マリア・パラドクス

退会したユーザー ?
退会したユーザー

24.天使と童話と

公開日時: 2021年2月13日(土) 23:27
文字数:3,468

 遥か後方で空に溶けていく弾丸。

 続けざまに全ての翼を動かしていくエリーザさんは、次々と体から薄緑色のメダルを排出し、それぞれの翼へと装填していく。

 

 その数は蒸気機関へ石炭を入れるが如く、生成された端から翼へと注ぎ込まれていく。


「相坂さん。これを」

「ちょっ、えっ、待っ――」


 燃料を注がれ勢いを増していくエンジンは、溜めに溜められた暴風の解放を待ち望み、漏れ出した風だけで近くに流れる雲海を蹴散らしていく。

 このまま一緒に飛んでいくのかと思いきや、あっさりと風によってエリーザさんの体から引き離された私は、彼女から飛ばされてきた数枚の薄緑のメダルシルフメダルを受け取りながら落ちていく。


 地上へと落ちながら見上げた空で私が見たのは、音の層を突き破り、自由自在に大空を飛翔する翡翠の天使。

 彼女を捉えまいと未だ放たれる弾丸を、八つの翼からなる推進機構で容易く回避し、未確認飛行物体UFOさながら狙撃地点にまで飛行する。


「このメダルの使い方なんてよく知らないけど、成せば成るでどうにかなる!」


 私のメダルたちが持ち前の情報を色々と教えてはくれるが、一人で飛ぶどころか飛行機にすら乗った経験が無いのだから、直感で行く。


 組み合わせるのはシルフメダルとシロウサギ。

 風を使って飛ぶ事には憧れるが、そんな経験なんて無いから直近の経験をここで生かす。


「飛ぶより、こっちの方が速い」


 シルフメダルを一枚使い、生み出すのは風を圧縮した足場。

 今も墜落中だが体を捻って無理矢理体勢を整え、作り出した足場へと着地する。

 前のめりになり、足へと力を込める私は一緒に落ちてきた赤いライフルを手に取ると、別の形状へと変化させる。


「リーディング。アカズキン、グレーテル」


 ライフルが一度粒子に還り、作り直された形状は赤いフード付きのコート。

 そしてもう一枚使用した双子のメダルを使い、瞳の色を碧と赤の二色に変化した私は、フードを深く被り、風の足場を蹴って真横へと跳躍する。


 勢いが落ち始めたらもう一枚、もう一枚。

 エリーザさんから貰ったシルフメダルを順々に使い加速する私は、それでも速度が足りないと高度を落として、すれ違ったビルの壁面をも足場にする。


「――……いた!」


 跳躍の中、じっくりと相手の容姿を観察する余裕は無く。

 空に銃を向け、引き金を引いている人物がいることを確かめると、逡巡することなく最後のシルフメダルを使い一直線に相手へ突撃する。


 同時に視界の端で眩い緑の閃光が見え、私に合わせてエリーザさんも動いたのだろう。


 銃を撃ち続ける相手と、もう数百メートルも無いところでグレーテルを使い、右拳に炎を発生させる。

 高速で移動する中でも絶えない炎は、相手の視界に映ったらしく、一瞬こちらに視線が向く。


 おそらく相手から見たら、暴風の塊と炎の弾丸がまったくの別方向から迫ってくる恐怖が見える筈だ。

 なのには、まるでゲームのレアキャラが現れたかのように、無邪気な笑みを零していた。


「ハハッ! 凄いなまったく。ウェザーを煽ったらSSRが二人も来た!」

「この人っ……さっきの!」


 私の振りかざした拳は、銃を捨てた彼の手に掴まれて投げ飛ばされる。

 直撃はしなかったにしても焙られた筈なのに、ピンピンしている彼は、余裕を持ったまま体からメダルを排出する。


 土色のメダルに、盾が描かれた鋼色のメダル。

 そして、大口を開けた三つの頭を持つ犬のメダル。

 彼はその三つのメダルの他に、多数のコインで結ばれる蜘蛛の巣ネットワークが描かれた、金色のメダルを一緒くたに握り締める。


「合成開始――ノーム、シールド、グラトニー」


 それは現実的な光景では無く、フルダイブ型のバーチャルリアリティーVRゲームの光景だった。


 メダルを四枚握り締めた彼が呼び出したのは、人間の口のように開閉できる機構を持った金属盾。

 迫り来る暴風に盾を向けると、彼の全身を飲み込むはずの風をあろう事か食べ始める。


 一口、二口と。

 ガシャガシャ煩い音を立てながら、暴風が収まるまで無尽蔵に食べ続ける。


「つーか、お前誰だ? そっちの天使はちょっと前にナンパされてた子だけど。んな金髪碧眼少女いたら、ふつー気づくよな。もしかして君かな、あの子と待ち合わせしてたの」

「答える訳無いでしょう! いきなり狙撃して来た人に――いっぅぅ!」


 完全にエリーザさんの暴風の対応を盾に任せているのか、余裕綽々とこちらに話しかけてくる彼は、援護しようとグレーテルを使おうとした私の肩に、鈍器で殴られた感覚が襲ってくる。

