恨んでいた敵が死んだことよりも、中学の頃からの知り合いが行方不明になったことが、これ以上ない程俺の思考を焦らせる。
最早アルカのことはどうでもよく、俺の頭の中は夜の暗さに消えていったミア先輩の後ろ姿が、颯爽と駆け抜けていく。
どうしてあの時、無理にでも追いかけなかったのだろうか。
過去の自分への憤りと後悔が腹の中をこねくり回し、渦巻いていた気持ち悪さは、冷たい炎に巻かれて消えていた。
「こうなると分かっていたから、本題を後回しにしたのですが。致し方ありません。管理局やホルダーの話はまた後程」
肩を竦めるカルパレは予想の範疇だと言わんばかり、玄関を指し示す。
それは悪魔の誘いか、戦乙女への導きか。
言って来いと無言で語る彼の姿に、俺は戸惑いを覚えるばかりだった。
「お前たちはホルダーを管理するんだろ? ここで俺が勝手に動いたら不味いんじゃないのか」
「親しい方を探しに行く事の、何処が可笑しい事でしょうか? 冠婚葬祭を認めぬ企業は、罰せられて然るべきだと考えますが」
相変わらず感情が乏しいカルパレだったが、今の彼の言葉には情を感じてしまう。
深く頭を下げ外へ向けて駆け出す俺は、俯くリツの姿に後ろ髪を引かれるも、俺が先輩を見つければいいと心に決める。
「それで。リツ様はいったいどうなされますか? 相坂家の大黒柱たる彼が出掛けてしまったので、我々は御暇しようと思いますが」
「……カルパレさん。結構ズルい人ですね。お兄ちゃんを引き留めるどころか、後押ししちゃうなんて。まるで――」
「まるで戦乙女。そう思うなら、そうなのでしょう」
私たちはこれでと、情緒が変わらないカルパレとまだ沈黙を保っているエリーザは、静かに玄関へと向かっていく。
「ああ、そうそう。ほぼ確定の情報なのですが。ヴァルキュリアはまだ、この町にいます。全く以て、管理局の捜査員は優秀で頭が下がります」
何故シンリがいた時に言わなかったのか、疑問の残る言い残しをしたカルパレを追い、リツは玄関へと飛び出す。
二人の姿は影も形も無くなっていて、あるのはジリジリと照り付ける真夏の太陽と、爽快感のある青い空。
二人がどこへ行ったか何て、どうでも良かった。
外へと足を踏み出せないリツに伸し掛かっていたのは、たった一つの疑問。
玄関から飛び出し兄の後を追いかけても、私に出来ることはいったいなんだろう。
新しいメダルを使えば探せるかもと息巻いていたが、もし無理だったら?
仮に探せたとして、アルカみたいなホルダーがみゃー先輩に目を付けて、また同じ事が起きたとしたら?
もう一度メダルに乗っ取られた人《アレ》を見て、私は力を手に取れる?
「……考えていても、どうしようもない! やるかやらないじゃなくて、やるんだ!」
誰の背中を見てきたと思ってる。
そう自分を追い込み、虚飾をドレスの如く着飾ったリツは一歩前に踏み出す。
*
相坂家から少し離れた曲がり角の陰で、カルパレは走り去っていく兄妹の背中を見送ると、独り言ちに肩を揺らして笑う。
あからさまに嫌な顔をするエリーザに気が付いた彼は、何食わぬ顔で疑問を投げかける。
「どうしました、エリーザ。まさか口を塞いだ事を怒っています?」
「そうではありません。何故あの兄妹に情報を全て渡さなかったのですか。ウェザーの観測により、不審な行動を取り始めた13時の時点から現在までの行動を、管理局は全て把握しています」
「その事ですか。有体に言ってしまえば力試し。彼らがどの程度、どのような能力を使えるメダルを保持しているのか。それを見るためです」
グリニッチ標準時で13時──日本における22時頃から、ミアに異変があったとエリーザは告げる。
虚偽を口にした覚えは無いと彼女に惚けるカルパレだが、納得のいかないエリーザは更に食いついていく。
「そんな理由では納得できません。まだ目覚めたばかりのホルダーに、熟練のホルダーを相手にさせるなんて」
「それこそ野暮な話ですよ。聞けばあの三人は親友と呼べる関係。ならば彼らに華を持たせる事こそ、人の美学。悲劇も喜劇も彼ら次第」
「……つくづく最低ですね。良いです。私が一人で行きます」
シンリとリツが、ミアを相手にどう踊り狂わされるのか。
楽しみだと妄想に耽るカルパレに背を向けるエリーザは、一枚のメダルを体から排出する。
彼女が取り出したのは三対の翼の内、二対を使い、頭と体を隠す天使が描かれている翡翠色のメダル。
力を使おうと天に宣誓をする直前、カルパレはエリーザの腕を掴み止めにかかった。
「イケない子だ。君はいつ、ヴァルキュリアを相手に小手先勝負で勝てるようになった。エリーザ、君が持っているのは力で、技では無いだろう。力を抑えれば君は死に、そうでなければ彼女が死ぬ」
「だから黙って見ていろは聞きません。それは主の御言葉に反します」
精一杯力を振り絞って手を振り解こうとするエリーザだが、カルパレの腕は揺さぶられるどころか、微動だにしない。
顔を赤くし、意地でもミアの下へ向かおうとする彼女の態度に、カルパレは呆れるのではなく、むしろ不気味な笑みを浮かべていた。
「ならこうしましょう。殺さず殺されず。それを守れると誓えるのなら、私は快く君を見送ります」
「……ッ。それは、その……。む、無理だと……思います」
「結構。ではシンリ様たちには悪いですが、一足先に彼女の下に向かいましょう。接触はしないですが、やることがあります」
カルパレの言葉に項垂れるエリーザを認めると、彼は感情の起伏が無い調子へと戻っていく。
このまま相坂兄妹の動向を見張るだけなのかと諦めたエリーザだったが、次の瞬間に訳の分からない事を彼は言い出した。
行ってはいけないと言った傍から、ミアの下へ向かうと言い始めたカルパレに疑問を抱く彼女は、躊躇いなくその事を口に出していく。
「行かないんじゃ無かったんですか?」
「おや、まさか我々が来日した理由を忘れたのですか。たかだかホルダーの一人がおかしいからと、遠路遥々一家庭へ尋ねたりしませんよ」
私たちがいてもいなくても、彼らはヴァルキュリアの下に向かったはずです。
そう付け加えるカルパレは、シンリとリツが持つ可能性に想起する。
「パラドックスのホルダー。彼、あるいは彼女の尻尾を掴むために、我々は動いているのです」
ほくそ笑み、ミアの所へ先回りを始めるカルパレは何処か陽炎染みていて、真夏の熱で揺らめく空気へと溶けていく。
置いていかれまいと追いかけるエリーザは、特別メダルを使うことなく近場でタクシーを使う事を決めた。
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