさん、ねえここどこ! 怖いから降ろしてぇー!」
「高度1500mくらいですね、ここは。私がそうしない限り落ちないから大丈夫ですよ」
「そういう事じゃなくて……。ううぅ……これ、もしかしてお兄ちゃんからの仕返し? もうやらないから降ろしてぇー!」
「よく分からないですけれど、却下です。地上を沿って行くより、ここからの方が一直線で行けるので」
私の我が儘は、エリーザさんによって淡々と切り捨てられる。
どうして私と同じく急加速でここまで来れたのか、その理由は翼を見れば一目瞭然だった。
彼女の翼は羽ばたく為の動物的な翼では無く、戦闘機的な可変式ノズル付きの機械の翼。
しかも周囲に形成されたパネルの集合体の為、自在に形状を変化させられる。
今の翼の広がり方から察するに、エンジン付きの翼六個で私たちを円形状に囲み、ミサイルの如く空高くまで打ち上げられたらしい。
「そもそも何で私落ちないの? エリーザさんが落ちないのは分かるけど」
「ラファエルの機能ですが、下位メダル――シルフメダルを使えばもっと色んな事出来ますよ」
「下位メダルってなに、それ。私知らない」
「ヴァルキュリアが良く使う物ですね。剣とか銃とか、一定以上の力を持たないメダル群の事です」
しがみ付く前に落ちなかった理由も、話してしまったアカズキンのライフルが今も落ちずに浮いている理由も、エリーザさんのメダルの影響だと知れて安堵のため息が出る。
下位メダルと聞き慣れない単語が代わりに出るが、要するにこうだろう。
みゃー先輩が出していた大量の剣、そしてシルフメダルから連想できるのは風。
つまり下位メダルはアリスメダル等とは違い、大量に出せるメダルたちなのだと分かるが、エリーザさんの言う色んな事が出来るに嫌な想像をしてしまい、抱き着く力を強めてしまう。
「相坂さん。丁度良いので、そのまましっかり掴まっててください」
「えっ、どういうこと!?」
険しい表情に変わるエリーザさんに言われずとも離す気は無いが、忠告の意味が分かるのは彼女が急激な回避行動を取った後だった。
一つの翼を横に向けてエンジンが吹かされた途端、私たちの体は水平に弾ける。
訳が分からないままエリーザさんが見つめている方向に目を向けると、私たちが元居た場所を通り過ぎる弾丸が一発、虚空を切り裂く。
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