 よく見ると硝煙を上げるリボルバーを彼は空いた片手に持ち、ニヤニヤと馬鹿にした表情を私に向けていた。


「美少女二人が敵とか、マジクソゲーだなオレの人生。そうだ。君たち、オレの仲間にならない? 管理局なんて止めてさ。オレ、女の子とバトんの苦手なんだよね」

「嘘つけっ! 平気で撃ってるじゃん!」

「マジマジ。もう殺すの躊躇っちまうんだよ。もう別ゲーやってるっていう感じっつうか」


 喋りも銃撃も、止まることなく続いていく。

 撃たれた肩を押さえながら建物の陰へ走る私は、彼の声を聞けば聞くほどイラついていく。


 アカズキンを銃から衣装に変えておいたお陰で、肩に鈍い痛みは残っているけど、血は出ていないし骨も大丈夫。

 防弾性能があると知って使ってみたけど、思っていたのとは違い、かなり痛かった。


「そうですか。なら躊躇わなくても結構です。私もその気で行きますから」


 辺りにある建物の窓ガラスすら罅を入れる暴風が急激に治まると同時に、真紅の閃光が緑の風を貫く。

 エリーザさんの右腕に翼を構成する羽根パネルが一部、集合体としてある形状へとなっていく。


 真っ赤に燃え盛る直剣。

 あまりの熱量に空間が揺らいで見える炎の剣を振りかざし、全ての翼を一方向へ集中させ彼女は飛翔する。


「伝令せよ、ミカエル」


 素直で真っ直ぐな、捻りの無い横薙ぎ。

 けれども私のシロウサギと遜色ない、いやそれ以上の速度で空を駆けるエリーザさんの剣は、回避のしようも無く彼の体は胴体で真っ二つになる筈だった。


「フレーム回避って知ってるかな。まあ君みたいな子は知らないか。格ゲーとかやらなそうだし」


 盾と銃を捨て、エリーザさんの肩に片手を置きアクロバティックに上へ避ける彼の手には、三枚のメダル。


 一枚はさっき見た、金色のメダル。

 その他は星と星を繋いでサソリが描かれたメダルと、錠前とコインが描かれたメダルだ。


「合成開始――スコーピオン、ランサムウェア」


 混ぜられたメダルはそのままエリーザさんの背中へと押し当てられ、0と1で構成された毒々しい粒子を吹き出しながら、彼女の中へと浸透していく。


 異変が起きたのは、粒子が治まったすぐ後。

 ボロボロと天使のメダルを分解しながら倒れ込むエリーザさんを見て、私は迷うことなく走り出した。


「エリーザさん!」

「んじゃ、オレは逃げるから。毒盛ったけど、管理局なら何とかなるよな」

「毒って……」


 倒れるエリーザさんに駆け寄る私を、彼は襲い掛かるどころか駆け足でこの場から去っていく。

 不利になるどころか、圧倒的な優勢なはずなのに背を向ける彼を、私は睨み付ける事しか出来なかった。


 よく分からないけれど、毒を受けたエリーザさんをどうにかしなければならない。

 ホルダーがメダルを使うと全身隈なく機械になるのに、有効な毒って本当にあるのだろうか。

 ここはエリーザさんが大丈夫だと信じて彼を追うべきなのか。


 状況整理が追い付かず混乱する私は、体を震わせ青い顔で乱れた息をする彼女を前に、彼を追いかける意識を根こそぎ奪われる。


「……マルウェアメダルなんて、とうの昔に処分された筈ですが。……また……新しいホルダーが現れたのでしょうか」

「喋らないで! 今、お兄ちゃんに……ああでも、ええっと……カルパレさんの連絡先、は分かんない。もう、どうしよう……!」

「大丈夫、です……。ウェザーの監視内、なので。いったん、落ち着ける、ばしょ、に……」


 パニックに陥った頭でちゃんと拾えたのは、最後の一言だけ。


 ――落ち着ける場所。

 意識が途切れるエリーザさんが残した最後の言葉に従い、私は彼女を背負い、グレーテルメダルをヘンゼルメダルに切り替える。


 私ともう一人が接触している際に機能する、対象物への誘導機能。

 それを家までの最短ルートに設定し、心臓に埋め込まれたシロウサギメダルへと命令を下す。


 本気の本気。

 初めてメダルを使ったあの日よりも、速く。


「リーディング。シロウサギ、■■■■■」


 刹那に挟み込まれた意識外のメダルは、シロウサギの効果をより強くさせる。

 一歩踏み出した私の世界はとても冷たく静かで、色なんてものが存在しない白黒モノクロだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート